9-日本の最近のブログ記事
2月24日(土)
S氏と白骨温泉へ向かう。あずさのチケットが有ったので。
湯河原ハイクの企画の方が女の子も居て華やかそうだが、先約の方をとることにした。
松本で車を借りて、乗鞍方面に向かう。
2月というのに松本市内、島々を過ぎても全く雪は積もっていない。
前にそびえる山には多少雲がかかっていて期待するも、結局友紀はずっと降らなかった。沢渡を過ぎたあたりで道端に多少雪は残っている程度。乗鞍高原から先のスーパー林道に入ったあたりから雪山らしくなった。白骨温泉には予定よりかなり早く到着。
巨大露天風呂で有名な「泡の湯」に入る。値段は高い(1000円)がさすが有名なだけの事はある。人で賑わっているが秘湯の名に負けず、ぬるま湯好きの自分としては、人に薦められる。
(2年前、白骨温泉で入浴剤騒ぎは有ったが、どこの旅館だろうか)
宿は乗鞍高原の民宿「湖藤荘」。特にすることも無いので3時ごろ宿に入るが、
民宿の風呂に入っていると時間はあっという間に過ぎていった。
シーズンの土曜日なのに...この日の客は自分たちだけ。
個人経営の民宿なのに、離れに露天風呂も有って非常に満足できた。
泉質は白骨と同じだろう。白濁硫黄。(貸切露天/2食付7600円/素泊5200円)
白骨と乗鞍合わせてどうやら4時間程度、温泉に入っていたらしい。
シャツに温泉の香り(硫黄臭?)が移ったかと思えるくらい。
帰ってからこれがちょっと問題を起こすことになるのだが...
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水曜日秋葉原でS氏と飲んだ後、夜行列車「北陸」(写真1)で富山へ。生まれて初めて日本で特急の寝台車それも個室に乗る。夜行特急の座席車や、急行の寝台車、海外で寝台車を利用したことは有るが 国内の特急の寝台車を利用したことはなかった。 |
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上野駅の夜行列車待合所 上野駅の特急ホームから乗車。平日の夜で人影まばらで静か。 |
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個室といっても一人用の寝るだけの空間だが、自分だけの空間になっているのは良い。 好きな時間に消灯できるし、 検札&挨拶に来た車掌からこの列車のオレンジカードを購入した。 |
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富山駅早朝着。店も開いておらずすることも無く、黒部に向かう。富山はアルバイトでしばらく滞在したことがある。 JR黒部から少し歩いて富山地方鉄道(地鉄と呼ばれている)の黒部駅へ。歴史を感じさせる小さな駅舎。そこから宇奈月温泉へ向かう。 |
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朝食は富山駅で購入した「ますの寿司」。 ます以外にも甘エビやぶりの笹で巻いた押寿司が売られていた。 東京でも売れると思う。130円くらいで食べれるので良い。 |
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宇奈月温泉からは黒部渓谷鉄道のトロッコ列車。 ツアーでやってきた高齢者で混んでいる。地鉄はがらがらだったのになぜと思ったが、みな宇奈月までは観光バスで来るようだ。 |
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宇奈月を出てすぐに、深い山間の谷を走る。 窓の無い一番安い車両にしたのだが、吹きっ晒しでは朝の寒さできつい。 切立った崖っぷち、高い橋、トンネルなど車窓は非常に楽しめる。 この列車の営業は4〜11月だけなのだが、積雪で閉鎖された後も、ダムで働く人のために人力で物資の輸送は行われるそうで、険しい地形(積雪は5m以上になるそう)で過酷な条件で働く人を感心する。 終点の欅谷まで列車で50分、下車後徒歩20分の名剣温泉に入る。秘湯の会に入っている、谷を見下ろす場所に有る小さな温泉。 欅谷から立山方面に坑道を登っていけばあの黒部第四ダムへ行ける。紅白で中島みゆきがうたったトンネルだ。 |
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再び欅谷から列車で山を下る。帰路は黒薙で途中下車。山間に立つ小さな小さな駅。降りたのは自分一人だけで列車に乗っている人たち(ほとんどは団体ツアー)からあからさまな好奇の目を受ける。 駅の目の前の山道を徒歩15分で黒薙温泉。河原にある温泉。数人の客が居る。山道を来なければ来れないからか みな若い(20-30代)。団体は居ないで静かな雰囲気。 河原に有る大きな露天風呂はさすがに入りにくい。みな見学するだけ。内湯に入った。 |
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黒薙駅から宇奈月に戻る列車を待っている時に駅員と話す。こんな駅にも駅員は居る。50くらいのおじさん。冬になる前に、鉄橋の上のレールなどは撤去することなどを聞く。毎年撤去して春になると敷設するそうだ。そうしないと雪の重みに耐えられないそうだ。 宇奈月駅前の関西電力が運営する博物館(黒部川電気記念館)で記録ビデオをみたりして過ごす。ここも団体客は全く居ない。団体はみな列車で終着まで行って、少し散歩してただ折り返すだけのようだ。 |
| 魚津でやっとみつけたネットカフェでメールチェック。 仕事のほうが心配なので日帰りで帰ることにする。 夕方の特急&新幹線で帰宅。魚津から東京まではたった3時間だった。 |
