香港の最近のブログ記事

日曜日の新聞を読み返していたら、文化欄のあるコラムを見て非常に驚いた。

「ハッピー・マン」-野崎歓- (日本経済新聞10月15日朝刊40面)

自分が体験した出来事と瓜二つなのだ。
初めての海外一人旅で遭遇したワンシーンが鮮明に蘇ったのだ。


1993年の春休み。バイトで得たお金で航空券だけを買い、香港・シンガポールへ行った。ガイドブックによると、海外の都市には"ゲストハウス"という安宿が有って安く泊まれるらしい。インターネットが無かった時代、まわりに海外に行った人も居ないので情報は無かった。いや、初めて「旅」に出る田舎の高校生には情報の必要性に気づいて居なかった。旅先のトラブル、TIPSみたいのを知っていれば、これから書く事は起こらなかったかも知れない。


香港に到着したのは夜10時くらいだった。飛行機から見える夜景はすごかった。
降りた途端にむむむぅぅと肌に粘りつく熱気、出迎えの人のすごい数にいきなり僕はやられてしまい、両替をしてバスに乗るという何でもないことにも気力が要った。ただ好奇心が有ったおかげで事は運び、1時間後僕は九龍の雑踏にたどり着いていた。
なぜか安宿が入居しているこのビル周辺だけアフリカ系黒人やインド、アラブ人がたくさん居たのだが、へ〜こんな所なんだーと、特に意識せず僕はビルに入った。ビルの中は蒸し暑い。あちこちのフロアに[### HOTEL]やら[何とかGuest House],[#?&!招待所]という文字が見える。
早速目に付いた部屋に入り声をかけてみるのだが、「FULL!!」と一言言われて追いだされてしまった。何件目かにしてみつけた部屋、相部屋でよければ泊まれるという。迷わずここに泊まることに決めた。


Indian in Hongkong入った部屋の中にはターバンを巻いたインド人3人組が居た(写真)。宿なのに自分の部屋のようにくつろいでいる。ここで「生活」しているようで、怪しい祭壇のようなものまで作られている。
生まれて初めて見るインド人。非常に「濃い」。
あまりにも怪しい、この部屋の空気に少しひるんだのだが、インド人が英語を話したことも有り僕の緊張は緩んだ。実は学校以外で「英語を使った」のも生まれて初めてだったのだ。疲れていたのかもしれない。

そこでインド人はなぜか唐突に言った。君には明るい未来が有るのだと。great future...
なぜそんな話題になったのか今はもう思い出せない。
暗い小さな部屋で、祭壇のろうそくの灯が揺らめき、名も知らぬインドの神様が笑っている...

そしてインド人は何も書かれていない紙を僕に渡して言った。
君の好きな“鳥”の名前を英語で書けと。
いきなり好きな鳥の名前と言われて僕は困った。好きな鳥がまず思いつかない。
カラス、鷲、鷹...?それに英語でなんと言うのかがまた分からない。
なぜか分からないが僕は[swan]と書いた。
インド人はその紙を折りたたみ、中身を見ないでろうそくの炎で燃やしてから言った。
「君は白鳥が好きだ、当たっているだろう」。僕は素直に驚いた。

あまりにも出来すぎた話なのだが、インド人は僕に言った。
「君のこれからの人生を知りたくは無いかね。50HK$で教えてあげよう」

...今となっては恥ずかしい。僕はお金を払って僕のこれからの人生を教えてもらった。何歳で結婚するとか、何歳で病気になるとか。

僕がだまされやすい性格ということ、まだ若かったということ、
初めての海外一人旅の初めての夜にしてはあまりにも特殊な雰囲気だったということ、原因は多いのだが、僕は見事にやられてしまった。
これからの自分の未来を知ることが出来たという貴重な経験をしたのだが...(笑

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この10年前の僕の体験と同じ体験をした人が居た。
その人もその貴重な体験を、ほほえましいものとして懐かしんでいるようだった。

 

僕もその夜から「旅人」の世界に入り込んでしまった。

僕はもう旅の面白さからもう逃げることは出来ない。

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メッセージをもらったので追記。

写真でこの人達が被っているのは、ターバンの下につける帽子(?)です。ターバンは包帯をぐるぐる巻くのだと思ってたのですが、この人達がつけていたのはもう形が出来上がっていて、スポッってかぶるだけでした。その「包帯の帽子」の下につけるのが、写真に写っている帽子(?)です。

