4-中東欧の最近のブログ記事


1960年代のチェコのプラハに有るソビエト学校、日本共産党の幹部子弟として、幼少時代を過ごした筆者の体験を元にした小説。
その学校に居た強烈なインパクトを放つ二人の老教師、政治が絡む複雑な環境で育つ生徒達。
ソビエト崩壊後に明らかになった、周囲に居た人々の複雑な過去。真実を知ろうと筆者が追う。

暗い話のはずだが、明るく振舞う、個を押し殺して生きる登場人物達の描写が良い。 最後の最後のページで大きなどんでん返しが有る。

筆者(米原万里)が書いたエッセー「旅行者の朝食」を買ったのはほぼ1ヶ月前。軽いノリで書かれたその本を読んでいる時に、筆者が亡くなった。新聞の訃報欄で知った時には驚いた。筆者の代表作の一つ(「オリガ〜」)を買ったのはそんな時。
歴史が大きく動いている時代を生きた人の書いた本は面白い。
200603map車でのユーラシア横断の際に立ち寄ったロシアのシマノフスクへ、この週末行った。

シマノフスク(Шимановск)はアムール州西部、シベリアの入口というべき町で人口2万人程度。産業は...なんだろう。鉄道の駅が最も就業人数が多いと思われる。要するにシベリアへの鉄道輸送物資の集坦地、めぼしい物は何も無い小さな町だ。 ただ、ここより先は1300km先のチタ(Чита)までまともな町は無い。重要な町なのだ。

来年の夏の有る計画(未定/僕は参加しないのだが)の計画、下見の為にこの町へ赴いた。立ち消えになった「世界で一番寒い所へ行こう」企画の為に取得したロシアビザがもったいないからというのも理由の一つ(ビザの有効期限は3月25日だった)。

1年半ぶりに行く町で、僕のことを覚えててくれているのか楽しみでは有ったが、治安状況が分からない、情報が全く無いところへ行く不安も大きかった。
そんな所へ行く日本人も居ないし、ガイドブックは無い。3月はシベリアではまだ「冬」だろうし、日照時間も短い。そもそも自由に行動できるのだろうか、心配事は尽きない。
ただ、僕は行ったことが有る。宿泊施設が少なくとも1件有る事を知っている(冬季閉鎖されてるかもしれないが)。

それだけの自信で旅に出た。今回はもちろん車ではなく、航空機と鉄道でだが。

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で、結果だが、たどり着くことは出来た。計画していたよりも安く。
シマノフスクの人たちも覚えていたし、この珍しい訪問者をみんな歓迎してくれた。

中ソ国境、それも満州里などの幹線ではない箇所を、鉄道ではなく陸路で越境した外国人は少ないはずで貴重な体験が出来たと思う。シベリア鉄道のローカル列車に乗れたのも良かった。


ロシアへの観光ビザを取得するには、ロシア内でのホテル、交通手段をすべて予め予約し代金を支払わなければならない。今回のような経路の乗車券を日本で購入することは出来ないし、大都市でもないシベリアの小さな町の宿を日本から予約することは不可能だ。つまり、正攻法では無理なのだ。ロシア連邦政府にコネをつくり、大金を使えば別だが。黒河にはロシア領事館は無い。北京に大使館は有るがビザを取得するには日数が必要なので予め日本で取得しておいた方が良い。

週末を利用した短い期間(5日)の割には、濃い時間をすごせた。中国東北部へいくのも初めて。この地域はまだまだ見てみたい箇所が多いので、また近いうちに行くことが有るだろう。



シマノフスクから


 
左/大祖国戦争(第二次世界大戦)の記念碑。どこの町にもある。
右/シベリアでよく見かける木造の家。この家は大きくて立派な方。


 
シマノフスク駅構内の引込線。駅の敷地はかなり広い。


 

左/駅舎はかわいい。
右/駅前。おばさんが自分の家でつくったものを売っている。


  
左/市内を走るバス
右/ホームに有った銅像。まさかスターリン?レーニンの若い時?
 
左/力強い電機機関車
右/客車はどうしてこんな色ばかりなんだろう。






 

シマノフスカヤ駅に到着したのは23時を過ぎていた。前回に来た時は車で来たのだが、今回は駅を出てからの交通手段が無い可能性が強いので心配だった。
ホテルまでの道は、2年前に車で駆け抜けただけなのでうろ覚え。地図も無い。
深夜で真っ暗、シベリアの片田舎、マフィアとまでいかなくても強盗でもいたらどう
しようかと不安は尽きない。

シマノフスカヤで列車を降りたのは10人くらいだった。駅のホームは小さな外灯が点いているだけだったが、何も見えず手探りというわけではなかった。一応、シベリア本線の駅だ...。でも駅の規模を例えると、千葉県だと東千葉駅、滋賀県だと安土駅といった感じか(筆者は滋賀県出身で千葉在住)。決して大きい駅ではない。

