小学5年のある日。図画の時間に2時間使って数クラス合同で、 本願寺(八幡別院)に写生に出かけた。
街中に在るこの大寺院は、徳川家康が関が原の合戦後に上洛の際に休憩したということもあり、江戸時代は隆盛を誇っていた。朝鮮通信史も毎回ここで休んでいたようだ。"朝鮮人街道"の名前は八幡の住民なら誰でも知っている。

絵の具を使って画用紙1枚に、本堂を描く。

画用紙いっぱいに建物を書いた。瓦屋根に黒と白を混ぜた灰色の色を塗っていた僕に、一人づつ絵を見回っていた平塚先生は言った。「N西君、よく描けてるけど、よく見てごらん、瓦の色は一枚づつ違うよ。屋根の色ではなく、一枚づつの瓦の色を塗るともっと良くなるよ」

そのとうりだ。波打っている瓦の様子を、線を引いて描きその中の瓦を1枚づつ、濃い灰色、薄い灰色、水を混ぜ、少しづつ変えて色を塗った。


そこに森先生がやって来た。2組の担任の森先生と直接話すことは滅多にない。「ほぅ、N西君。建物をよく見てごらん。瓦の色は1個1個違うけど、そこまで見えるかな。瓦は1枚づつ塗るのではなく見たままを描いたほうが良いんじゃないかな?」

うん、そうだ。確かに瓦の1枚づつ枚数を数えて描いているわけではない。

これまでに色を塗った屋根の部分にその上から水で薄めて、色を均した。瓦の輪郭を描いた黒い線は、その中の瓦の灰色と合わさり、複雑な模様になった。結果としてなかなか良く出来た絵になった。

平塚先生の言うことも、森先生の言うこともどちらも正しい。だが、完成した絵はどちらの先生の言うことは守っていない。だが結果としてまぁ良いものになった。

人生こんなことは良くある。昨日から実家に帰省している。
郵便局に郵便を差し出しに行く途中、本願寺の前を通った時に思った。


p.s.瓦は葺きかえられたのであろうか。当時と違って瓦は整然と葺かれているように見え、瓦の色も1枚づつ異なるようには見えなかった。

この1週間になぜか、5政党(民主党・社民党・みんなの党・自民党・共産党)の党首の演説と出くわす。すべて千葉駅前。 

これまでの人生で党首演説を観たのは、小泉純一郎(6年前/滋賀)と安倍晋三(4年前/千葉)、鳩山由紀夫(昨年/千葉)だけなので、選挙前とは言え、すごい。幸福実現党と公明党が加われば完璧だ(何が?)。 



6月20日(日) 
16時過ぎ。宅配を出すために事務所を出て歩いていたら、千葉駅近くに警察がうじゃうじゃ居る。そう言えば17時半から福島みずほ(社民党党首)が来るんだった、それにしては人が多いなと思っていたらなんとその前に菅直人総理大臣(民主党代表)が演説すると言う。 

民主党と社民党が、それもトップ同士が同じ場所で鉢合わせとはまぁ何と云う因縁か、と興をそそられ、思わず人ごみに。 

さすが総理大臣が来るとあって、普段は政治なぞ全く興味なさそうな人がうじゃうじゃ。 
民主党の候補者や議員が次々と時間つなぎの演説をしている。 
総理大臣は何とJRの快速列車でやって来た。たしかにここに車で来るのは渋滞に巻き込まれる可能性が高く危険だ。 
SPがかなり居るのだが、さすがに群衆が多い、歓声があがり携帯で写真撮る人多いが、「あの人誰だっけ、見たことあるんだけど」と言う通りすがりのおばさんが居たり、と知名度は今ひとつの感。去年、鳩山由紀夫(当時はまだ首相になっていない)はもっと盛り上がりは凄かったのだが。肝心の演説は何と言うか、何がメインに言いたいのかよく分からないものだった。(詳しくは動画を) 

菅総理大臣の演説(と言うか挨拶)は20分間ほど。壇上から降りるとすぐさま全運動員が撤収準備開始。次の社民党の時間が押しているのだ。住友銀行の前には社民党の宣伝カーが待ち構えている。 
数十人のSPに守られて総理大臣が去ると、聴衆もみんな去っていった。 
ほんの1週間前までは与党であった政党の党首がまだこれから来ると言うのに、マスコミもみんな撤収だ。なんと毎日新聞一社だけを残してテレビクルーは一斉に帰っていったのだった。社民支持というわけではないが、さすがにいたたまれずに自分は残った。 

