2005年9月アーカイブ

最終日。香港へ向かうキムケン&あいちゃんを見送りにフェリーターミナルへ。
丸山夫妻は深夜のフェリーで帰国の途についているのでもう誰も居ない。

フェリーの時間には余裕を持って行ったのだが、中国人の団体がいて、2等船室は満員で1等席しか空いていない。乗船まで時間が有ったのでフェリーターミナルの3階に有る広東料理の店「」で最後の食事。叉焼饅などけっこう食べる。
場所柄あまり期待していなかったのだが意外と良かった。地元の人も(フェリーに用事が無くても)行くということを、後日ガイドで知った。そういや結婚披露宴らしき装飾をしていた。

二人がマカオは出国後は独りになった。セナドに有る書店で本を、郵便局で記念切手を買う
(香港とマカオは、中国の風物を描いた記念切手が有名で、コレクションも盛んだ)。

あっと言う間の4日間、大勢で旅行するのがこんなに楽しいとは思わなかった。
いつか友達を集めてまた実施したい。

 

朝は9時に集合と決めていたが僕と稲葉君はダウン。ようやく起きてホテルのカフェで食事するも、お粥は良いのだが、他は味がイマイチ(特に洋食)。
朝食は無料で付いていたのだが、次の日からはせっかくなので別の所で食べようと話がまとまる。村上さんは朝から元気に待っていた。申し訳ない...
稲葉君も準備完了。とりあえず観光に出発。ホテルの無料バスで島から脱出。港まで運んでもらい、そこからタクシーでセナド広場へ向かう。天気は心配していたが晴れている。橋の上からは海が遠くまで見渡せた。

セナド広場(=議事亭前地)は民政総署(行政府/現在も使用されている。世界遺産)に面したマカオの中心の広場。
広場には他に仁慈堂(福祉施設。これも世界遺産)が有り、タイルが敷き詰められ、石造りの建物が並ぶ明るい西洋の雰囲気のエリアだ。
国慶節(人民共和国の建国記念日)前だからか、広場は提灯などで何とも言い難い装飾がされている。これが無ければ非常に雰囲気が良いのだが...

民生総署の白い建物の中は少し涼しく静か。パティオは穏やかで陽がさしていて南欧の雰囲気。ポルトガルの詩人カモンエスの像が有る。カモンエスが「ここで地果て~」と詠んだポルトガルのロカ岬で、1年前の今頃結婚式を挙げたkyoとミキスケを中心に記念撮影。大航海時代に荒波を乗越え遠くアジアにやってきたポルトガル人が、ここで穏やかな時を過ごしたことに思いを馳せる。ガイドにもあまり載っていないこの小さな空間が僕は好きだ。

通りに面した「義順」で牛乳プリンを食べ休憩。軽食も出す小さな店なのだが牛乳プリン(と卵プリン。僕はこっちの方が好み)が美味しいと有名になった店だ。マカオにはこんな店が何店か有る。

両替をすると言って店を出たkyoが戻ってこないので、どうしたのかなと僕が店を出たところ、通りを歩いているキムケンと愛ちゃんを発見。僕達に合流しようと香港からやってきたのだが、村上さんと稲葉君の携帯電話を書いたメモを紛失し、どうしようかととりあえずセナド広場にやってきたそうだ。話が出来すぎている...
kyoもすぐに戻り、これでツアー参加者全員が合流。

広場から歩き、聖ドミニコ教会を少し覗いた後、市街地を抜けモンテの砦へ向かう(本当は違うところを目指してたのだが)。
食事を自宅で取るために昼休みに帰宅するポルトガル学校の白い制服を着た女の子達であふれている。そこを好奇心の強い参加者がみなそれぞれ自分の速さで歩いていく。
両側には土産物屋が並ぶ通りは、いつしか住宅地になる。ベランダで鳥を飼っている家が多い。坂道に10階建てくらいの建物がひしめき合う。椅子に座って眠りこけている白いランニングシャツの老人。


モンテの砦(=聖パウロ要塞)も世界遺産に登録されたばかりだ。ポルトガル時代の古い大砲が海を向いて置かれている。
オランダ軍の攻撃を撃退した大砲だ。この戦でマカオは守り抜いたが、この頃から世界の覇権はポルトガルとスペインのカトリック教国から、イギリスやオランダへ移っていく。
左手の小さな丘に、肌色の小さな教会と灯台(ギアの教会/灯台。どちらも世界遺産に登録された。現存するアジア最古の灯台)が見える。台風が近いらしいがまだ天気は良い。

小高い丘からは広い海を見渡せる...はずだったが海岸付近の急激な開発で海原は見えない。高いビルとビルの隙間に小さく海が見えた。
目指していた聖パウロ教会跡の壁が丘の下に見え、ガイドの不案内をみんなに責められながら坂を下りる。

