2007年3月アーカイブ
3月31日
早朝5時、アラブ首長国連邦(UAE/الإمارات العربية المتحدة )、ドバイ国際空港着。
UAEは7つの首長国によって形成される連邦国家。その中のドバイ首長国はここ15年、経済力をバックにした金融業と世界中から集まる人への観光産業でやりての首長の下、のし上がってきた新興都市。今は隣のアブダビ首長国(莫大な石油が産出される)を超える経済規模を持つ。
ドバイ空港から市内へ15分ほどバスに乗り、そこから隣のシャルジャ首長国に向かう。シャルジャはイギリス統治時代はこの地域の中心的都市だったが、今は石油が産出されるアブダビとドバイの影に埋もれてしまった小さな都市国家。欧米文化にかぶれている(?)ドバイとは異なり、イスラム戒律に厳しいという。
ドバイからはわずか15km。そのシャルジャ国際空港からイエメン共和国サナア行の飛行機に乗る。
ドバイ空港で両替。窓口の銀行員は言った。
「ホントに日本人?ベイジン(中国)じゃなくって?ドバイグランプリに来たんだろ?チェンジは50ドルだけで良いのかい?」
そう、この日は年に一度のドバイワールドカップ。世界中から名馬&金持ちが集まっている。
シャルジャの町からシャルジャ空港に向かうタクシー。
「ドバイ空港じゃなくシャルジャ空港で間違いない?どこに行くフライト?イエメン?イエメンなんかでよく仕事見つけたな。え?あんた日本人なんかい?フィリピン人だとばかり思ってたよ。」
UAEの家庭は生活水準が高く、多くのフィリピン人の出稼ぎ労働者やメイドが働いている。
シャルジャ発サナア行、エアラビア701便(Air-Arabia)。僕ともう一人の欧米人旅行者以外、乗客は全員イエメン人。男の人はみな白い衣装。赤いスカーフ。女の人は真っ黒の服。目の部分以外すべて隠れている。待合室では明らかに浮いていた。機内の座席位置は男女ではっきり区別されている。僕の左隣には30くらいの男性、右は50くらいの男性。若い男は英語を話した。「日本人!?チャイナと同じ顔だ!サナアには観光で?グレイト、良いところですよ。気に入ると思うよ。ところで車は詳しいですか?マイフレンド、トヨタの部品は安く手に入りますか?」
とりあえずイエメンでは日本人のイメージは良さそうである。日本を出て24時間後、サヌア国際空港着(写真)。
月曜日、税務調査が終わった。
こっちの主張がほぼ認められて嬉しい。
初めて連絡が有ったのは1ヶ月ほど前。
これこれを持ってくるようにという指示を電話で受けて、通帳などを紙袋に詰めて税務署に出頭した(税務署員の方が家に来たようだがちょうど(?)留守だったみたい)。
そこで個人課税部門に行くべきところを、何を思ったか勘違いで法人課税部門に行き相談。法人としての調査もされることになったのだった...
(待合せ時刻に現れなかったので個人課税担当の人からも目をつけられる)
ただ、調査をしていただいて(?)、決算書をちゃんとしたものにしてもらえたのは良かった。基本的なミスが次々と見つかったのだが、税務署のお墨付きをもらえたことでこの決算書がより確かなものになった。(税理士さんとは契約していない、会計士のKちゃんには、恥ずかしくて見せられたものではない)
今回の調査は、前回と違い立入調査ではなかったので気は楽だったが、どうなるのかちょっと不安だった。前回(確か6年前。あの時は税務署だけでなく、霞ヶ関の国税庁からも調査員が来て驚いた)の調査報告が分厚いファイルに残されていたのにも、ひいてしまった。当時のホームページや通帳のコピーとか。一個人の記録をここまで残しておくか...それもたいして納税してないのに...そのとき書いた反省文も保存されているのだろう(僕ぐらいの規模だと、納税額より調査の方に金がかかっているはずだと思うのだが...良いのか?)
