2011年7月アーカイブ

情報雑誌「ぴあ」が、今日発売の号を持って廃刊となる。
自分が「ぴあ」を初めて読んだのは恐らく小学校高学年か中学生の時で、従兄弟の家でだった。
上の従兄弟は自分と歳がたしか6年くらい離れていて、当然自分よりも情報が早い。
その家に行くと漫画がたくさん置いてあり、小さな頃は羨ましかったものだ。

そこで「ぴあ」を初めて観たのだが、その情報量に自分は興味を持った。たぶん今よりも小さな字でぎっしりと演劇や映画の情報が載っていた。インタビュー記事などより、いつどこで何が行われるかといった情報の掲載に重点が置かれていた。

滋賀県の田舎で観劇など行ったこともなく、映画館すらない街に住んでいたのになぜ興味を持ったのかは分からない。写真も少ない文字ばっかりの雑誌から"文化の香り"が出ていたのだろうか。

本編記事(というか情報の羅列)の横に、読者からの投稿を掲載する、はみだしコラムの欄が有った。秀逸なものが多かったはずだ。今となっては内容は覚えていないが、読みふけったのは覚えている。



...と書いておいてナンだが、自分は雑誌"ぴあ"を買うことはなかった。
京都や大阪などの都会へ、何かを"これが観たい"という自分の意思で行くことがなかったからだ。(ゴメンナサイ。本当に一度も自分のお金で買ったことないんです...いまだに...)

そんな自分が、高校を出て大阪で一人暮らしを始めたときに「ぴあマップ」を買った。ただの地図ではない。エンターテイメントや飲食店情報という、 "ある目的"を持って書かれた地図というものは、その時代には「ぴあマップ」しかなかったのだ。インターネットの無い時代に"情報"に目をつけた「ぴあ」 はスゴイと思う。
(「ぴあマップ」はその後何年か愛用した。東京に来てからも購入した)


社会人になり「ぴあ」の創業時、拡大期について書かれた記事を読んだ。たぶん日経の「文化」欄。そのエピソードが面白く、興味を惹きつけられた。

社長である矢内氏は大学時代に映画が好きだったが、当時どこでいつ何の映画をやるかと言うのはその映画館に行かないと分からない。毎日のように映 画を観に行っていた彼は自分の足で得た情報を紙にまとめて週刊で(?)知人などに配布した。その情報誌(?)は好評で、大学生の彼はこれを売ろうと考え た。
素人大学生が創った雑誌は出版流通ルートに乗せてもらえない。彼は書店を当たって、了承を得られた書店に並べてもらう。これがその後のサクセスストーリの始まりだった。
"学生ベンチャー"のハシリである彼の行動力、目の付け所の良さ。

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その映画情報は東京だけでなく地方にも広がり、田舎に居た自分の所にまで届いた。どんなに素晴らしいもの(映画だけでなく音楽でも何でも良い)も、その存在を伝えるモノが無くては広がらない。

所謂"ヨイショ記事"ばかりの雑誌ではなかったのが良かったのかもしれない。雑誌"ぴあ"に載っていたのは、"面白いよ"といった主観的な記事ではない。 客観的コメントでもない...もっと単純な「7月20日11時よりABC映画館1300円」といった情報。でも、それが"文化を広める"のに役立ったのだ。

シンプルな編集方針に徹するのは簡単なようで難しいのかもしれない。
ライバル誌は現れたが、最後まで生き残ったのは"ぴあ"だったのだから。真似をしようとして簡単に出来るものではないのだ。

だが、即効性・検索性にも優れたインターネットの普及で、このような情報は雑誌で得るものではなくなってしまった。

さようなら、今までサンキュー、「ぴあ」。



ぴあ39年の歴史に幕

ぴあ最終号特設サイト「39ぴあ」
http://39.pia.co.jp/



蛇足だが、ぴあ創業者の矢内氏が表紙の雑誌に、僕のことも小さく載ったことがある。
"チケットぴあ"がサイトを創ったばかりの頃。
あれから10年...自分は成長していない...
そこに掲載された何社かはもう消え去っている。やはり"ぴあ"はスゴイ。
日経ネットブレイン2000年9月


これを書いているときに、ぴあの今年の新入社員入社式でのスピーチをネットで見つけた。 これまでの話がまとめられていて興味深い。
ぴあメッセージ
被災地へボランティアに向かう知人達の報告を聞くだけで、自分は温泉に泊まりに行くだけ。
こんな自分が何かを言うのは、おこがましいのは分かっているのだが...


UK Foreign Office Minister(イギリス外務省の大臣。≠外務大臣。どう違うのか分からない)が地震から4ヶ月経った昨日、石巻市を訪問した。だが、石巻市長とボランティアの炊き出しの視察をしているちょうどその時、震度4の地震が発生した。

津波の可能性が有るので高台に避難した、たぶん地震を体験したことのない彼が、その時の様子を自分の言葉で語っている。

スーツでもわざとらしい防災服でもない、いかにも普段着で映像に映る彼は見た目はとても大英帝国の国務大臣とは思えない。ただ、率直に述べるコメントがなかなか良い。日本人にあてたコメントなんだろうが、他国の人、もちろん自国民に対しても"イギリスの良心"をアピールすることが出来る内容。全然小難しいスピーチではなく。

これをYouTubeにアップしたのは在日イギリス大使館だ。さすが、世界にアピールする術を心得ているなと感心した...と書こうと思ったのだが再生回数たったの103回(笑)。たぶん僕3回くらい観た。全然世界にアピールできてない(笑)。なので微力ながらちょっと宣伝してみる。


2011年6月14日/日経夕刊5面

記事を読みすぐに、頭にうかんだ人が居る。高校の同級生であるIさん(匿名にするだけ無駄なのだが...)のお母さんである池田喜久子さんだ(...と書いたが、僕と直接の面識は無い)。

