ロシアの最近のブログ記事
Nちゃんが働いていたNPOの「グルジア報告会」に行ったのは3年ほど前。
20人ほどの人が来た小さなパーティだったのだが駐日大使館からも人が来ていて、グルジアワインなどを飲みながら歓談し、まだ行った事の無いグルジアが身近に感じられた。見所も多いのに、交通の便が悪く感じられることも有り(実際はトルコ経由などで意外と便利)、日本から観光で行く人はまだ少ないが、行ってみたい国の一つだ。
そのグルジアで、ロシアとの対立が深まっているという。
隣接する(グルジアの元領土という見方も出来る)、アブハジア自治共和国(ロシア連邦内の自治共和国)の領土をめぐり、ロシアとグルジアが対立しているという。10年ほど前の独立紛争で10万人もの被害者を出しているとのことで、その再燃が怖い(大相撲力士の「黒海」はそのアブハジア難民とのこと)。
戦争は旅行の最大の敵、動向を注目している。
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チベットもだけどソマリアやスーダン、オセチアなど、大きな紛争なのに注目されないところは多い。紛争が無ければ行ってみたい所ってなぜかそういう地域が多いような気がするのはなぜだろう.....文化が混じり合うからか?
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注 / こんなこと書いたけどロシア、グルジアとも国内は平穏です。チェチェンやアブハジア、オセチア以外は、旅行に支障は無いです。またロシアのイメージが悪くなってしまうなぁ...グルジアも良い所なのに...
GWまで1週間を割って、どこか海外に行きたいなぁと思い飛行機の空席を探す。今年は連休も長く、混み合っているかなぁと思ったが、日をずらせばまだまだ有った。
ヨーロッパでも、CAやMUで北京経由、SUでモスクワ経由ならなんとかなる。価格も7万円(+チャージ)程度から。特に日本〜中国線はビジネス需要がなくなるからかいろんな路線で空席が見当たる。キャンセルが出てくる出発の10日前からが狙い目。あのEKですら5月1日出国、7日帰国で空席有ります(4月25日現在)。
...結局、GWに海外は行かないことにしたのだが。
ヨーロッパの田舎をドライブなんて良いなぁ...と、いろいろ検索してたときに見つけたyoutube動画。...ドライブする気が萎えてしまった。
Tunnel In Russia
ロシアのトンネルの監視映像。みんなウォッカ飲んでるのだろうか。動画中盤のバスの映像がすごい(あれで事故にならないのが)。こんな路線バス乗りたくない。あの旅ではロシアでトンネルは一回も入らなかった。
Как америкосы ездят по Ираку
タイトルはたぶん「アメリカはイラクでどうしているか」。強気でどんどん追い払っていきます。渋滞でどうしようもなくなれば反対車線へ...
ちなみに今までで運転した国で一番運転が怖かったのは、細い道でもスピードを出すポーランド。
中国は急速にマナーが良くなってきているような気がする。まだまだだけど。
1960年代のチェコのプラハに有るソビエト学校、日本共産党の幹部子弟として、幼少時代を過ごした筆者の体験を元にした小説。
その学校に居た強烈なインパクトを放つ二人の老教師、政治が絡む複雑な環境で育つ生徒達。
ソビエト崩壊後に明らかになった、周囲に居た人々の複雑な過去。真実を知ろうと筆者が追う。
暗い話のはずだが、明るく振舞う、個を押し殺して生きる登場人物達の描写が良い。 最後の最後のページで大きなどんでん返しが有る。
シマノフスク(Шимановск)はアムール州西部、シベリアの入口というべき町で人口2万人程度。産業は...なんだろう。鉄道の駅が最も就業人数が多いと思われる。要するにシベリアへの鉄道輸送物資の集坦地、めぼしい物は何も無い小さな町だ。 ただ、ここより先は1300km先のチタ(Чита)までまともな町は無い。重要な町なのだ。
来年の夏の有る計画(未定/僕は参加しないのだが)の計画、下見の為にこの町へ赴いた。立ち消えになった「世界で一番寒い所へ行こう」企画の為に取得したロシアビザがもったいないからというのも理由の一つ(ビザの有効期限は3月25日だった)。
1年半ぶりに行く町で、僕のことを覚えててくれているのか楽しみでは有ったが、治安状況が分からない、情報が全く無いところへ行く不安も大きかった。
そんな所へ行く日本人も居ないし、ガイドブックは無い。3月はシベリアではまだ「冬」だろうし、日照時間も短い。そもそも自由に行動できるのだろうか、心配事は尽きない。
ただ、僕は行ったことが有る。宿泊施設が少なくとも1件有る事を知っている(冬季閉鎖されてるかもしれないが)。
それだけの自信で旅に出た。今回はもちろん車ではなく、航空機と鉄道でだが。
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で、結果だが、たどり着くことは出来た。計画していたよりも安く。
シマノフスクの人たちも覚えていたし、この珍しい訪問者をみんな歓迎してくれた。
中ソ国境、それも満州里などの幹線ではない箇所を、鉄道ではなく陸路で越境した外国人は少ないはずで貴重な体験が出来たと思う。シベリア鉄道のローカル列車に乗れたのも良かった。
ロシアへの観光ビザを取得するには、ロシア内でのホテル、交通手段をすべて予め予約し代金を支払わなければならない。今回のような経路の乗車券を日本で購入することは出来ないし、大都市でもないシベリアの小さな町の宿を日本から予約することは不可能だ。つまり、正攻法では無理なのだ。ロシア連邦政府にコネをつくり、大金を使えば別だが。黒河にはロシア領事館は無い。北京に大使館は有るがビザを取得するには日数が必要なので予め日本で取得しておいた方が良い。
週末を利用した短い期間(5日)の割には、濃い時間をすごせた。中国東北部へいくのも初めて。この地域はまだまだ見てみたい箇所が多いので、また近いうちに行くことが有るだろう。
シマノフスカヤ駅に到着したのは23時を過ぎていた。前回に来た時は車で来たのだが、今回は駅を出てからの交通手段が無い可能性が強いので心配だった。
ホテルまでの道は、2年前に車で駆け抜けただけなのでうろ覚え。地図も無い。
深夜で真っ暗、シベリアの片田舎、マフィアとまでいかなくても強盗でもいたらどう
しようかと不安は尽きない。
シマノフスカヤで列車を降りたのは10人くらいだった。駅のホームは小さな外灯が点いているだけだったが、何も見えず手探りというわけではなかった。一応、シベリア本線の駅だ...。でも駅の規模を例えると、千葉県だと東千葉駅、滋賀県だと安土駅といった感じか(筆者は滋賀県出身で千葉在住)。決して大きい駅ではない。
一緒に降りた人の後をつけて駅舎の外に出ると、列車の客を迎えに来たのであろう乗用車が数台止まっていた。みな次々と車に乗り込んで行く。ここで取り残されると恐らく路頭に迷うことになる。凍死しかねない。
意を決してその中の一台に声をかけると、運転手は「分かった、分かった、早く乗れ」と言う。運転手の他には助手席にもう一人男。ちょっと怖い...