坂の途中に小石が敷き詰められた健康促進エリア(←何と書けば良いか分からない)が有る。とがった石の上を靴を脱ぎ裸足で歩くと、足のつぼが刺激されて健康になる。足の裏の痛い場所によって体の悪い場所が分かる仕組み。そこを悲鳴を上げながら歩いている(kyoは平然としている。キムケンと丸山さんは痛がっていたかな?)と、横のベンチに座っていた日本人観光客の女の子二人と、美緒さんが歓声をあげている。中学の同級生だそうな。
何年間も日本でも会っていない昔の同級生とこのマカオで偶然再会。それも女の子の一人は初めての海外旅行だそう。信じられないが本当である。さすがマカオ。

アジア最大の規模を誇った聖ポール教会は、壁以外は本当に何も残っていない。壁面の彫刻には日本との深い関わりを
示すレリーフが多く残っているのだが、ガイドブックを持ってきていない僕達はただ眺めるだけだ。
これも当然世界遺産だ。マカオへ行くほとんどの日本人は今もほとんどが団体ツアーなのだが、
「香港・マカオ4日間」といった感じのほとんどのツアーはマカオには半日しか滞在しない。この壁を見て、簡単な昼食を食べ、カジノを1時間ほど覗いた後に香港に帰っていく。壁は確かに大きい。マカオのシンボルなのも否定しない。ただ、この壁を見ただけでマカオを後にする人が多いのが残念でならない。たぶんその人達は「マカオはギャンブルだけの町。見所も無いし半日で良いよ」と思うだろうし、ギャンブル好きでない限りもう二度とマカオには来ないだろう。

フェリーのチェックイン・イミグレを通過したところで、香港の空港に到着したkyoから稲葉君の携帯へ着信。エアポートエクスプレスで向かっているという。二人が来るまで待合室の硬い椅子でみんな1時間眠りに落ちる。船の職員が不思議そうに見ていたが、知人が来るから問題ないと言い無視して横になる。


kyoとミキスケはオゥと手をあげて到着。非常に普通なのだがそれが面白くて笑う。ここは日本ではないのだが、日常との隔離感が無いと言うか有ると言うか。稲葉君とkyo・ミキスケはたしか久しぶりの再会のはずだ。

船の中で今までの経緯を話す。みんな話すことは多いのだが眠気もあり,まったりとした感じ。台風が近づきいつもより少し波が出ている。途中2回エンジンが止まり、予定より20分程度時間がかかった。

 

マカオの港に着いたのは深夜1時すぎ。週末の夜ということで香港からのギャンブラーで混んでいるので入国審査に時間がかかるかと思ったがそうでもなかった。港のコインロッカーで一日前に預けた荷物の受取。34HK$だがコインしか使えない。そんなにコインもってるはず無いじゃないか...みんなからかき集める。

ホテルまではタクシーで。ランカイフォンの海沿いの道、マカオタワーの傍を通り南湾大橋を渡る。タクシーの中のモニターでは「マカオへようこそ」といった映像が流れている。さすがに人通りは少なく、ミキスケが興味深そうに外を見ている。
ギアの灯台の光が空の遠くを射す。ペンニャの教会はライトアップされ暗闇の中に浮かぶ。リスボアなどのネオンを眺め、寝静まったタイパ島内を暫く走るとホテルに着いた。

ホテルはHISのランクだとhyattと同じAクラス(S→A→B→C)だが、外見は大陸からの団体客が利用するようなホテル。住宅用高層マンションに囲まれているこんな所のホテルにもカジノが付いているようで、ホテル外観は真っ赤なネオンが毒々しく光っている。ホテルの向かいは競馬場。素晴らしい住環境だな...教育に良くないような気もするが反面教師として逆に良いのかもしれない。マカオではカジノディーラーは非常に人気の職業だというし。以前ガイドから聞いた話だと
銀行員、次にカジノディーラー、ホテルマンの順だそうだ。それくらいこの町には
金融機関とカジノ、ホテルが多い。

僕たちがホテルに着くとすぐ村上さんがやってきた。村上さんはここから徒歩10分くらいのハイアットに泊まっている。こんな時に携帯電話は便利だ。今回の旅ではその後も威力を発揮するのだが、vodafoneやauの最近の機種だと特に手続きなしで日本の携帯電話がそのまま使える。

村上さんはスペイン、ポーランドを旅した後にイギリスを経由してマカオにやってきた。相変わらず行動範囲が広い人だ。今回の旅行ではヨーロッパに到着した途端にロストバゲージに遭遇、身軽な(?)旅をしてきたそうで旅の話を聞く。ちなみにまだこの時点で荷物は届いていなかった。

深夜3時。ホテル近くのコンビニでビールを買い部屋で雑談。
2日前から動き続けてきたことも有り、丸山さんと僕は先に休ませてもらった。

久しぶり(と言っても4ヶ月ぶり)のマカオは僕に優しかった。100HK$プラスでリスボアを出る。カジノに居たのは1時間くらいだろうか。また香港へフェリーで帰る。週末だからか行きも帰りもフェリーは結構席が埋まっていた。

地下鉄に乗り上環から、数時間前に居た尖沙咀に戻る。海岸沿いに待ち合わせのキムケンの泊まっているホテルニッコーへゆっくり歩く。小さな公園には香港の定番、太極拳をやっている老人達。