福島みずほの演説は宣伝カーの上ではなく、路上でだった。普段は学生バンドが居る広場の自分の目の前、同じ高さである。これはかなり新鮮だった。さらに、前座の演説をする人は居ない。司会も居らずいきなり党首が話し始めた。 

演説の内容は非常に筋の通ったものだった。これからの政策をざっと話した後に、今回の与党離脱について話す。小沢との二人での対談や、閣僚会議などの様子など興味を持って聴けた。話が非常にうまい。話し始めたときに2~30人程度だった聴衆が、どんどん膨れ上がる。女子高生が何人も真剣に聞いている。キャッチのお兄さんが聞き込んでいる。買い物帰りのおばさんが、「あ!」と叫んで立ち止まる。20分ほどの演説が終わったときには拍手が自然と起っていた。社民党の運動員ですら「今回の反応はすごい、沖縄で意見を曲げなかったのが良かったのですかねえ?」と驚いていた。 

演説が終わると徒歩で次の場所(市民会館)に行くというのだが、何と付き添いは2人だけ。警備の警察官はゼロ。 

この後も5政党の党首の演説を聴くのだが、名刺を貰って話をしたのは福島瑞穂だけだった。今回の選挙は社民党は苦しいだろうが、自分にとっては現在のイメージは良い。自分の考えとは違うのだが、筋を通しているという点では評価できる。 


6月22日(火) 
用事を終え仕事場に戻ろうと自転車に乗っていたら、また誰かが演説している。まだ公示前だ。今回はみんな浮かれてるなと思って近づいたら何と渡辺喜美(みんなの党代表)だった。前日にJMと電話で話していたところなので驚く。今回はJM達の同級生(同い年だっていうのにもう議員11年目か...)がみんなの党から某県で出馬するということで常に消極的に(笑)、応援していたのだった。

演説はやはり民主党批判が多く、ただもちろん自民党でもなく。悪いが、今回は埋没してるなぁと思えるものだった。あと数ヶ月選挙が早ければ違う流れになったのだろうが。 


6月27日(日) 
前日チョロスキー宅での焼肉からの帰りが遅くなったこともあり気だるい日曜日。一人で仕事場に居たがやる気起らず帰宅...しようと思ったら、周囲は先週以上の警察官。また誰か来たのかと駅に出てみると今回は 谷垣自民党総裁 だった。現役総理大臣以上の警備は一体何なんだとも思ったが、聴衆が若干少ないので警備が目立っていただけで警備の規模は同じなのかもしれない。 

さすが自民党、長年の経験があるのだろう運動員が計画通り動いている。今や普通のオジサンになったはずの臼井日出男(防衛庁長官/法務大臣などを務めた非常に自民っぽい人)などが、メインが現れるまで順番に壇上に立ち挨拶をしている。聴衆はそこらの一般市民っぽい姿の50代以上のおじさん・おばさんばかりなのだがほとんどが"団体"で、顔見知り同士で集まって話している。みんな遠足に来ているように賑やかだ。 

谷垣総裁はイメージよりは活発な感じを受けた。声は枯れている。自民でトップになるだけのことは有ると実物を見ると感じる。演説はそれなりに巧い。ただ"攻める者"と"攻められる者"では攻める者の方が演説は巧く出来るもの。さらに聴衆は動員された者が多いのだから尚更であろう。 

司会者が「どうです総裁、観て下さい、この聴衆を。まだまだ捨てたもんじゃ有りません」と言った時には苦笑してしまった。 

演説が終わった時にはみんなで「がんばろう」三唱コール。これは一般演説ではなく、自民党支持者集会なのだろうかと複雑な思いになる。 
演説が終わりSPに護られて黒塗りの車で移動するのだが、車に向かって歩いているときに「谷垣辞めろー」というヤジ。演説中には応援するヤジがわざとらしく飛んでいたのだが、その正反対のヤジが飛んでいるのをみると、まだまだ党内に権力闘争(?)が有るのだろう。こんなのを見るともう"普通の人"は自民を応援しないだろう。 



6月28日(月)

前日の自民党とは全く違う主張をする政党、共産党の演説。この日もまたどこか独特の雰囲気。「軍事費を減らそう」「消費税反対」などのプラカードを持つ人達(左の思想を持つ人達)と数十人の聴衆の周りに、かなりの数の警察官。少し離れた場所にあきらかに強面の男達(右の思想を持つ人達)とそれを取り囲む警察官、公安職員。集音機(?)だろうか、特殊な録音装置のようなものを使用している私服の警官。 