一緒に降りた人の後をつけて駅舎の外に出ると、列車の客を迎えに来たのであろう乗用車が数台止まっていた。みな次々と車に乗り込んで行く。ここで取り残されると恐らく路頭に迷うことになる。凍死しかねない。
意を決してその中の一台に声をかけると、運転手は「分かった、分かった、早く乗れ」と言う。運転手の他には助手席にもう一人男。ちょっと怖い...
車は僕の覚えていた道とは違う道を進んで行き、1kmほど走ってその男を下ろした。男は50ルーブルを払っている。
もしや?と淡い期待の通り、この車はタクシーだったのだ。そこからホテルまではすぐだった。同じように50ルーブルを渡すと男は言った。「スパシーバ」。あまりにもスムーズに事が運んだことに喜んだ。


ホテルのドアは閉まっていたのだが、木の扉を開け呼び鈴を鳴らすと、中から閂を外してくれた。女の人が出て来る。泊まりたい旨を伝えると、フロントで宿帳を出してきた。宿帳に書く前に部屋を見せて、この部屋でも良いか尋ねられる。前回と同じ部屋だ。
ソファーだけしかない、トイレは共同の6畳くらいのシングルルーム。
900ルーブル(値段も変わっていない。相変わらず高いのだが、フロントに料金は掲示されている)。

(写真)ホテル外観/翌朝に撮影

名前を書いたところで、前回の写真をみせた。なぜこの写真を持っているのか聞かれる。話を聞きつけ中から出てきた人が「おぉー」と声を上げる。この人の顔は僕も覚えていた。
次々と人が出てくる。去年の宿帳からオバサンが僕の記録を探している。
握手を求められる。僕が写真を出すたびにみんな喜んでいろいろ聞いてくる。

 
人に囲まれ、次々と話しかけられながら、紅茶と牛肉炒めという不思議な夜食(こんなので180ルーブル。高い)を食べる。持ってきた焼酎を勧めると、ウォッカが出てきて、いつの間にかいつもの光景が...
今回はロシア語の会話集が有る。前回のような緊張感は無く、心地良い時間が過ごせた。

 
眠ったのは夜2時ごろ。途中、警官の見回りも来た。
今回有ることに気付いた。アルコールは勧めると男は飲むのだが、最初の一杯まではわりと遠慮している。ウォッカを一杯口にすると、そこからは早いのだが...
ソ連崩壊後、飲酒により死亡率が大幅に上がったこともあって、「飲酒は悪」という意識が浸透しているようだ。
女の人は全く飲もうとしない。男達が酒を飲み始めると女の人達は帰りだした。
禁酒の傾向が有るのは喜ばしいことでは有るのだが、ロシア人のイメージが変わってしまうことを意味するので少し寂しい。
日本人の禁煙傾向と同じ様な感じ。まわりでも同年代ではタバコを吸う人はほとんど居ないなあ。僕はタバコを吸わないし、酒も無くても苦ではないのだが。


部屋の中は暖かい。安心して眠れた。



 左/可愛い駅舎。
ブラゴベチェンスク〜シマノフスク178ルーブル。日本円で1000円弱。
乗車距離、この国の物価から考えても安いのではないだろうか。

 
ブラゴベチェンスク18時3分発393号は定刻に出発。
シベリア鉄道の普通列車に乗車する外国人は珍しいだろう。普通は外国人は入国前に手配しなくてはならないのだが、こんな列車の切符は海外では入手困難というか情報が無いはずだから。

車両は中国の硬臥(日本のB寝台)といった感じ。一両に一つのドアで、一両ごとに一人車掌が居る。乗車する際に切符とパスポートのチェックを受ける。
 
始発駅なので出発のかなり前から列車は止まっていたようだ。出発の30分前頃にホームへ行き、列車の写真を撮ろうとぶらぶら歩いていたのだが警察に職務質問される。パスポート、ビザと切符を見せ、何点か聞かれる。
前回の旅行の際のようにワイロを要求したりする悪徳警官ではなかった。
 

写真)SLが展示してあった。日本より線路幅は広く、車体も大きい。
 
列車の中は暖かく、シャツだけになっても問題ない。
次の駅はどこといったアナウンスは全く無いのだが、車内放送でラジオのFMがかかっている。前回の旅行の時にもかかってた「アフターレイディオ」じゃないか!うれしい。
音量は調節できるのだが、周りから聞こえるのでどうしようもない。日本人は嫌がる人も居るかも。僕は気にならないのだが。
 
 
座席は指定されておらず。乗車率7割くらい。
ベットを下ろしたら3段ベットになるが、時間柄眠っている人は少ない。
珍しく話しかけられることも無く、6時間。景色を見たりメモをつけたりして過ごした。もしかしたら外国人だということが、車掌以外にはばれてないのかもしれない。
車掌には切符を預けてある。下車前には声をかけてくれる。
旧共産国にはよく有る、便利な制度だ。
 
急行ではないので、ワゴン販売などは無い。停車時間の長い駅でホームの物売りから買えということだろう。
ドアにはこの列車の時刻表が有ったので停車時間の長い駅は分かる。ドアに貼り付けてあるということはこの393(&復路の394)号以外には、この車両は使われないようだ。ベロゴルスクとスボボロヌイでそれぞれ40分程度も停車。外は真っ暗でホームには物売りは居ないようだった。
 
シマノフスクへは現地時刻で23時すぎに到着。
こんな所に深夜に到着は危険だと思っていたのだが、時間がないので仕方ない。
“入国”後、建物を出たらそこはロシア。当たり前だが。
でも普通、飛行機などで入国した場合とどこか様子が違う。
いきなり町のど真ん中に放り出されたというか...
 