永源寺町の池田牧場と言えばジェラートで有名で、週末は山村の一本道(本当にすごい山奥)に、池田牧場に向かう車の行列が出来る。ガイドブックなどにも必ず採り上げられる有名店だ。

酪農の三方よしで、生産者と消費者をつなぎ、農と食の大切さを発信
http://www.shigaplaza.or.jp/sanpou/practic_co/13.html

だが池田牧場でジェラートを売り始めたのはそんなに昔ではない。池田喜久子さんは今から約10年前、ジェラート作りを学ぶためにイタリアに渡った。僕の同級生の母親だから、僕の母と同年代だ(たぶん)。子育てが終わった40代後半で新規事業を起こしたチャレンジ精神、イタリアにまで行く行動力には感服する。もちろん、事業を軌道に乗せたアイデアと努力にもだ。"趣味が昂じて"ではない。事業の投資額はかなり大きいはずだ。

現在は牧場横でジェラートを売るだけでなく、古民家を移築して使用している農家レストランも経営している。ジェラートの通信販売も好調だ(と思う)。滋賀県の山村(くどいが本当にすごい山奥なのだ)に産業を興して雇用を産み出しているのだから周囲に与える影響は大きい。金銭的なことだけでなく、前向きな気持ちにさせる効用も。

2年前の夏休みに帰省した際に、高校の同級生(道明・大久保)と訪れた。ジェラート売り場の横のゆっくりとした雰囲気の農家で鹿・川魚(たぶん岩魚)を使ったコース料理を食べた。この事業は何か目新しい奇策で大きくなったのではない。正攻法で着実に客を増やしている。色々と参考にしたいといったことを男3人で話をした。

池田牧場http://www.ikeboku.com/
松本復興大臣の辞任劇がマスコミを賑わして、陰が薄くなったが、細野豪志氏が原発担当大臣に就任した。
これまで首相補佐官だったために、そして山本モナとの騒動で、多少名前は売れてきているがまだ39歳。

出身は滋賀県近江八幡市。
兄弟社中学、彦根東高校、京都大学、三和総研と、滋賀県人が見ればすぐ分かる分かりやすいエリートコースを登ってきた。そして28歳のときに脱サラ。縁もゆかりもない、地盤も無い静岡県で国会議員に立候補、当選。

心配なのはその登り方が急すぎることだ。
30歳代の大臣は戦後5人目だそうだ。
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C889DE1E3E5E6E2E0EAE2E2E4E2E5E0E2E3E39C9C9AE2E2E2
これまで30代で大臣になったのは田中角栄/船田元/野田聖子/小渕裕子という変わった面々。
この4人と大きく違うのは、彼(細野豪志)は一サラリーマンから国会議員になったことだ(親兄弟にも政治家は居ない)。

今回大臣になったのは、実力があることだけが理由ではない。
任務遂行(=原発問題解決)が困難で、誰も成り手が居ないのが理由ではないだろうか。

自分と4歳しか違わない人がこの国家一大事の責任を負っているのが、普通に考えると信じられない。就任早々、何も行っていない時点で早速ケチがついているくらいだ。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110629ddm005010108000c.html

そしてまた信じられないことに今回の大臣は、「消費者および食品安全の特命大臣」兼任ということだ。もう、これは世間の批難を「あなた一人が受け 止めなさい」と、尻尾切りに使われたような気がして心配で成らない。いや、まぁ僕なんかが心配することでもないのは分かっているが。

まぁここは名前を挙げるチャンス、無事に解決(そんなこと可能なのか?)したら歴史に残る人物と成るだろう。批難するのは簡単だが、では誰がこの大役をこなせるかと言うと誰も名前が出ない。誰かにがんばってもらうしかない。

p.s.彼自身とは関係ない理由で短命になるような気がするが...
某O氏とどれだけ関わらずにいられるかが重要だな。
2011年6月18日 日本経済新聞夕刊1面


最近、一人で旅行に行く気が起こらない。学生時代はよく一人で旅に出たものだが。その頃の自分も周囲から見れば"淋しい人"(←普通は"寂しい人"と表記すると思うのだが、どのような意図が有るのだろうか?)だったのだろう。

価値観は人によって異なるということは誰でも理解しているつもりなのだろうが、絶えず意識している人は少ない。

大多数の人とは異なる人、自分には持っている何かを持っていない人をかわいそう、"淋しい人"と断じるのは簡単だが、実はその多数派の方がサビシイのかもしれない。

結婚しない人or子供の居ない人、金銭的に貧しい人、何でも良い。"かわいそう"と決め付けていないか。実はその人は自分では不幸とは思っていないかもしれない。少なくとも"今、その時点"では。

鮒鮨(鮒寿司、ふなずし)の名前を聞いたことが有る人は多い。その鮒寿司が滋賀県の名産であることも多くの人が知っている。しかし意外なことにそれを食べた事の有る人は、滋賀県以外ではほとんど居ない。

そして食べたことが無いのに「鮒寿司は臭い」ということは知られていたりする。

その断片的な知識だけのために、誤解が生まれるのだろう。

この記事のように、鮒寿司は"つまみ"である、握り寿司のように"主食ではない"、そして"おかずでもない"ことを予め知っていたら、もし鮒寿司を口にする機会を幸運にも得た人は抵抗なく食べれるのかもしれない。

チーズなのだ。メインのおかずではない、主食でもない、調味料とも違う。

フランス料理を食べた後に「フロマージュはいかがですか?」と尋ねられるように、料亭で焼物・ご飯など食べ終わった後、デザートの前に、鮒寿司が一切れでたらオサレだと思うし、都会の人も受け入れると思う。



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