志井和夫(共産党委員長)は四街道出身だということすら知らなかった。イメージどおり穏やかな風貌。演説は一言づつかみしめるように話すので聞き取りやすい。論調も分かりやすい。共産党の演説であるということを知らずに音声だけで聴いたなら恐らく賛同する人は多いであろう。宣伝カーの周囲にはSPがかなりついていた。日本は平和な国だ...全く。 




今回の演説だけを聞いての勝手なランキング。 
これだけの党首演説を生で聴く人は少ないだろうから。 

●知名度(政治に興味無い人が顔と名前が一致するか) 
菅>福島>谷垣>志井>渡辺 

●SPの多さ 
谷垣・菅・志井>>>>福島・渡辺 

●演説の巧さ 
福島・志井>谷垣>>菅・渡辺 

●聴衆の多さ 
菅>谷垣>志井>福島>>渡辺

●その聴衆のうち、"動員"された人の数
谷垣>>>志井>管>福島>渡辺

GWに実家に帰省した際に家の裏の山(八幡山)で竹の子狩り。
共有地(私有地でない)にはセミプロの人が毎朝数人。まぁ素人の自分でも数本は採れる。

このあたりは八幡城豊臣秀次の最初の城)の本丸のあたり。秀次は秀吉の数少ない親族として、その後尾張100万石、関白へと異例の出世を遂げるが、周知のとおり悲惨な最期を遂げる。近江八幡は彼が20代の数年を過ごした土地。
(左)豊臣秀次像、(右)城内の邸宅跡

周囲は平野なので少し登るだけで視界は広がる。織田(安土はすぐ傍だ)・豊臣の時代が過ぎ、徳川の時代になると近江八幡はどの大名にも属さない江戸幕府直轄地となり、八幡の住民は全国で商人として活躍する。直轄地は長崎(貿易),紀伊,高山(木材),佐渡,甲府(金山)、石見(銀山)など産業盛んな所ばかり。徳川幕府も近江八幡の重要性を見抜いていたのだ。

「高田義甫」なる人の記念碑。明治27年建立と有る。家のすぐ裏に有るのにその碑の存在すら知らなかった...碑文は漢文調で難しい。最近設置されたらしい説明文を読むと、勤皇志士っぽいが明治になって帝国水産(後の日本水産、現在のニチレイ)を創立したというのが八幡人っぽい。その他に新聞社、銀行などを設立したそうな。八幡人は商人になるのを義務付けられているかのようだ。

北末町の肥料屋の子供がなぜ討幕運動に関わるようになったのか気になったので調べてみた。彼は少年期に「帰正館」(仲屋町の西川吉輔が創立)という私塾で学び、思想を育んだようだ。一緒に学んだ伊庭貞剛は後に住友財閥総裁となる。この小さな町から世に出た人達の凄さはいつも驚かされる。


山を降りて図書館に。市立図書館が家のすぐ隣に在る。徒歩10秒(笑)。今から15年前、それまでの図書館が老朽化(これまでの建物は江戸時代のもの、どれだけ物持ちが良いんだ)の為にここに移転してきた。学生時代にここに在れば良かったのに...

ちょうど「ジャーナリスト」についての本がピックアップされていた。長倉洋海、橋本信介から不肖宮島氏の本まで。こんなところでマスード将軍の写真集を見ることになるとは。いったい誰の趣味なんだ...
 (図書館内の近江商人コーナー)
近江八幡でずっと暮らしているが、まだまだ知らない事は多い。ほとんどの人がそんなこと気にしないで過ごしているというのもまた凄い。1km四方しかない小さなエリア出身の人が全国に散っていると言うのに。
佐谷恭 [株式会社旅と平和] の新規事業の説明を行うとのことでパクチーハウスに。集まったのは発起時の株主Tなど数人のみ、やはり月曜日の18時というのは一般企業のサラリーマンは難しいのだろう。繁盛店のこの店で座席の空きが有るのは月曜くらいなのだろうが。 

資料をさっと読んだだけで、事業の採算性など精査したわけではないが、彼ならうまくやるだろうと思う。様々な問題が起こるだろうが、乗り越えていけるだろう。金融機関や他の出資者も恐らく、彼の将来性とこの2年間の実績を視て資金を出すのだ。 

