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(開平/マカオGP旅行記) 「赤坎鎮 」、「自立村」のつづき

 

開平から珠海へのバス。途中、ガソリンスタンドでの給油休憩のとき、乗客がバスを降りて煙草を吸ったところ、スタンドの従業員が「ここで吸っちゃ駄目だ」と軽く注意をしたら、乗客逆切れ。言葉分からないけど何言ってるのかよーく分かった。
この事件のせいで出発遅れる。いい加減にしてほしい。

土曜日の夜なのでホテルどこも高い。部屋の空きはどこも有るのだが...
1泊230元のまぁフツーのホテル。

夕食は偶然近くにあった「鼎泰豊」で魯肉飯定食。18元。いまいち。一人で食事するときに飲むことは日本では無いのだが安いのでビール(たしか瓶で3元)を飲む...がやはり面白くないのですぐ部屋に戻った。せっかくなので小龍湯包をお土産に。台湾で食べた時は感動したのだが...

深夜だが人通り多い。新宿に居るようだ。

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(写真)珠海に有ったたこ焼き屋。3個で3元。

マヨネーズかわさびソースを追加できる。

割とはやっていた。他の物価からすると高いように感じる。

意外とうまかった。

 


11月19日日曜日

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翌朝はマカオへ。年に一度のマカオグランプリの日だ。まさかこの日だとは日本を出るときには思いだにしていなかったのだが、ホテルの人に聞いて思わずあっと声を出して驚いた。

写真/国境は週末に越境する人で大混雑。

越境所要時間約3時間。今までで一番時間がかかった。

 

 


国境からはカジノの無料バスを乗り継いでフェリーターミナルへ。ここがスタート地点であることは知っていたので。

チケットは朝までは残っていたようだが、残念ながらSOLD OUT。

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(写真)SOLD OUT。

チケットは売り切れていたがフラッグやキャップなどの記念品は値引き販売していた。


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マカオグランプリ(Grande Prémio de Macau/澳門格蘭披治大賽車/Macau Grand Prix)は83年から毎年行われているF3レース。F1への登竜門という位置付けで初代優勝はアイルトンセナ。他にもシューマッハなどが優勝しており、将来のヒーローの卵が眠っているらしい。今回は中島一貴など日本勢のえんとりーも多く注目されている...らしいのだが前知識無く、残念ながら自分には分からない。(帰りに香港で、自動車雑誌の編集者&レースチームのアシスタント(?)と知り合うも、理解できず...すいません。)

モナコグランプリと同じで専用レースコースではなく市街地で行われる。だから観覧席のチケットが入手できなくても市内のいたる所でレース自体は見れるのだ...と思ってたがちょっと違った。走っている「車」は見れるのだが...時速300km/h(正確な数字は知らない)の車を至近距離で見てもさっぱり分からない。写真を撮ろうと携帯カメラで試みたがさっぱり写らない。唯一、車(?)が写っていたのがこれ。

フェリーターミナルとリスボアの間の公園の壁によじ登ったりいろいろ抵抗はしてみたが...観覧席(2箇所有った。実況やモニターも有る)に入らないとさっぱり訳が分からない。

とりあえずレースの時間帯は街中に車の爆音が響き渡る。コースにはほかの車や人が入ってこないようにガードが作られるのだが、急なカーブなども多い。リスボアのカーブ前で見ていたときは、自分の視界で事故を2度も見た。車はすぐにクレーンで吊り上げられコース外に出される。世界でもっとも難易度が高いコースというのは実感できて面白い。チケットさえ前もって買っていればもっと...


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レースが終わった後は、カジノは夜に残しておいて市内を散歩。香港を朝に出る飛行機で帰国するので、マカオは深夜4時ごろの高速船で出るので宿は取っていない。

八角堂。元は何だったか忘れたけど居間は小さな図書館。

 

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聖フランシスコ公園。ミリタリークラブの上に有る小さな公園。観光客が来るというより子供が砂場で遊んでいるような小さな公園だけど、アズレージョ(ポルトガル製のタイル)がきれい。静かで良い。

 


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セナド広場は日曜日の夕方ということで賑わっていた。観光客も地元の普通の人の買い物客も。

写真はドミニコ協会の前で。ジョルダーノやG2000といった香港カジュアルブランドの店が並ぶ。

 

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一歩それるとこんなに静か。

 

 

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スターバックスも街の雰囲気に溶け込んでいる。入ったこと無いけど。

(セナドの近くで休むならやっぱり義順の牛乳プリンになってしまう...)

