2011年11月アーカイブ

4月13日の夕刊5面の片隅に有った記事。


ブータンを"有名"にしたのはこの人だろう。マッキンゼーから一年間ブータン政府に"転職"、国民総幸福量委員会(GNH commission)、ブータン政府観光局に在籍、ブータン首相フェローだった御手洗さん。まだ20代の女の子。

昨年からの日経ビジネスでのブータン日記の連載、twitterでの日常のつぶやきを、自分は楽しみにしていた。「きれるブータン人」の話など、自分の勝手に想像するブータン人とは違う一面などの話は興味深く読んだ。

今年になってブータンへの空路(バンコクで同日乗継できるようになったり)が便利になり、旅行目的地としての人気が高まっている。元々は外国人の入国者数を制限するような国で、10年前のバックパッカーなら「憧れだが金もかかる国」だったのに、最近は複数の知人が旅行に訪れている。些細なことだが"仕掛けている人"が居るような気がしていた。

先週ブータン国王夫妻が来日して話題になった。日本での知名度も急上昇したのだが、国王に先んじてブータン首相が来日して福島県相馬市を訪れていたのを知る人は、国王来日に比較すると少ない。ブータン首相・国王が訪問地として(他の被災地ではなく)福島県相馬市を選んだ理由は「風評被害をなくすために、原発近くの被災地に行くことが重要だから」という事だったが、そのような情報はこの御手洗さんが流したのだと思っている。もちろんその決定権は首相や国王に有るのだろうが、その戦略の策定に関わったのはこの優秀な一日本人なのだろう、この人はこれから将来どんな人になるんだろう、と先週のニュースを見て思った。

twitterでのつぶやきでは「ブータン人の用の足し方」が秀逸だった
ちはるちゃんの四十九日が過ぎた。
ニュースで突然の事件を知ってからの数日間、葬儀や偲ぶ会で彼女のこれまでの生き方を知ることが出来た。今回の事件は「残念」としか言いようが無い。

彼女が看護士ということは知っていたが、休みが取りやすいということくらいしか、それ以上のことはこれまで自分は気にしていなかった。

大学では国際関係学部だったこと、途上国のことなどに興味が有り、具体的にその事(支援など)と関われる仕事として看護士という職業を選んだこと。
大学を出た後に看護学校に入った後、がんセンターで働き始めたこと。
がんセンターでも組合の委員として活動していたこと。
休みが取れるたびに海外、発展途上国ばかりを行っていたこと。

そのような国への旅の方が、現地の人と触れ合う機会が多くて"面白い"からだろう。
今回の事件はそれが仇となったのが、本当に残念でならない。

葬儀ではこれまでの彼女の旅の写真の一部が展示されていた。
エジプト、ペルー、今回のミャンマーのものが多い。今回の旅の写真も多く有る。
雄大な夕陽、僧侶、笑顔の子供。

現地の人達と一緒に笑顔で写っていた彼女の写真を見て、彼女の笑顔が、日本のイメージアップに貢献しているのを改めて感じた。国際交流には物的な支援だけが重要なのではない。彼女のような旅人が増えてこそ、その国と日本との交流が深まる。


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彼女と最初に会ったのは4年前の秋。ビックサイトでの旅行博の日の夜だった。"面白い旅人と食事するから"とsunnyさんに誘われて渋谷の火鍋屋でおくだかおりさんと出会った時だ。少し遅れてかおりさんの友達である、ちはるちゃんはやって来た。その時にどんな話をしたかは思い出せない。まさかこの歳で亡くなるとは思わなかった。渋谷駅まで歩いて帰った淡い記憶。

その後はかおりさんの講演会の時などで会った。いつも彼女は"なぜか"受付をしていた。旅人を惹きつける何とも言えないオーラを持つかおりさんと、どこか不思議な雰囲気のちはるちゃん。誰からも親しみやすい雰囲気の二人。
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今回の事件を自分が知ったのは9月29日の夜22時ごろ、ネットで偶然見かけたニュースだった。
「ミャンマーで観光の邦人女性殺害 バイクタクシーの運転手逮捕」
彼女がミャンマーに行っていることは知らなかったが、ミャンマーへの単独旅行者で静岡県の30歳女性...。共通の知人に電話をする。誰もが驚くが、彼女の実家の電話番号・住所は誰も知らず確かめる術が無い。

23時過ぎ、かおりさんからのメールで事実だと知る。成田に帰国するちはるちゃんと東京で待ち合わせをしていた事、昔何かの機会で彼女の実家の電話番号を聞いていた事で、実家に電話をすることが出来、外務省からその日(29日)の朝に本人確認の電話が有ったことが分かった。

その日はネットでニュースの続報を探すことしか、自分には出来なかった。

翌日、彼女の家族と電話で話した。旅行会社/航空会社/保険に入っているかどうかすらまだ分かっていないという状況を知り、タイ航空などに確認の電話をする。自分の行動で、彼女が日本に帰国する時間を少しでも早めることに協力できたのならば嬉しい。

