麗江の休日

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空港からバスに乗って、新市街地に到着したのは夜10時を過ぎていた。途中の道は真っ暗で車窓からは何も見えなかったが、市街地に入ると、普通の中国の都市だ。雲南省まで来てもほとんど変わらない。看板をデカデカとあげた10階建てくらいのビルが並んでいる。
新市街地を1kmほど歩くと大きな水車、旧市街地「麗江古城」の入り口。すごい数の観光客。98%くらいが中国人だ。
1997年に世界遺産になってから、また中国が急激に成長した時期とも重なり、観光地と化してしまったという。

こんな時間でも通りは賑やか。建物はすべて木製、車は通行禁止。すべての建物が土産物屋か食事屋、宿泊施設。観光業100%のすごいエリア。

新市街地には「飯店」「賓館」(ホテル)がたくさん有るが、古城内の「客桟」(民宿/旅館)に泊まる。
1.2泊目は川沿いの宿、3泊目は古城中心地の四合院づくりの宿に泊まる。どちらも一部屋で80元。

世界遺産の建物とはいえ、建物内部は改造されており、きれいなシャワー、トイレ付、でベット。火事になると大変なのでストーブは禁止されているとのことで、電気毛布。不便は感じられない。中国の安っぽいビルのホテルに泊まるよりもこっちの方が明らかに良い。なぜわざわざこんな小さな宿に泊まるのかと中国人は思うのかもしれないが。日本でも30年前はこういう感覚を持った人が多かった。


夕食はこんな時間でも営業しているカフェのようなところで。納西巴巴(ナシ族のパンケーキ)6元、大理ビール5元、麗江炒飯5元。観光地価格、ちょっと値段高めか。麗江炒飯の特徴分からず。普通のチャーハン。

朝、宿を出てみると、夜とは違ったまた良い雰囲気の町並み。観光客だらけなのが気になるが、自分もその中の一人であるのだから文句は言えない。古城街は2km四方くらい有るだろうか。丘の上まで家が連なっている。もっとも、観光客を狙った“古城街風”エリアも有る...木造で同じつくりなのだが。今も新しい家が次々建てられている。
納西族(ナシ族)の服装は男よりも女の方が特徴が有る。それにナシ族は女系家系だ。男性が女性の家に婿に入る。

古城街で機織しているのは明らかに観光用でわざとらしいのでは有るが、服装は普段からこのような格好をしている。右側の写真の青い服を着ているのをよく見かける。翌日自転車で郊外に行くが、この姿で畑仕事をしているおばさんをたくさん見た。



ただ、都市部はやはり移住してきた漢民族が多い。

ナシ料理は割りと淡白な味で、日本人に向いているかもしれない。
ナシ族のもう一つの特徴は「東巴文字」(トンパ文字)(リンク先参照)。世界で現存する唯一の絵文字だ。漫画みたいで面白い。人を表す文字が良い。
宿の人が、名前をトンパ文字で書いてくれた。「圭」を表す文字が見当たらなかったようだが...確か「圭」は中国語でグイと読んだような(違ったかも)気がしたので、当て字で書いてもらう。

超漢字トンパサイト
トンパ文字ダウンロード


飛行機が一日遅れたせいで、目指す香格里拉(シャングリラ)の街には時間的に行けなくなった。
せっかくなので麗江の街を出て郊外に行くことにした。目指すは15km離れた白沙の村だ。自転車を借りた(一日15元)。

途中、東河鎮という村を通る。観光地化されており入場料を取っていたりもするが、あまり“作られた”ものは興味が無く、わざと入らなかった。普通の集落を観るだけで十分楽しい。そう言えば海外で田舎をサイクリングしたのは初めてかも。

自転車で田んぼの中の一本道を走っていたら、前方に集落が見えてきた。あれが目指す“白沙”かと思いきや、近づくと大きな建物だった。何だと思い入り口の下にあった礎石を見るとなんと[BANYAN TREE]と書いてあるではないか。こんな所に??バンヤンツリーって中国にも進出していたのか。それも看板がない。街で買った地図にも載っていない。たしかに一般中国人には無縁な施設だろう。お金を持っていても成金には面白くなさそう。

門番に「ちょっと休んでも良い?」と聞くと、日本人が自転車で来たのかと笑わってゲートを通してくれた。
すぐにスタッフが3人も飛んでくる。まぁ暇なんだろうなぁ...
カフェまで案内してくれる。暖炉も僕のためだけにマキをくべてくれる。冬は寒いのだろう。こういうリゾートはビーチしか行ったことが無いけど、タイの北部などもきっとこんな雰囲気なのだろう。

一番安い78元(1000円)の中国茶。雲南の何とか茶と説明してくれたけど忘れた。おいしい...なんでこんなに味が違うの??

絵葉書を書いて休む。

帰国後サイトで探した。公式サイトはあっさりしているが、こんな感じ。1泊500ドル(51000円くらい)だが結構混んでいるという。僕が行ったときは数組の欧米人や香港人っぽい人が散歩してただけだが。

1時間ほど休んでいる時にちょうど夕立が来た。
もう動きたくなくなったが、そうも行かない。暗くなるまでに白沙に行かなくては。

白沙の集落は静かだった。滋賀県の田舎に来たみたい。
特に何も無い普通の集落。観光客は滅多にこんな所まで来ないだろう。
家は立派。手造りだがしっかりしている。景気が良いのか建設中の家も多い。
水はきれい。大きな川は無いが、小さな流れがあちこちに有り、水の流れる勢いも早い。目の前に5000m急の山々がごろごろ有るので水には困らないだろう。雪解け水は冷たい。子供が「ニーハオニーハオ」と声をかけてくる。観光客(漢民族)は歓迎されているようだ。
白沙壁画というのが有名らしいが、どこなのかさっぱり分からず。この先に寺が有るというので、ゆっくり坂道を登っていくが結構疲れる。自転車があまり良いものではないということも有るが、ここの標高が3000m近いことが理由だと思う。少し張り切ってスピード出すだけで息が絶え絶えになる。

牛を何匹も連れたおばさん。ムチのようなものを持って、何か叫びながら牛を追い立てている。この村の女の人は青い服を着ていて、背中を紐で縛っている。

寺はどこかと訪ねると、はるか彼方の方角を指してくれるが、何も見えない。大きな山々の裾を一本の道が伸びている。あきらめて麗江に帰ることにした。暗くなったら危ない。

街に戻ってきたところで、自転車二人組を見かけたので声をかける。スイス人で昆明から10日かけて自転車で来たという。よくこんな高地を...それも上りではないか。自転車で旅をしている人を途中で見かけたかと聞くが、自分達だけだという。「熊出没注意」のステッカーが張って有ったのでそのことに触れると驚かれる。やはり中国人だと思われていた...日本は北海道を横断したとのこと。
割と良い立地にチベタンの店が有った。主に欧米人パッカーの溜まり場のようになっていた。チベット料理は...うーん、やはり日本人には微妙な味。腕が悪いのではなくこういう味なのだ。時期が時期だけにどうかと思ったが、店は非常に良い雰囲気だった。

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このページは、Keiichi.Nakanishiが2008年3月28日 00:00に書いたブログ記事です。

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