-- 
渡邉さん [株式会社サムスル] 、初対面だが、ブログかどこかで文章を読んだことも有るからか、"普段着"だからだろうか親しみやすい雰囲気。よくある創業経営者の"アクの強さ"(?)を感じさせないのだが、これまでの経験に基づく"自信"が、短い会話の中に現れていた。同年代で何が違うのだろうか。参考にしたい。 
まずは朝ラン...から真似すべきなのかもしれないが、まぁこれは置いておこう。あ、これが駄目なのか。 

----------- 
トフィーの店に移動して、"今年の目標"(1月に佐谷とTとの3人でたてた)について話をする。 
だかなえられそうに無い。忙しさは言い訳なのだろう。忙しい人ほどどんどん先に進んでいく。あと今年も半年、前へ進まなくては。 
シンガポールで会って以来のSちゃんもすっかり日本に馴染んでいて、時が経つ早さに驚いた。もう1年近く経つのかー。幼稚園は楽しいそうだ。 

Tとも意見が一致した事だが、何か小さな事がきっかけで人間大きく変わることが有る。波に乗ると言うか。自分の周囲でも何人か心当たりが有る。数ヶ月程度の期間で大きな事を成し遂げる人。だがこの成功と言うのは、まぐれや偶然で手にするものではない。その波が来たとき、いかにしてどれだけの行動力を出せるかは、それまでの人生にかかっている。波が来たと感じた時に、自信を持って行動できるように今、自分は-
引越しとそれに伴う許認可や各種届出に続いて、多くの予定が入ったのとその事前準備などでこの2週間ほど忙しかった。今週からもまた色々とやらなければいけないことも多く有り、楽しみ。

何も書かないと何もしていないように思われているように思え(笑)、とりあえず断片的に。続きの部分は明日の夜にでも書くとして。なぜ言い訳(?)しなければならないんだろう(笑)。でも日記を書いて、時間を振り返るのはなぜか楽しい。


【 5月21日(金) 】
10:30;XXX県公安委員会より(株)トラベル~の古物商許可受取。
申請途中に書類不備で駆けずり回るも、今回は予定よりかなり早く取得できた。40日くらいかかると聞いてたのだが。

13:00-17:30;7月1日の中国人への日本査証発行条件緩和後の対応について商談/勉強会。
上海日本之窓国際旅行社 常務 沈炎さん/日中コミュニケーション 取締役 孫盛林さん/モンゴル旅行業協会日本支部代表 星野さん/独立行政法人 中小企業基盤整備機構 石川さん。
沈さんは「日本の不動産下見ツアー」添乗で先週来日。孫さんは人民網(人民日報の日本語版WEB)の創始者としての視点から今回の報道について厳しい意見、興味深い。中国人の行動パターンについてのレクチャー。広告戦略について興味深い報告。(つづく)
18:00- 発送作業/各雑務
23:00-28:00 資料チェックなど

【5月22日(土) 】
10:00-11:30 移動
11:30-14:40 (株)トラクリの定時株主総会/食事会
1事業を吸収する旨を決議。新規2事業を開始する旨を報告。新規事業のうち1事業については意見が (つづく)

15:00-19:00 スリランカへの送客計画打ち合わせ?
スリランカで旅行会社設立準備中の斎藤さん、ロハスを追いかけるライターのクボマリ、電通のクリエイターとしての顔をちょっと見せてくれたヤマグチ氏と。こういう雑談から何かが産まれるのだろう。(つづく)

21:00-25:30 事務所にて通常業務
26:00-27:30 コインランドリー。ドンキホーテで買物。


【 5月23日(日) 】
12:30 高校からの知人 中島くんの結婚披露宴
高校時代、中島君は「東大に行く」と言っていた。うちの高校ではこれは正直難しいことだ。しかし彼は今は東京大学大学院の医学博士課程も終え、法医学者としての道を歩んでいる。今日も多くの人が彼を ...(中略)


15:30 高校の同級生で談笑
数年前から東京で会うことになった4人で。それぞれバラバラ(今年からは2人が海外に行き物理的にも)の生活なのに、こうして年に何度か会えるのはメンバーのフットワークの軽さだけではなく...(つづく)

17:30 上海から帰国の3宅と食事/中国事情について
まさか3宅が上海森ビルのオフィスで働いているとは... (つづく)

なんだか最近疲れが溜まってきているように感じる。夜、仕事場でパソコンと向き合っているときにふと、頭の中が旅に出ていることが有る。仕事途中の短い旅の目的地はシベリアであることが多い。