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企業経営で(会計に関して)一番重要なのはと聞かれればゴーイングコンサーン。中小企業白書によると、起業した人10人のうち、4人が1年で倒産、2人が5年後、さらに2人が10年後に倒産するという。10年後残っているのは2割しかない(開業後の事業存続について)。ほんまかいなと心配になる数字だし、これを理由に起業に反対する人は多い。僕も批判をされたのだが、なんとかこうして生き延びている。もうすぐその最後の2割のうちに割り込めそう(法人格を得てからはまだ4年目だが個人事業時代を含めると8年目)だ。わずか数枚の用紙だが、ここに一年の成果が入っていると考え、決算書を見てしみじみ。
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という事で一つ憂い事が減ったので、明日から気晴らしに旅行に出かけます。初めての所に行くときは緊張する。
3月6日(火)
一週間前の検査の結果を聞きに行く。郵送ではなく、実際に聞きに行かなくてはならない。本人以外に知られることのないようにという配慮と、もし感染が判明したときにすぐカウンセリングを受けられるようにするためだろう。
予約時間を勘違いしていて、開始時刻はまだ仕事場に居た。あわてて電話をすると、一人当たりの持ち時間は30分で、その時間帯に来たら問題ない、でもそれを過ぎると結果は教えられないとのこと。自転車で急いでいく。時間無くて昼食食べれなかった...
受付で「2月27日の何番です」と伝える。その時間帯に告知(?)を受けるのは自分ひとりなので、この番号を伝えることで本人の確認になる(番号を書いた用紙を検査の時に受け取っている。この用紙を忘れると結果を知ることは出来ない)。個室に入ると女の人が一人。
「#番さんですね」と確認して、結果が書いた用紙を出される。「陰性(Negative)」にマークがついている。一瞬考えた。固まっている僕に「大丈夫ですよ」と声がかけられる。喜ぶというより力が抜けた。
「喜んで良いんですかね」と聞く僕に「そりゃ感染してるより、感染してないほうが良いですから」と保険所の人は言う。そりゃそうだ。
何か質問有ります?と聞かれるが、まぁ特に...そんなことよりもし感染してた場合にもこの人が告知するのかというのが気になった。そんな重い仕事つらくないだろうか。思い過ごしかもしれないが。ここで感染が判明する人ってどれくらい居るのですかと尋ねると、滅多に居ないとのこと。自主検査で判明するのではなく、何か症状が出て病院で検査して判明することのほうが多いという。HIVウイルスによる症状でというより、何かの病気で病院にいった際に、何かの数値が異常値を示し、もしかしてとHIV検査をして判明というように。
告知(?)は3分ほど。部屋を出て資料をまたいろいろ見た。(少し古い統計)(割と新しい統計)
千葉県では感染者は多いが、被検査数も多い。断トツで"数"が多いのは東京都(単純に人口で割ると3800人に1人くらい?年代などをしぼるともっと高くなる。でも東京都だけが感染"率"が高いというわけでもない)。知事が「特別な人がかかるもの」という発言をして対策予算を減らした長野県は実は人口当たりで見ると感染者はかなり多い。それも長野県は発症してから判明する人が多い(=自覚していない人が多い)。感染者が少ない県も、被験者数が少ないだけの可能性も有る。
ちなみにこの千葉市では無料検査は1ヶ月に2・3回。実家の有る滋賀県では1ヶ月に2回しかなく、それも大津市まで平日に行かなくてはならない。でも東京ではいろいろな保険所などで頻繁に行っているし、即日結果の出る検査を毎日やっている病院が何箇所もある(HIV検査マップによる)。東京都に感染者が多いというよりも、東京都では判明者が多いと言った方が良いような気がする。地方だとかかりにくいわけではない。例えば滋賀県のような回数だと普通は検査行けないだろう...