ここは普通の住宅地。目の前に貨物の引込み線はあるが...
駅が有るわけではない。
 
とりあえずルーブル(ロシアの通貨)を全く持っていないので、両替しようと思ったが、銀行も両替所も無い。暇そうなロシア人(忙しそうにしている。何かを待っているようにも見える)は道端に座っているが、客引きは全く居ない。
東南アジアの国境を越えた時や、空港から外に出たところでは、タクシーやホテル、両替の客引きが居るものなんだが。
 

国境の建物(こういう場合、この建物のことを何と呼んだら良いのであろうか)へもう一度入り、KACCA(英語のCashierか?)と書かれている窓口が有ったので、人民元の札を見せて「ルーブリャ!」と言ってみた。
中のオバサンは意味を理解してくれたが、「ここは違う、あそこのオヤジに言ってみろ」という内容のことをジェスチャーで言ったのだった。
(ちなみにこの窓口は、ロシア出国税の支払所だということを後日中国に戻る際に知る)
 
教えてくれた男(本当に普通のそこらに居るような感じの男)が、両替屋(闇だが)なのであった。
 
(激写)この男が両替商だ。
 
1000元=3000ルーブル。たぶんぼられているのだが相場が全く分からず、他手段が無いので両替。
「change money!」という、ほとんど万国共通と思われる英語も通じなかった。ロシア語では両替を「アブミニャーチ」と言うらしい。
 
ルーブルも手にいれ歩き出してすぐ、タクシーを見つける。
駅まで150ルーブル。メーターが無いので交渉で。全く英語が通じないのだが運転手は「イーバイウー」と言った。中国語で数えることだけは出来るようだ。さすが国境の町。
 
駅舎は小さく、日本の地方私鉄の終着駅といった感じの駅だった。窓口も3つだけ。ただ、オンライン化されてはいて発券はスムーズ。
特急なんかではない普通の列車の切符なのだが、購入にはパスポートが必要。
切符には名前が入る。外国人だけではなく、ロシア人もパスポートや証明書を出している。
ソ連時代の移動制限していた頃の名残が残っている(もしかして今も制限されている?)。
 
時刻表を見るとこの駅出発の旅客列車は1日6本?
普通列車といってもひとつの駅間距離は30〜50kmは有るのでどれも長距離列車だ。
モスクワ行の急行も有ってなかなか面白い。モスクワまでは5泊程度だろうか。
 
列車の運転時刻はすべてモスクワ時刻だ。
国内でも時差が何種類も有る広大な国土を運行するためには仕方が無い。
駅舎の時計はモスクワ時刻だけ。現地時間との時差は6時間のはずだが...
 
駅前のおばさんからピロシキ(5ルーブル)を買って、待つこと1時間半。
念願のシベリア鉄道に乗り込んだ。
申請していたロシアビザがおりたのでロシア大使館まで受取にいく。
肝心の旅行計画は無くなってしまったのだが...
 
ロシア大使館の領事部の受付時間は12時半まで。
日本の感覚だと12時半までに入館したら受け付けてくれると取れるのだが、ここは「受付が12時半まで」。12時半になると職員は仕事を終える。たとえ客が居ても。
番号札(銀行などにあるのと同じタイプ)を取って自分の番号が呼ばれるまで待合室で待つのだが、12時半までに番号を呼ばれないと駄目なのだ。
たとえ番号札を引いていても、12時半に自分の番が来ないと無駄なのだ。翌日以降にまた来なくてはいけない。
で、その待ち時間が非常に長い。2時間くらい。去年はすることも無くでもハラハラして待ち続けたのだった。。
ちなみに申請と受取の最低2回来なくてはならない(郵送はしてくれない)。去年の旅行の際は書類不備ということで3回通ったのだった。
旅行前からロシアの制度に慣れたのは良かったのかもしれないが...
(独特の雰囲気と言えば、大使館のまわりの警察や監視カメラも気になる。さすが...)
 
今回は準備万端、待ち時間に食べる朝食も本も持ち、受付開始時刻に来たのだが、意外なことに空いていた。
待ち時間は20分くらい。この季節にロシアに行く人は少ないようだ。
 
 
さて、このビザどうしよう。捨てるのは勿体ないからどこか行こうかな。
でも週末の2日や3日で行けるロシアって...
 
 
p.s.でも大使館員は真面目そうな人が多いです。

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