 

 


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暗くなってきたけど歩き続ける。
写真はドンペトロ劇場を坂で上がって聖ヨセフの聖堂近くで道に迷って撮ったもの。

聖オーガスティン教会は工事中で入れず。

聖ローレンス教会は日曜日は午前中のみで入れず。


 

 

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聖ヨセフ修道院は...ここは入れるのか?一度も入れた試しが無く、今回もまた入れず...(結局どこにも入らず歩き続ける)

壁にイエズス会の紋章(写真)。今も現役だけど...日本人だとやはりザビエルや、大航海時代に世界中で布教活動をした歴史を想像してしまう。街中至る所で歴史を感じさせるマカオが好き。

 

 


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暗くなって食事場所を探して坂を下りる。繁華街に行かないとめぼしい店はなさそう。

大豪邸。たしかポルトガル領事邸だったはずだが?

 

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特別行政区政府。ポルトガル時代のをそのまま使うあたりが粋だ...満州でも日本統治時代のものをそのまま使ってたりするけど。


 


0611192101夕食はタイパ島にタクシーで渡り「ガロ」で。大勢で入ってポルトガルワインをみんなで飲むほうが楽しいし、料理もいろいろ食べれるのだが...おしゃれな店って訳ではなく素朴な店って感じなので。

 

 

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タラのリゾット(名前忘れた)などを食べる。一人でオーダーするようなものでもないようで腹一杯になる。食べきったけど...

 

帰り、半島へ戻るバスに乗ってみると何と「無料」。マカオGP開催中は市内至る所で交通制限が有るのでバスは全路線無料とのこと。知っていれば行きもタクシーではなくバスを使ったのに...


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リスボアはますます景気が良いようで、新しくタワー棟を建設中。去年キムケンの勝利祝賀会を開いた料理屋のあったブロックはすべて取り壊されていた。

 

 

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すぐ近くに新しいカジノ「wynn 永利」がオープンしていた。ラスベガス資本の巨大カジノのマカオ進出ということでなかなかおしゃれだ。金沙(Sands)のような感じ。

客はもちろん大陸からの人民がほとんどなのだが。

 

で。負けました。前回分すべて&+α持って行かれてしまいました。

最終日。香港へ向かうキムケン&あいちゃんを見送りにフェリーターミナルへ。
丸山夫妻は深夜のフェリーで帰国の途についているのでもう誰も居ない。

フェリーの時間には余裕を持って行ったのだが、中国人の団体がいて、2等船室は満員で1等席しか空いていない。乗船まで時間が有ったのでフェリーターミナルの3階に有る広東料理の店「」で最後の食事。叉焼饅などけっこう食べる。
場所柄あまり期待していなかったのだが意外と良かった。地元の人も(フェリーに用事が無くても)行くということを、後日ガイドで知った。そういや結婚披露宴らしき装飾をしていた。

二人がマカオは出国後は独りになった。セナドに有る書店で本を、郵便局で記念切手を買う
(香港とマカオは、中国の風物を描いた記念切手が有名で、コレクションも盛んだ)。

あっと言う間の4日間、大勢で旅行するのがこんなに楽しいとは思わなかった。
いつか友達を集めてまた実施したい。

 

朝は9時に集合と決めていたが僕と稲葉君はダウン。ようやく起きてホテルのカフェで食事するも、お粥は良いのだが、他は味がイマイチ(特に洋食)。
朝食は無料で付いていたのだが、次の日からはせっかくなので別の所で食べようと話がまとまる。村上さんは朝から元気に待っていた。申し訳ない...
稲葉君も準備完了。とりあえず観光に出発。ホテルの無料バスで島から脱出。港まで運んでもらい、そこからタクシーでセナド広場へ向かう。天気は心配していたが晴れている。橋の上からは海が遠くまで見渡せた。

セナド広場(=議事亭前地)は民政総署(行政府/現在も使用されている。世界遺産)に面したマカオの中心の広場。
広場には他に仁慈堂(福祉施設。これも世界遺産)が有り、タイルが敷き詰められ、石造りの建物が並ぶ明るい西洋の雰囲気のエリアだ。
国慶節(人民共和国の建国記念日)前だからか、広場は提灯などで何とも言い難い装飾がされている。これが無ければ非常に雰囲気が良いのだが...

