その可能性の先に在るもの

manb&はまなーに続き、
丸&みおさん、
kyo&ミキスケと次々と出産ラッシュ。はらくみ&こやじももうすぐらしい。


生まれたばかりの赤ちゃんは、無限の可能性を持っている。なんてありきたりの表現!
彼・彼女には何にでもなれる可能性が有る。将来何でも出来るのだ。これからの毎日、自らの道を行き、その可能性を高めていくのだ。その道の目的地、夢は大きければ大きいほど良い。たぶん。親は今、そのことに気づいている。家族、両親の知人達はその可能性を祝う。周りのものはその邪魔をしてはならない。どんなことでも応援すべきだ。

そして健全な心を持つ者は、自分にもそんな時代が有った事に改めて気付くのだ。

幾人かの賢明な知人は普段から、その可能性を(たぶん)忘れず生きているのだが、自分はどうだ?その可能性を自ら絶ってしまっていないか。自分の周囲にその邪魔をする人(何かをしようとしたときに「普通でないから」という理由で反対する人)が次々と現れる。その人達のせいにしていないか?

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コメント(1)

モンゴルのクレオパトラ :


本当におめでたい話なり!
赤ちゃんは天使のようでしょうねー。

1年前に母親が私の誕生日を忘れていたようなので「うんでくれてありがとう!」とメールを書いたら返事がなく、何か怒っているのかな〜と心配してたのですが、後で連絡がありました。
「私の可愛い天使ちゃんの誕生日を忘れてたわ♪ごめんあそばせ。でも気が付いたら悪魔ちゃんになってたけどね。うまれて来たときは少なくとも天使ちゃんだったんだけど」というコメントをいただきました。
両親には子供の頃からバックアップを受け、本当にありがたい限りです。

しかし、悪魔ちゃんに成長したのは私自身でありましょうな。うまれた時は天使ちゃんだったらしいので。うふふ。

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このページは、Keiichi.Nakanishiが2007年2月22日 03:33に書いたブログ記事です。

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