----
戦争中ニューギニアに出征していた水木茂は自ら、「南方病患者」だと言っている。現地での映像を流し、人形や昆虫標本、用途不明のお面などを飾り、自宅に温室を作る始末。周囲の人に同じ話を繰り返しあきれられる。

自分は北方病なのかもしれない。

----
動画サイトでシベリアを車で旅したポーランド人が撮影した映像を見つけた。
「あああああ!そうそうこんな感じ!」

自分の説明が悪いからか、人に話をしてもなかなか分かってもらえない旅の感覚。他人の旅の話なんてつまらないだろうからもう口に出して他の人に話することは無いのだが。


これはバム鉄道の方で自分は通ってないが、モゴチャのあたりはこんな感じだった。



シルカ迄はこんな道が2000kmほど続く。"自動車で横断"する人も、シマノフスクからウランウデの間は自分で運転しないで鉄道に積載して移動する人が多い。

<:OBJECT height="385" width="480">自分は渡河は一度しかしていない。先人が残した板も有ったし、流れももっと穏やかで、石を投げ入れまくって浅くして渡った。

<:OBJECT height="385" width="480">自分はここまでひどい箇所は無かったが、雨が降るといきなりこんな感じになりそうな所は何箇所もあった。「水溜りが有ると気を使う、だって深さが分からないから」と、日本に帰ってから知人に言っても理解されなかったが、これを見たら分かってもらえるかも。


東シベリアで無茶しすぎたのか、クラスノヤルスクを越えたあたりで、飛び石で床下の配管に穴が開いた。。イルクーツクを過ぎてからも工事の迂回路などでこんな箇所は10km以上有った。半日以上かけてやり過ごし、ノボシビルスクで久しぶりにホテルのベッドにたどり着いた後は落ちるように眠った。


別の人の動画だが、ノボシビルスクより西はこんな感じ。

<:OBJECT height="385" width="480">ウラルより東、ケメロボのあたりはこんな感じ。マフィアが絡む車泥棒の危機は減るが、悪質警官が多く苦労する。対向車線を来る車が教えてくれたりする。
あぁ、また仕事から脱線してた。今日は早く家に帰ろうと思ってたのに。

週に1回程度と細々とだが、何年かこのようにして日記(mixiやこのブログなど)を書いていると、そのサイトを見た人から連絡をもらうことが有る。大抵は知り合いなのだが、何年も会っていないのに自分のことをずっと(遠くから)みていてくれていたのかと驚かされることが多い。

ただ稀に"偶然"見つけた、"偶然"たどり着いたという人から連絡をもらうこともあり、そういう時は、お!と思う(適切な表現が思いつかない)。

---
先週は、シベリアのことを書いたからか、バイクでユーラシアを旅したイラストレーターの方の存在を知った。シベリアの部分の記録は興味深かった。やはりロシアが一番印象深いようだ。

---
大学卒業以来会っていない海外旅行研究会のWさんと偶然、メールのやりとり。週末に大阪まで行った際に会えればと思ったが、連休中はバンコクに居るということで会えず。まぁ当然か。
商社にいたWさんは偶然の親族の不幸が重なり、神戸の電設会社の代表取締役になっていた。人生どこでどうなるか分からない。

---

twitterを始めて何ヶ月か。登録したのは1年以上前だが、何度かつぶやいていると最近になってちらほらとフォローしてくれる人も増えてきた。twitterでコメント書いて誰かとやりとりをするというよりは、自分のブログの更新告知ツールとして使っており、ブログの存在を知ってもらうのに役立っている。仕事とは結び付けていないので、ほとんどが趣味の延長でだが。

最近唯一見るテレビは"不毛地帯"。他は放送時間に家に居れば"私が子供だったころ"くらい。
自分が観ているということを折に触れここに書くからか、何人かの知人から「自分も観ている」「面白い」という声を聴いた。ストーリーも重いし、アイドルも出演しない、視聴率もパッとしないのに(笑


シベリアの大自然は一度行った者を必ず"虜(とりこ)"にする。言葉どおり。
主人公はシベリアで捕虜として過ごした11年を忘れることが出来ず、商社(近畿商事=伊藤忠?)入社後は、他人を蹴落としながらも我武者羅に働く(本人はそのような悪意は全く持っていないのだが)。