誰でも可能性があることをもっと普及させたほうが良い。麻薬や売春をする人がかかる病気ではないということを。やましいことのない人でも、誰かの血液に触れることがあるかもしれない。自主検査でなく、何かのきっかけで判明する人の方が多いということは、感染者の多くは、検査を受けていないだけということが考えられる。普通の人が、思い当たることは無い(≒少ない?)人が感染しているということを。
薬害エイズの患者さんには本当に同情する。全く本人の意思によらず、それも別の病気(血友病)を治す為に飲んでいた薬が原因でこんな目にあうとは...その罹患者数は1800人(現在400人が死亡)。薬が危険なものだったからではなく、危険と分かり(HIVに感染することが分かり)安全な薬が出来てもなお販売を続けたからという理由で、製薬会社社長は有罪判決を受けている。
自分は感染していないということが分かってからも(分かってからの方が、かもしれない)、本をいろいろ読んだ。HIVウイルスの発症したときの症状を具体的に言える人がどれだけ居るだろうか。「怖い病気」としか知らない人が多いのではないか?発症前に分かれば、現在は投薬によって発症は抑えられるということ。子供も生める可能性も有るということ。知らないことは多い。
追記;発症したときのエイズの症状は、
感染1週間程度:発熱、のどが痛い、咳が出る、体がだるい、節々が痛むなど。でも普通は気付かないし、すぐに自然と消える。
感染数年:しつこい下痢やひどい寝汗、急激な体重減少など。免疫力の低下によるもの
感染から5〜10年くらい:カリニ肺炎(原虫による重症肺炎で呼吸困難)、カンジダ性食道炎(食道にカンジダというカビがはえ、食物がのどを通らなくなる)など。皮膚がんの一種であるカポジ肉腫や記憶喪失。
自分は身近な人が感染した時に、どう接してあげられるか。そもそも感染をうちあけてくれるだけの信頼を持ち合わせているだろうか。
2年前、腕の骨折で入院していた病院で、内科病棟の無菌室で暮らしている人(30代後半男性)が居た。僕と同室の若い人たち何人かで待合室などでいつも話をしたりして暇つぶしをしていた。安静にしてなければいけないはずだが、近くのたこ焼き屋に一緒に行ったりした。
「今は焼肉屋を開きたいなぁ」と言っていた。これまでは親のつくった土建屋を動かしていたそうだ。僕の仕事の話を聞き、ホームページ見たときに僕に見せたうらやましいといった表情の顔が忘れられない。「今は小さいって、最初はどんな会社も小さいやん、お前、ほりえもんみたい奴やなぁ(当時はそういう時だった)、お前がこれ考えたんか、自分で考えてやったんか、このままずっとあきらめんと何でもいいからやり続けられたらそごいことなるぞ」。その人は次の週に絶対安静になりもう会えなくなった(無視して病室に話をしに行った人は居たが)。自分は正しく接することは出来たのだろうか...
2月28日(水)
健康診断をしてもらえる病院をネットで検索するが、何件かあたるがほとんどの病院が、前もって予約が必要とのこと。何か症状が出ていれば良いのかかも知れないが。家の近くにある労災病院が健康診断コースが有るとのこと。こんな身近に病院が有るとは知らなかった。病院なんて普段は行かないからなぁ。
この日は会社の今期の締め日。健康診断も社員の福利厚生なので経費に(ちょっと強引か)。これまで一度も実施していないからなぁ(でも法律では定められている)。一日前と同じくかなり良いタイミングだ。
身長、体重、視力、聴力、採血、採尿、心電図、脈をとって聴診器あてられて終了。午後の暇な時間だったのか自分以外誰も居らず、1時間もかからなかった。保険は効かず8893円。就職でもするんですか?と聞かれる。いや、私、経営者なんで...(そんなこと言わないが)。
尿はもう結果出てて問題ないとのこと。医者も「ちょっと太りぎみかなぁ」と言ってただけで、健康そのものだと言っていた。うーん、こんな簡単なもので分かるのかとも思うのだが...
血液検査ではもっと具体的な数値が出るだろう。結果は10日後。
3月1日(木)
知人が、会社の先輩(30代独身男性)が白血病(だったか?)で重症、腕も切断して病院で生活しているという話をする。僕も会ったことが有る人のようだ(自分は覚えていないのだが...)。自分の知人の例に漏れず、よく働く人で毎晩遅くまで仕事をしていたそうで、健康診断も、自分はそんな必要ないとこれまで受けていなかったそうだ。今はもう会社に行くことも出来ず何も出来ない体、今まで元気だっただけにつらいだろうとのこと。
自分にあてはめて考える(そういう年代なのか?みんな働きすぎだ)。
自分がもしあとX年しか生きられないのならばどうすべきか。あきらめてのんびり過ごすという人も居るだろうが、やはり自分は違う?名を残さなければ。どうやって?何のために?ほとんどの人がそんなこと意識してないじゃないか?いやもしかしてみんないつも意識して生きている?
自分だったら何をすべきか。会社を大きくする?大きくしてどうする?いや会社が大きくなると言うことは社会に役立っているということでは?役立ってどうする?自分が楽しまなければ?旅に出る?何のために?旅に出て楽しいか?仕事は楽しくないのか?楽しまなければならないのか?何か理由が無くてはだめなのか?...そんな面倒なこと考えないで何もしない、いやそもそもやりたいけど体が聞かないんじゃないのか?