民生総署の白い建物の中は少し涼しく静か。パティオは穏やかで陽がさしていて南欧の雰囲気。ポルトガルの詩人カモンエスの像が有る。カモンエスが「ここで地果て~」と詠んだポルトガルのロカ岬で、1年前の今頃結婚式を挙げたkyoとミキスケを中心に記念撮影。大航海時代に荒波を乗越え遠くアジアにやってきたポルトガル人が、ここで穏やかな時を過ごしたことに思いを馳せる。ガイドにもあまり載っていないこの小さな空間が僕は好きだ。

通りに面した「義順」で牛乳プリンを食べ休憩。軽食も出す小さな店なのだが牛乳プリン(と卵プリン。僕はこっちの方が好み)が美味しいと有名になった店だ。マカオにはこんな店が何店か有る。

両替をすると言って店を出たkyoが戻ってこないので、どうしたのかなと僕が店を出たところ、通りを歩いているキムケンと愛ちゃんを発見。僕達に合流しようと香港からやってきたのだが、村上さんと稲葉君の携帯電話を書いたメモを紛失し、どうしようかととりあえずセナド広場にやってきたそうだ。話が出来すぎている...
kyoもすぐに戻り、これでツアー参加者全員が合流。

広場から歩き、聖ドミニコ教会を少し覗いた後、市街地を抜けモンテの砦へ向かう(本当は違うところを目指してたのだが)。
食事を自宅で取るために昼休みに帰宅するポルトガル学校の白い制服を着た女の子達であふれている。そこを好奇心の強い参加者がみなそれぞれ自分の速さで歩いていく。
両側には土産物屋が並ぶ通りは、いつしか住宅地になる。ベランダで鳥を飼っている家が多い。坂道に10階建てくらいの建物がひしめき合う。椅子に座って眠りこけている白いランニングシャツの老人。


モンテの砦(=聖パウロ要塞)も世界遺産に登録されたばかりだ。ポルトガル時代の古い大砲が海を向いて置かれている。
オランダ軍の攻撃を撃退した大砲だ。この戦でマカオは守り抜いたが、この頃から世界の覇権はポルトガルとスペインのカトリック教国から、イギリスやオランダへ移っていく。
左手の小さな丘に、肌色の小さな教会と灯台(ギアの教会/灯台。どちらも世界遺産に登録された。現存するアジア最古の灯台)が見える。台風が近いらしいがまだ天気は良い。

小高い丘からは広い海を見渡せる...はずだったが海岸付近の急激な開発で海原は見えない。高いビルとビルの隙間に小さく海が見えた。
目指していた聖パウロ教会跡の壁が丘の下に見え、ガイドの不案内をみんなに責められながら坂を下りる。

坂の途中に小石が敷き詰められた健康促進エリア(←何と書けば良いか分からない)が有る。とがった石の上を靴を脱ぎ裸足で歩くと、足のつぼが刺激されて健康になる。足の裏の痛い場所によって体の悪い場所が分かる仕組み。そこを悲鳴を上げながら歩いている(kyoは平然としている。キムケンと丸山さんは痛がっていたかな?)と、横のベンチに座っていた日本人観光客の女の子二人と、美緒さんが歓声をあげている。中学の同級生だそうな。
何年間も日本でも会っていない昔の同級生とこのマカオで偶然再会。それも女の子の一人は初めての海外旅行だそう。信じられないが本当である。さすがマカオ。

アジア最大の規模を誇った聖ポール教会は、壁以外は本当に何も残っていない。壁面の彫刻には日本との深い関わりを
示すレリーフが多く残っているのだが、ガイドブックを持ってきていない僕達はただ眺めるだけだ。
これも当然世界遺産だ。マカオへ行くほとんどの日本人は今もほとんどが団体ツアーなのだが、
「香港・マカオ4日間」といった感じのほとんどのツアーはマカオには半日しか滞在しない。この壁を見て、簡単な昼食を食べ、カジノを1時間ほど覗いた後に香港に帰っていく。壁は確かに大きい。マカオのシンボルなのも否定しない。ただ、この壁を見ただけでマカオを後にする人が多いのが残念でならない。たぶんその人達は「マカオはギャンブルだけの町。見所も無いし半日で良いよ」と思うだろうし、ギャンブル好きでない限りもう二度とマカオには来ないだろう。

