2010年8月アーカイブ

小学5年のある日。図画の時間に2時間使って数クラス合同で、 本願寺(八幡別院)に写生に出かけた。
街中に在るこの大寺院は、徳川家康が関が原の合戦後に上洛の際に休憩したということもあり、江戸時代は隆盛を誇っていた。朝鮮通信史も毎回ここで休んでいたようだ。"朝鮮人街道"の名前は八幡の住民なら誰でも知っている。

絵の具を使って画用紙1枚に、本堂を描く。

画用紙いっぱいに建物を書いた。瓦屋根に黒と白を混ぜた灰色の色を塗っていた僕に、一人づつ絵を見回っていた平塚先生は言った。「N西君、よく描けてるけど、よく見てごらん、瓦の色は一枚づつ違うよ。屋根の色ではなく、一枚づつの瓦の色を塗るともっと良くなるよ」

そのとうりだ。波打っている瓦の様子を、線を引いて描きその中の瓦を1枚づつ、濃い灰色、薄い灰色、水を混ぜ、少しづつ変えて色を塗った。


そこに森先生がやって来た。2組の担任の森先生と直接話すことは滅多にない。「ほぅ、N西君。建物をよく見てごらん。瓦の色は1個1個違うけど、そこまで見えるかな。瓦は1枚づつ塗るのではなく見たままを描いたほうが良いんじゃないかな?」

うん、そうだ。確かに瓦の1枚づつ枚数を数えて描いているわけではない。

これまでに色を塗った屋根の部分にその上から水で薄めて、色を均した。瓦の輪郭を描いた黒い線は、その中の瓦の灰色と合わさり、複雑な模様になった。結果としてなかなか良く出来た絵になった。

平塚先生の言うことも、森先生の言うこともどちらも正しい。だが、完成した絵はどちらの先生の言うことは守っていない。だが結果としてまぁ良いものになった。

人生こんなことは良くある。昨日から実家に帰省している。
郵便局に郵便を差し出しに行く途中、本願寺の前を通った時に思った。


p.s.瓦は葺きかえられたのであろうか。当時と違って瓦は整然と葺かれているように見え、瓦の色も1枚づつ異なるようには見えなかった。



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