そんなこと考えていると病気に罹っている、罹っていないなんていうのは関係なく。そもそも何のために生きているのかと考える。あとX年というのも、あと30年というのも、あと80年と言うのも関係無いではないか。自分はあとX年と分かったから何かを始めるというのか。じゃぁあと50年だと分かったらどうする?50年も有ると考えるのか、50年しかないと考えるのか。非凡な人と平凡な人の違いはここなのでは?凡人は50年しかないとか50年も有るとも考えない。そんなこと考えず目の前のことだけをこなすだけなのだ。物事を成す人と成さない人の違いはここなのではないのか。寿命なんて関係なく、いつか何かを成そうと考える人は、いつも何かを考えているのではないのか。本当に考えているのなら何らかの行動に出るはずだ。
でも、もっとこうやった方が良いということが分かっていても(しかも具体的に)、動かない自分は、凡人だ。こんなこと書いているあたりが。いや、そんなことない。自分は凡人なんかじゃない。そう思えば、そう思うことで、残りのX年を。
2月26日(月)
箱根から帰っても腕に出た紫の斑点が気になって仕方が無い。ネットで調べてもよく分からない。痛みも感じないのだが、気にしてみると体がだるい。最近食欲も減ってきた(ような気がした)。ちょっと痩せたような気もする。いや太ってきたような。成人病か?高血圧だ、いや朝が弱いのは低血圧だ。普段の健康を気にしないだけによく分からない。
今から思えばなぜだか分からないが、これは"エイズ"の症状ではないかと、その時自分は疑った。エイズの症状と言っても知らなかったのだが、そんな気がしたのだ。どこで罹ったかと聞かれても分からないのだが。いや、病気というのはそういうものだ。コレラに罹った時も原因は結局特定できなかったではないか。そもそもエイズの潜伏期間は数年有る。誰かの血液が触れたことくらいあるはずだ。アジアもアメリカもヨーロッパも旅行した。都会も田舎も。どこかの風土病かもしれないが。コレラはタイかパキスタンで罹ったのだが、結局、いつどこでかは特定できなかった。(追記:気をつけてはいるし、あえて何か危険なことをしたわけではない)
そう思い込んだ自分はエイズ、いやHIVウイルスによる感染症について調べた。ネットで調べると、なんと2週間に一度のエイズ検査が翌々日に千葉市保険所で実施されると書いてあるではないか。翌朝起きてすぐに電話で予約をした。
HIV検査は匿名で受けられるのは知っていた。いわゆる常識として。でも検査を受けたことの有る人は身近には知らないし(その後知人を思い出した。後述)、どのようにして判定するのかは知らない。やはり自分には関係ない、特別な人だけ関係する話だと思っていたからだろう。
その日は落ち着かない一日を過ごした...と書くべきかもしれないが月曜は仕事が忙しく、そんなこと考える余裕は無く、黙々と働いたのだった。
2月27日(火)
検査の予約時刻は**時。千葉みなとに有る千葉市保険所に行く。検査はこちらという張り紙を見ながら受付へ。何の検査かは張り紙には書いていない(だが、受付の前にはHIVについてのパンフレットが多く並んでいる)。受付は女の人が5人くらい。電話で予約した者だと伝えると番号を言われ、アンケート。アンケート用紙は住所(どの市町村に住んでいるかということだけ)、年齢、職業欄のあったかもしれない、それだけのもの。統計を取るのに使用するのだろう。名前は書く欄が無く、番号で呼ばれる。何日の何番さんというように。自分が行った時には誰も検査を受ける人は居なかった。一日10人ほどのようだ。結果は一週間後。
検査は血を採られるだけ。この人は看護婦なのだろうか?採血の後は10分ほど腕を押さえながらパンフレットを読んだ。感染が分かったらどうするか、薬や医療制度、周りの反応、体験記など。具体的だ。
去年腕の手術をした際に血液検査をしたのだが、その時にHIV検査もしたのだろうかと尋ねると、した可能性もあるが、恐らくしていないだろうという答え。患者の同意なくすることは基本的に無いと言う。でももし感染してたら医者は危険にさらされると思うのだが...
この日の夜はパンフレットやネットで、エイズはどうやったらかかるかといったことではなく、もっと具体的なこと、患者の生活、どのような症状がでて、どのように治療するかといった具体的なことを勉強する。薬代は一ヶ月平均15万円、保険はきく、障害者扱いで税金は免除、医者だけではなく税務署員も守秘義務は有る、交通機関の優待、仕事は続けれるが肉体労働は無理、早寝早起きが大切、摂生に努めて薬をちゃんと飲めば、発症は押さえられる...