朝からややテンション高めのキムケンと愛ちゃん、○山弁護士と美緒さんと合流。時間を無駄にしたくないということで、朝8時という僕(の一人旅)では考えられない時刻に待ち合わせたのだがみんな元気だ。香港で食事と言えば...点心ということで早速歩く。ホテルのコンシェルジュに教えてもらった店はまだ閉まっていて、ガイドブックを頼りに行った店は倫敦大酒樓。現地人、大衆向けの店って感じだ。

朝から暇なおじちゃん、おばちゃんがのんびりお茶を飲んでるところで5人でがっつく。ワゴンのおばちゃんもこのテーブルにだけ必死でセールス。これを食え、あれも食えと勧めてくる。「絶対みんな歩合制に違いない」という他愛の無い会話で盛り上がる。結構食べたが一人数百円程度だったはず。こんな値段でも美味しくて満足。なかなか良い感じで旅は始まった。
 
 

食事の後は茶器、茶葉の店へ。行こうと思った店は閉まっていて、の店へ。ガイドに載っているようで日本人客が数組居た。大幅割引提案、キムケンの良く分からん強引な値引き。店員も慣れたもんで、他の客に聞こえないように値引き交渉、ちょっと値引きをしてもらう(僕は買っていないのだが)。かわいい茶器で何種類か試飲さしてもらう。日本で誰かの家で中国茶パーティも開いたら面白そう。

HISでkyoのベトナム行の航空券を受取った後、ペニンシュラホテルのアーケードを抜け、スターフェリー乗り場へ。九龍から香港島までたった2HK$(30円くらいか)で15分くらいの優雅な船旅。キムケンの勧めで2階のファーストクラスに乗る。台風が近づいていて波があり、船はゆっくり揺れながら進む。

船降り場で生ジュースの味比べ。僕の買ったグアバ&バナナが一番何とも言えないという評価を得た。中環のファーストフード店で昼食。定食で600円くらい。ちと高め。水ではなく白湯が出たのが日本と違っていて新鮮。

キムケン・愛ちゃんと別れ、○山さん・美緒さんと、稲葉君の待つ香港ディズニーランドへ。HDLへ行く地下鉄は開通したばかり。窓の形などもミッキーで、気分を盛り上げてくれる。「車内での飲食は罰金5000HK$(約80000円)」に驚く。高くない?

HDLは空いていた。予約までしていったのだが意味は無かった。老若男女とも、平日に休みの取れる優雅な生活をしている人は少ないのかもしれない。噂どおり園内の面積は広くない。一日有れば全てのアトラクションに乗ることも出来るだろう。
絶叫系(?)アトラクションはスペースマウンテン(太空山)くらいだろうか。これは東京と比べるとどことなく安物っぽい。待ち時間は5分程度か。混雑が無いのは良い。乗っている時に写真を撮られるのだが、出口に有るその写真販売コーナーで中国人が写真を買わずに、携帯電話のカメラで見本の写真を撮影していたのが面白かった。全員がやっているので従業員も止められない。自分が写った写真を撮影している中国人を稲葉君が撮影していた。

成田空港で丸山組と待ち合わせ。
翌日朝の待ち合わせ場所を確認して別々の便で香港へ。
香港の空港からはバスで尖沙咀へ。重慶大厦で宿を探すも一軒も見つからず。1階で唯一客引きをしていたインド人に声をかけられるも700HK$とありえない金額を提示される。170じゃないのかと聞くとどっか行けと言われる。近くのミラドにも行ってみるが、時間が遅いからだろうか(24時くらいだった)、閑散としていて入口の鉄柵は半分閉まって警備員が数人暇そうにしている。

空港の観光協会の様子から見て、とてもホテルは取れそうに無く、マカオへ行って時間をつぶすことにする。翌朝までに戻ってこれるだろう...と。僕一人だけだからまともなホテルなんて予約しなくていい、安宿でいいやと思ったのが間違いだった。この夜は香港に泊まって翌日からマカオへ行く予定だったんだけどなぁ。
劇団四季の「オペラ座の怪人」を観る。汐留の四季劇場。
例によって売れ残りチケットでいきなり行くことになり、バイトに来ている大学生と行く。

Phantom of the OPERA」は1月にニューヨークに行った際に行くはずだったが、現地まで行ったのに風邪でダウンして観れず(同伴者は観たのに)。その後映画化などされたことも有り、一度舞台で観てみたかった。

仕事を早く切り上げ車で行くも、15分ほど遅刻。最初のほうが観れなかったのだが、映画とストーリは全くといって良いほど同じなので、舞台の世界にはすぐに入れた。バイトの子は眼が悪くて役者の表情など全く見えず何が何だが分からなかったとのこと。

舞台を見るのは久しぶりでなかなか面白かった。実際のミュージカルの舞台を、オペラ座の舞台に見立てたりする点は良い。映画では出来ない。
映画が良かった所は、仮面舞踏会の場面か。ああいうシーンは映画は華やかに出来る。

ところで劇団四季の人気はすごい。同じ演目を毎日1年以上やり続けているのだから。よく客が来るものだと感心する。

一緒に行ったバイトの子は途中気持ち良さそうに眠ってたんだけど...