シベリアに抑留された人は何年もの間、帰国の望みも薄く、極寒で貧しい環境に置かれた。次々と仲間が死んでいく環境を耐え抜いた人達が、どうなったかは興味があり、これまでも何冊か本を読んできたが、多くの抑留体験記と比較するとこれ(「不毛地帯」)は、やや異色だ。実在の人物(瀬島隆三)を描いているということもあるが、抑留後の生き方をメインに描いているという点で。それで余計にひきつけられるのだ。


シベリアにはもう一度行きたい、冬の厳しい時に。自分は本気で思っている。大自然の中に一人で入ったときに味わう、不安とも興奮とも言える何とも表現し難い気分。

仕事中などにふと頭をよぎる"行っちゃえ、行っちゃえ"という囁き。
(砂漠や孤島に行ってみたいと思う人は多いはず。それと同じことだ)


明日はドラマの最終回。早く帰宅しなくては。
P8170483.jpg
(写真) 偶然みつけた日本人墓地。チタから200kmくらい
以前お誘いがあったドラマの収録。あれから3ヶ月。
"出演依頼"はまた唐突にやってきた。
-----------------------------------------------
*30歳代以上男性で新聞記者役を探している。
*茶髪NG,長髪NG
*整髪料等を使用しないこと(メイク・セットをやりやすくするため)
*撮影シーン:1970年代。阿部サダヲさんと一緒に記者を演じて頂きます。
*出演者:唐沢敏明、原田芳雄、岸辺一徳、阿部サダオ
*集合は"明日14時"
*場所は赤坂プリンスホテル旧舘(他の人に教えてはいけない)
-------------------------------------------------------------

替わりも誰も見つからず(撮影内容を他の人に伝えてはいけないし、そもそも撮影の前日というのが無茶だ)。で、またしても(嬉々として自分が)向かったのであった...

今回は昼間の撮影、仕事を無理やり他のスタッフに割り振り、撮影場所に向かう。
 
撮影本隊はこの日の朝は金沢文庫(神奈川県)、午後は東金(千葉県)で撮影を行っており、ここ(赤プリ)には16時ごろ到着予定とのことで、それまでに記者会見場の設営&スタッフ打合せをやっておくという流れらしい。時間に遅れそうになり、赤坂見附駅から赤坂プリンスの新館&本館を駆け抜けて旧館地下の宴会場に着いた自分は目を疑った。

男だらけだ....なんだこれは。
スーツを着た40歳くらいの男達が、メイクの順番待ちにずらーーーっと並んでいる(笑
「阿部サダヲさんと一緒に記者を演じて頂きます」ってこんなにたくさん居るんかい!全然うれしくない(笑。仕事半日休んで来たっちゅうのに。

撮影会場に入り、言われるがまま適当に役柄を割り振り。自分は「読徳新聞の記者」で、「記者会見会場でメモを取る」というだけの役柄。数人は台詞を割り当てられ練習させられている。他にはカメラマン役、ストロボ役とか。

唐沢敏明が入ると雰囲気がいきなり変わる。これがプロか!
前回と同じで唐沢敏明はなかなか巧い&真面目に撮影、岸辺一徳は手持ち無さげに話し相手も無くブラブラ。阿部サダオはプロのエキストラと談笑、サインにも応じたり。
3分程度の短いシーンなのだがいろいろな角度から何回も撮る(こんな短いシーンのために何回撮影したことか) 。

放送は最終回(今週木曜日)、自分は"阿部サダオ"と" 記者A"の一つ後ろの列に座っている。前回(ずーっと映ってたが後姿が多かった)に懲りたので、今回はずっとカメラの方を向いていた(つもり)。
演技力不問・目立つようにアピールしようも無い(笑)。 

今回もまぁ撮影裏側を見れたことや、放送前のあらすじを知れたことは面白かったのだが、うーん、なんか不毛な時間を過ごしてしまったって感じ。

公共施設の全面禁煙通知へ=飲食店や娯楽施設も-厚労省

"飲食店内全面禁煙"とは...いきなりで驚く。個人的には嬉しいが、本当に実行されるのかどうか疑問だ。昨年の神奈川県での条例出来たときもかなりもめたようだし。

夕方に昼食によく行く中華料理屋(←日本語少しおかしいが間違いではない)、全席喫煙席でいつも苦しくて困っていた。いや、行かなければ良いだけなのだが。
せっかく美味しい店なのにタバコ嫌いの人は避けているはずで、この店、損してるなぁと思っていた。もしかしたら"心おきなく吸える店"ということで客を集めていたのかもしれないが。



最近のコメント

アイテム

  • P8170483.jpg

タグクラウド

OpenID対応しています OpenIDについて