今回の五島/平戸旅行はポイント高い。“離島”に限らず、島への旅は楽しい。ただ離島というのは読んで字のごとく馴染み薄いもののようで、情報も少ない。
で、情報の共有、離島への観光や移住を促進、過疎の対策になるのではないかと思い、新しいサイト(の枠組みをとりあえず)を創ってみた。
ネットでの辞書として「ウィキペディア」が有名だ。閲覧者も誰でも書き込めるタイプのデータベースという感じのサイト。調べ物をしたりする時に検索するとたまにでてきたりする。ウィキペディアのように情報を持つ人が書き足していけるようなサイトにしようと思って設定した。島の情報誌としてはシマダスが非常に優れているのだが、その情報はネットでは公開されていない。
自分でサイト全部を作るのは物理的に無理だし、人を雇うのも無理(これで収入が見込めるのなら考えるが、まず最初は無理そうだし)なので、wikiタイプにしてみた。いたずらでの書込や削除を防ぐために、編集するには登録が必要にした。ライブドアの無料IDを持っていれば書込みできます(yahooや楽天ではまだwikiが使用できないのでライブドアにした)。
まぁたぶん僕だけが細々と書いていくことになるのだろうが、気が向いた方、ぜひいったことのある島の情報を書いてください。写真などファイルを添付することも出来ます。
今回の五島/平戸旅行はポイント高い。“離島”に限らず、島への旅は楽しい。ただ離島というのは読んで字のごとく馴染み薄いもののようで、情報も少ない。
で、情報の共有、離島への観光や移住を促進、過疎の対策になるのではないかと思い、新しいサイト(の枠組みをとりあえず)を創ってみた。
ネットでの辞書として「ウィキペディア」が有名だ。閲覧者も誰でも書き込めるタイプのデータベースという感じのサイト。調べ物をしたりする時に検索するとたまにでてきたりする。ウィキペディアのように情報を持つ人が書き足していけるようなサイトにしようと思って設定した。島の情報誌としてはシマダスが非常に優れているのだが、その情報はネットでは公開されていない。
自分でサイト全部を作るのは物理的に無理だし、人を雇うのも無理(これで収入が見込めるのなら考えるが、まず最初は無理そうだし)なので、wikiタイプにしてみた。いたずらでの書込や削除を防ぐために、編集するには登録が必要にした。ライブドアの無料IDを持っていれば書込みできます(yahooや楽天ではまだwikiが使用できないのでライブドアにした)。
まぁたぶん僕だけが細々と書いていくことになるのだろうが、気が向いた方、ぜひいったことのある島の情報を書いてください。写真などファイルを添付することも出来ます。
その後バスで大沢温泉へ。ここは集落が有る。鉛温泉よりは規模が大きい。ここは一時入浴は「自炊部」の入口から入る。「旅館部」へは旅館宿泊客しか入れない。ここも自炊部はなかなかすごい建物...で面白い。大正、昭和初期のいかにもな湯治場。
散歩の後、バスで宿泊地の台温泉へ移動。到着は6時過ぎ。台温泉は旅館10軒程度の、虫の音だけが聞こえる静かな温泉街。夏は蛍が飛び交うという。
松田駅を10時半出発。246号沿いに東へ。
最初は歩道が付いていて快調だが、山北を過ぎたあたりで歩道がなくなり路側帯を進む...ここで事件が発生。
大きな高架を渡ったところでトンネルが有った。片側だけに一段高いが幅の狭い歩道が有るのだが少し怖い。迂回路も見当たらず、不安ながらもトンネルを進む。トンネルは600mくらいは有っただろうか、トンネルを抜けた所で大きな橋。高さ数十m、長さは500mほどありこの橋を渡ることがどうしても出来ない。壁も有るので転落をすることは無いのだが、車の交通量は多いのに路側帯の幅が狭すぎる。車を運転している人は、自転車や歩行者は居ないと思って運転していてみなすごいスピードを出している。あきらめて今まで走って来たトンネルを振り返ると、とても戻る気になれない暗闇。
ここで自分の間違いに気付く。とりあえず道の横の、トンネルと橋との間の一坪くらいの小さなスペースに移動。携帯で助けを求める。どこに電話をすれば良いのか分からなかったので、まずはJAFに電話。会員であることと事情を説明してトラックか何かでピックアップしてもらおうかと考えたのだが、オペレーターは初めての相談に悩み上司の判断を仰ぐ。折り返し電話をしてもらったがここの業務では無いということで断られ警察に電話をするように薦められる。110番は何故か思いつかなかったのだが、それもそうかと思い警察に来てもらうことにした。110番は横浜市のセンターにつながり、電話後40分後ようやく松田警察署からパトカーがやってきた。
警察官に「すいません、気付かずに自動車専用道に入ってしまって...」と謝るが、「ここはバイパスだが自動車専用ではない。自転車が走ってもかまわない」と答えられる。でもこの道沿いに建物は一軒も無く、普通は自動車以外入ってこない、橋の前に旧道との分岐点が有り、自転車などは旧道の方にまわるとのことを教えられた。ここから「パトカーに先導」ではなく、「パトカーを先導」して次の旧道の分岐点まで走る。後続車に追突されないように、僕がパトカーの前を走った。
JR駅近くで警察官と別れる。住所や職業などかなり詳しいことまで記録をとられる。 110番の場合は記録を残さねばならないらしい。警察のデータベースでは僕の訳の分からん記録が蓄積されていることだろう...
ここからは246号の旧道を走るが、町からは町へ行くように警察官に教えてもらう。この道の方が集落を結んでいて、距離は長くなるかもしれないが走り易いとのことだった。
このあたりから富士山はよく見えるようになる。眺めの良い所でおにぎりを食べたりして進む。“事件”のせいでかなり時間は喰っているのだが、登坂も多いしあきらめる。
小山は落ち着いた古い町並み。道を尋ねたお婆さんに道路が凍結しているからと注意するように言われる。


