フェリーのチェックイン・イミグレを通過したところで、香港の空港に到着したkyoから稲葉君の携帯へ着信。エアポートエクスプレスで向かっているという。二人が来るまで待合室の硬い椅子でみんな1時間眠りに落ちる。船の職員が不思議そうに見ていたが、知人が来るから問題ないと言い無視して横になる。


kyoとミキスケはオゥと手をあげて到着。非常に普通なのだがそれが面白くて笑う。ここは日本ではないのだが、日常との隔離感が無いと言うか有ると言うか。稲葉君とkyo・ミキスケはたしか久しぶりの再会のはずだ。

船の中で今までの経緯を話す。みんな話すことは多いのだが眠気もあり,まったりとした感じ。台風が近づきいつもより少し波が出ている。途中2回エンジンが止まり、予定より20分程度時間がかかった。

 

マカオの港に着いたのは深夜1時すぎ。週末の夜ということで香港からのギャンブラーで混んでいるので入国審査に時間がかかるかと思ったがそうでもなかった。港のコインロッカーで一日前に預けた荷物の受取。34HK$だがコインしか使えない。そんなにコインもってるはず無いじゃないか...みんなからかき集める。

ホテルまではタクシーで。ランカイフォンの海沿いの道、マカオタワーの傍を通り南湾大橋を渡る。タクシーの中のモニターでは「マカオへようこそ」といった映像が流れている。さすがに人通りは少なく、ミキスケが興味深そうに外を見ている。
ギアの灯台の光が空の遠くを射す。ペンニャの教会はライトアップされ暗闇の中に浮かぶ。リスボアなどのネオンを眺め、寝静まったタイパ島内を暫く走るとホテルに着いた。

ホテルはHISのランクだとhyattと同じAクラス(S→A→B→C)だが、外見は大陸からの団体客が利用するようなホテル。住宅用高層マンションに囲まれているこんな所のホテルにもカジノが付いているようで、ホテル外観は真っ赤なネオンが毒々しく光っている。ホテルの向かいは競馬場。素晴らしい住環境だな...教育に良くないような気もするが反面教師として逆に良いのかもしれない。マカオではカジノディーラーは非常に人気の職業だというし。以前ガイドから聞いた話だと
銀行員、次にカジノディーラー、ホテルマンの順だそうだ。それくらいこの町には
金融機関とカジノ、ホテルが多い。

僕たちがホテルに着くとすぐ村上さんがやってきた。村上さんはここから徒歩10分くらいのハイアットに泊まっている。こんな時に携帯電話は便利だ。今回の旅ではその後も威力を発揮するのだが、vodafoneやauの最近の機種だと特に手続きなしで日本の携帯電話がそのまま使える。

村上さんはスペイン、ポーランドを旅した後にイギリスを経由してマカオにやってきた。相変わらず行動範囲が広い人だ。今回の旅行ではヨーロッパに到着した途端にロストバゲージに遭遇、身軽な(?)旅をしてきたそうで旅の話を聞く。ちなみにまだこの時点で荷物は届いていなかった。

深夜3時。ホテル近くのコンビニでビールを買い部屋で雑談。
2日前から動き続けてきたことも有り、丸山さんと僕は先に休ませてもらった。

成田空港で丸山組と待ち合わせ。
翌日朝の待ち合わせ場所を確認して別々の便で香港へ。
香港の空港からはバスで尖沙咀へ。重慶大厦で宿を探すも一軒も見つからず。1階で唯一客引きをしていたインド人に声をかけられるも700HK$とありえない金額を提示される。170じゃないのかと聞くとどっか行けと言われる。近くのミラドにも行ってみるが、時間が遅いからだろうか(24時くらいだった)、閑散としていて入口の鉄柵は半分閉まって警備員が数人暇そうにしている。

空港の観光協会の様子から見て、とてもホテルは取れそうに無く、マカオへ行って時間をつぶすことにする。翌朝までに戻ってこれるだろう...と。僕一人だけだからまともなホテルなんて予約しなくていい、安宿でいいやと思ったのが間違いだった。この夜は香港に泊まって翌日からマカオへ行く予定だったんだけどなぁ。

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