久しぶり(と言っても4ヶ月ぶり)のマカオは僕に優しかった。100HK$プラスでリスボアを出る。カジノに居たのは1時間くらいだろうか。また香港へフェリーで帰る。週末だからか行きも帰りもフェリーは結構席が埋まっていた。

地下鉄に乗り上環から、数時間前に居た尖沙咀に戻る。海岸沿いに待ち合わせのキムケンの泊まっているホテルニッコーへゆっくり歩く。小さな公園には香港の定番、太極拳をやっている老人達。

朝からややテンション高めのキムケンと愛ちゃん、○山弁護士と美緒さんと合流。時間を無駄にしたくないということで、朝8時という僕(の一人旅)では考えられない時刻に待ち合わせたのだがみんな元気だ。香港で食事と言えば...点心ということで早速歩く。ホテルのコンシェルジュに教えてもらった店はまだ閉まっていて、ガイドブックを頼りに行った店は倫敦大酒樓。現地人、大衆向けの店って感じだ。

朝から暇なおじちゃん、おばちゃんがのんびりお茶を飲んでるところで5人でがっつく。ワゴンのおばちゃんもこのテーブルにだけ必死でセールス。これを食え、あれも食えと勧めてくる。「絶対みんな歩合制に違いない」という他愛の無い会話で盛り上がる。結構食べたが一人数百円程度だったはず。こんな値段でも美味しくて満足。なかなか良い感じで旅は始まった。
 
 

食事の後は茶器、茶葉の店へ。行こうと思った店は閉まっていて、の店へ。ガイドに載っているようで日本人客が数組居た。大幅割引提案、キムケンの良く分からん強引な値引き。店員も慣れたもんで、他の客に聞こえないように値引き交渉、ちょっと値引きをしてもらう(僕は買っていないのだが)。かわいい茶器で何種類か試飲さしてもらう。日本で誰かの家で中国茶パーティも開いたら面白そう。

HISでkyoのベトナム行の航空券を受取った後、ペニンシュラホテルのアーケードを抜け、スターフェリー乗り場へ。九龍から香港島までたった2HK$(30円くらいか)で15分くらいの優雅な船旅。キムケンの勧めで2階のファーストクラスに乗る。台風が近づいていて波があり、船はゆっくり揺れながら進む。

船降り場で生ジュースの味比べ。僕の買ったグアバ&バナナが一番何とも言えないという評価を得た。中環のファーストフード店で昼食。定食で600円くらい。ちと高め。水ではなく白湯が出たのが日本と違っていて新鮮。

キムケン・愛ちゃんと別れ、○山さん・美緒さんと、稲葉君の待つ香港ディズニーランドへ。HDLへ行く地下鉄は開通したばかり。窓の形などもミッキーで、気分を盛り上げてくれる。「車内での飲食は罰金5000HK$(約80000円)」に驚く。高くない?

HDLは空いていた。予約までしていったのだが意味は無かった。老若男女とも、平日に休みの取れる優雅な生活をしている人は少ないのかもしれない。噂どおり園内の面積は広くない。一日有れば全てのアトラクションに乗ることも出来るだろう。
絶叫系(?)アトラクションはスペースマウンテン(太空山)くらいだろうか。これは東京と比べるとどことなく安物っぽい。待ち時間は5分程度か。混雑が無いのは良い。乗っている時に写真を撮られるのだが、出口に有るその写真販売コーナーで中国人が写真を買わずに、携帯電話のカメラで見本の写真を撮影していたのが面白かった。全員がやっているので従業員も止められない。自分が写った写真を撮影している中国人を稲葉君が撮影していた。

成田空港で丸山組と待ち合わせ。
翌日朝の待ち合わせ場所を確認して別々の便で香港へ。
香港の空港からはバスで尖沙咀へ。重慶大厦で宿を探すも一軒も見つからず。1階で唯一客引きをしていたインド人に声をかけられるも700HK$とありえない金額を提示される。170じゃないのかと聞くとどっか行けと言われる。近くのミラドにも行ってみるが、時間が遅いからだろうか(24時くらいだった)、閑散としていて入口の鉄柵は半分閉まって警備員が数人暇そうにしている。

空港の観光協会の様子から見て、とてもホテルは取れそうに無く、マカオへ行って時間をつぶすことにする。翌朝までに戻ってこれるだろう...と。僕一人だけだからまともなホテルなんて予約しなくていい、安宿でいいやと思ったのが間違いだった。この夜は香港に泊まって翌日からマカオへ行く予定だったんだけどなぁ。

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