車は僕の覚えていた道とは違う道を進んで行き、1kmほど走ってその男を下ろした。男は50ルーブルを払っている。
もしや?と淡い期待の通り、この車はタクシーだったのだ。そこからホテルまではすぐだった。同じように50ルーブルを渡すと男は言った。「スパシーバ」。あまりにもスムーズに事が運んだことに喜んだ。
ホテルのドアは閉まっていたのだが、木の扉を開け呼び鈴を鳴らすと、中から閂を外してくれた。女の人が出て来る。泊まりたい旨を伝えると、フロントで宿帳を出してきた。宿帳に書く前に部屋を見せて、この部屋でも良いか尋ねられる。前回と同じ部屋だ。
ソファーだけしかない、トイレは共同の6畳くらいのシングルルーム。
900ルーブル(値段も変わっていない。相変わらず高いのだが、フロントに料金は掲示されている)。
(写真)ホテル外観/翌朝に撮影
名前を書いたところで、前回の写真をみせた。なぜこの写真を持っているのか聞かれる。話を聞きつけ中から出てきた人が「おぉー」と声を上げる。この人の顔は僕も覚えていた。
次々と人が出てくる。去年の宿帳からオバサンが僕の記録を探している。
握手を求められる。僕が写真を出すたびにみんな喜んでいろいろ聞いてくる。
人に囲まれ、次々と話しかけられながら、紅茶と牛肉炒めという不思議な夜食(こんなので180ルーブル。高い)を食べる。持ってきた焼酎を勧めると、ウォッカが出てきて、いつの間にかいつもの光景が...
今回はロシア語の会話集が有る。前回のような緊張感は無く、心地良い時間が過ごせた。
眠ったのは夜2時ごろ。途中、警官の見回りも来た。
今回有ることに気付いた。アルコールは勧めると男は飲むのだが、最初の一杯まではわりと遠慮している。ウォッカを一杯口にすると、そこからは早いのだが...
ソ連崩壊後、飲酒により死亡率が大幅に上がったこともあって、「飲酒は悪」という意識が浸透しているようだ。
女の人は全く飲もうとしない。男達が酒を飲み始めると女の人達は帰りだした。
禁酒の傾向が有るのは喜ばしいことでは有るのだが、ロシア人のイメージが変わってしまうことを意味するので少し寂しい。
日本人の禁煙傾向と同じ様な感じ。まわりでも同年代ではタバコを吸う人はほとんど居ないなあ。僕はタバコを吸わないし、酒も無くても苦ではないのだが。
部屋の中は暖かい。安心して眠れた。
ブラゴベチェンスク〜シマノフスク178ルーブル。日本円で1000円弱。
国境の建物(こういう場合、この建物のことを何と呼んだら良いのであろうか)へもう一度入り、KACCA(英語のCashierか?)と書かれている窓口が有ったので、人民元の札を見せて「ルーブリャ!」と言ってみた。
中国側の国境の建物は高校の体育館って感じ。
出国審査は少し時間かかる。
近くに居た公安(茶色の制服)が走ってくる。
こんな無意味な通訳(?)を付ける必要は無いのだが、親切にしてくれるのでこっちも笑顔で応える。
イミグレの職員は不機嫌そうにパスポートを返した。
中国を出国し建物を出ると、そこには大きな河「松花江(アムール川)」が有る。
まだ完全に凍っていて真っ白だ。
この氷の上をバスで移動する。
バスは北朝鮮のバス(ハングルの行き先表示がそのまま)や、古いロシア製のボンネットバスだ。
「ブラゴベシェンスク!?」と大声で聞いたら、バスの運転手が「ダ−!ダ−!」と答える。
バスの中では僕は思いっきり目立っていた。
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上記記事内で「オリコン洋楽部門一位」と書きましたが、
正しくは「オリコンアルバム部門一位]でした。
ちなみに2位はケツメイシ。
ご指摘いただきありがとうございます。