今までこんなこと習っただろうか。知らないことが多い。今までの知識は学校でもマスコミからの情報も、患者への差別はだめだといったような抽象論ばかりのような気がした。こういう具体的なことを知らなければ(自分がなったときのことを考えたことが無ければ)、患者を実際に目の前にしたとき、いや自分が患者になったときにうろたえるのではないだろうか。
エミレーツ航空、中部−ドバイ線就航記念キャンペーン。(〜5月31日)
エミレイツ航空では中部空港乗り入れを記念して、同路線搭乗客で関東在住者には「東京〜名古屋」間の新幹線チケット(なんと回数券のバラ。笑)をもれなくプレゼントしています。旅行会社で航空券を購入する際に「新幹線のチケットも欲しい」と伝えるだけでOK。フツーはビジネスクラスなどの優良顧客だけのサービスだったりするのだが今回はエコノミーの格安航空券でもOKという太っ腹。もちろんどこの旅行会社でも大丈夫。
気になる航空券の価格だが、中近東・ヨーロッパ全域でなんと往復58000円(旅行会社の実勢販売価格)という安さ。それもGWでも値段変わらず...(さすがに既に満席になってます)。新幹線チケット20000円はするのに大丈夫なんだろうか、さすが産油国。この石油価格高騰でかなり儲けたんだろうか(謎。
この数年では滅多に無い大キャンペーンです。
この値段でロンドンでもモスクワでもパリでもマルタでも。モスクワだって設定有。ちょっと珍しい所ではイエメンやシリア、クェートといった中近東をくまなくカバー。アフリカ大陸ならエジプトやモロッコ(カサブランカ)、リビアのトリポリだって行けます(どこでもほぼ同じ価格)。
さらに素晴らしいのは名古屋発の出発時刻が23時台ということ。東京で仕事を終えてから18時台の新幹線で行けば間に合います。翌朝4時過ぎにはドバイに到着。たいていの目的地にすぐ乗継可能。
復路でドバイで途中降機も無料。あのドバイで買い物に興じるも、リゾート体験するも可能。
あー休みが欲しい...キャンペーンは5月末までです。
3月3日(土)
どてちんの披露宴に参加する。場所は荻窪に有る二人がよく行く和食の店。
二人の知人(割と知っている顔が有って面白い)が100人くらい。
ドレスコードは平服(民族衣装/仮装歓迎)でということで、何人かが民族衣装や和服などこだわりが。主役が一番張り切っていたのは当然だが(笑。そう来ましたか...
去年バリでnsm/mstの式用に買った服でも着ていけばよかった。
どてちんの俺俺ぶりが発揮されていたのだが、友達の力による盛り上げ(統一されて居なったのだが)が良かった。主役が主役だけに参加者の個性が出てた。みんな思い思いに楽しんでいた。趣味?が似ているからなのか、同窓会のようなくだけた感じ。
酒を飲みまくったのだが(本当に良く飲んだ)、乱れずに会話を楽しめて面白かった。(10年前にみんなこれだけ飲んだらかなり乱れていただろう...)
2次会の後、時間を気にしなくても良いどてちん、のりさんと、鉄人工房(どてちんの大学時代のインカレ鉄人サークル?)の2人と、交ぜてもらえて一緒に食事が出来た。分別の有る変な人達。どてちんはこんな学生時代を送ってたんだな。ちょっと良い世界を垣間見れた喜び。
さて、深夜一時。千葉までの60kmの道のりを"シティサイクル”にて帰る。
湾岸(国道357号)は夜は危険なので、遠回りだが千葉街道(国道14号)をひた走る。今回はスーツなので警官に呼び止められることも1回だけ(普段は数回ひっかかる)。都内は割と楽に両国くらいまではたどり着けるが荒川、中川、江戸川と来てペースダウン。市川2時半、西船橋3時半...稲毛のあたりで嫌になるが、東京マラソンをみんな5‾7時間も耐えたのを思うとここで負けるのは悔しい。往路は楽だったのになぁ...5時半千葉駅。吉野家で豚丼を食べて帰宅。寝る。
ちょっとは痩せたかな?
結婚式に行くのだけが趣味なんで...
どてちんの披露宴だからみんな走ってくるんじゃないかなと思ったのだが。