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10月5日、葬儀の前に実家に伺った。納棺されたばかりの、棺に横たわる彼女と会った。かおりさんが「中西君が来たよ」と声をかけるが、ちはるちゃんは反応は無く、苦しそうな顔で、自分は何も言うことが出来なかった。寿命を全うした安らかな死ではない。首を絞められ突然自分の身に降りかかった死。無念さを隠すことが出来ない顔だった。

葬儀は非常に多くの人が参列していて、誰からも好かれていた彼女のこれまでの生き方が分かるものだった。
これまでに彼女の撮った旅の写真。ミスチルの歌。水タバコなどの遺品。
幼馴染の男の子、ちはるさん、弟の3人の弔辞。

皆が泣き、彼女が多くの人から親しまれていたのが分かった。見知らぬ人から「この会場から人がこんなにあふれる式は滅多に無いのよ」という話を聞いた。

荼毘に付した後、初七日の法要まで、厚かましくも参加させてもらった。初七日の法要を葬儀と一緒に行ったのは便宜上の理由ではない。事件の日からちょうど7日経っていた事を知る。ただパガンからさらに奥地の村から首都ヤンゴンまで数百kmの陸路、そして飛行機をバンコクで乗継いで静岡まで、初七日に間に合ったことは良とすべきなのか。彼女を迎えに現地まで行くかどうかの問いに「行ってもよいし、行きたくないわけではない。ただ少しでも早く日本に連れて帰れるほうが良い。自分が行くことで帰国が遅くなるようなら行かない」と言った家族の心中を考えた。


火葬場で待っている間、そして厚かましくも参加した通夜振る舞いの席で、彼女の高校や大学時代の同級生、親族の方などから色々な話を聞いた。もちろんみんな初対面なのだがお酒も入ったこともあり、色々な話をした。初対面ゆえに逆に彼女の交友の広さを知り、その人達の話し振りから彼女が親しまれていたことを実感した。また、その人達~普段接している人達を見る事で、その人の人格も知ることが出来る。

今回の件で思う事はまだまだ多くあるが、今の気持ちを忘れないように、感情を加えないで、起こった出来事だけをここに記す。
2004年夏。自分は車で千葉から、ユーラシア最西端のロカ岬まで自家用車で旅をした。
シベリアを通ってユーラシア大陸を単独自走横断したのは、自分が世界で初めてだ(と思っている)。

今週、僕のサイトを見た人から1通のメールをもらった。なんとその人は2003年の夏にほぼ同じルートを走り、そして先々週、2011年11月11日にその旅のことを書いた本を出版していた。

『週刊プレイボーイ』『Number』『NAVI』などに寄稿しているという。

サイトは正直言って、非常に面白い!そしてこの本の予告ムービーを観て、自分はもう何と言ってよいか衝撃を受けた。自分が遭ったのと同じ体験をしていることに。そして車も自分と全く同じ"カルディナ" !!。

この映像を観てホッとしたことが有る。この人には同行者が居る。そして途中、鉄道とフェリーを利用していることだ。2003年にはまだシベリア横断道路が完成していなかった為に、未開通区間は車を貨物列車に載せて運んでいる(シベリア鉄道は戦前に開通しているのに、道路が全通したのは2004年なのだ)。

初めて単独で"自走走行"したのは自分だということは変わりが無いことに安堵した。他の人にはどうでもよいことだし、小市民的なことなのだが、自分にとっては重要なのだ。
(厳密にはヒッチハイカーや、ラストでM上さんを乗せているので"単独"ではないのだが)

この予告ムービーを観て、自分の旅を思い返した。
この旅は自分を強くした。孤独、毎日次々と起こるトラブル、そして先が読めない不安。ロシアに到着した時点からいったいどのような手続きをしたら良いか分からなかったし、言葉も通じない。銃に撃たれ、大自然の中で道に迷い...と言うか最初から地図すらなかったので、道を間違っているのかどうかすら分からない状態の日々。

自分は単独で行ったために、この人のように動画はない。旅人がほとんど居ないエリアの写真は、ネットを探してもほとんどみつからない。サイトをざっと読んだだけだが、この人は自分と同じ体験をしている。の度重なる故障、パンク。泥棒。マフィア(?)と検問所での警官への賄賂。各国での通関、ペーパーワーク。
早くこの本を読まなくては。

興奮している今の状態を、この人に習ってとりあえず文章にしてみた。
自分は文章化しないからダメなのだ...

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p.s.このルートで旅をするのは"カルディナ"がベストなのだ。車に詳しい本職の人と、自分が同じ選択をしたという事が非常に面白い。悪路なので四駆であることは当然として、故障の際の部品交換の必要性から汎用性が高い車種。壊れにくい日本車。ヨーロッパにもディーラーの多いトヨタ。そして失敗(?)したときに諦められるような安い車...金子さんも同じ理由なのかは分からないが。


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