5-中近東の最近のブログ記事
(9月15日)
旅行博に出かける。あまり戦果(おみやげ)は得られず。昨年は業界関係者限定公開日に行ったのだが、やはり出展者の意気込みが違うように感じた。旅行会社の展示は一般公開日の方が派手だが、政府展示などは関係者公開日の方がしっかり対応してもらえる。
会場に入ってすぐにあっさり、待ち合わせをしていたsunnyさんとwakabunさんを見つける。今年の旅行博のメインテーマは「中東」。この二人はアバヤなんか着たりなんかしているから、客ではなく出展者のようだ。イエメンのブースで写真などを観ていると、見知らぬ人に声をかけられる。何人か話をしたが(見知らぬ人)、こんなブースまで来る人はほとんどがイエメンに行った事の有る人。まるで日本人全員がイエメン行ったことのあるかのようだった。
オマーンのブースの片隅に絨毯がひいてあり、乳香が焚いてあったので、勝手に座り込んで、マイレバノンで買ったパン(まずい言うかチーズが日本人の口に合わない)を食べたりしてくつろぐ。いつの間にか見知らぬ人と座り込んで世間話をしていたのだが、そのノリの良い大阪人が、夜一緒に食事をする約束をしていたその人だった(SUNNYさんがネットで知り合っただけで顔は知らなかった)。
興味のベクトルが同じ人というのは、言葉では表現出来ないオーラをだしているもので、特に意識しなくても自然と集まるのであろう。きっと。
だらだらと話をしていても勿体ない、と言うことで一通りブースを見て回ったのだが、目新しいものは少ない。
興味を惹かれたのは、ブータン人を初めて見たこと(ブータン人が資料を持ち、英語で解説するなんて!)と、去年も来ていたロシアの代理店だろうか(今年は日本語を話すツアーガイドが来ていた。間宮海峡横断はいつ実現できるのだろうか)。あとはメラネシア諸国が共同でブースを出してたこと、エチオピアブースでコーヒーセレモニーに参加したこと。フツーの人はグアムのブースやヨーロッパの展示にたくさん集ってたが、特に新しい情報も無いし...
夕方になるとイエメンブースに、いつもの日本在住イエメン人達が集まってきたようだ。大国のブースと違い、ここは日本人にアピールする場なのではなく、身内で楽しむ町内会の寄り合いのようだ...(大使息子はまだ花嫁募集中らしい)。
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旅行博のテーマは、昨年は中欧(チェコ、ポーランド、クロアチアなど)、マカオ、今年は中東(イエメン、ヨルダン、ドバイなど)。なぜか自分の旅行先とかぶる。自分は流行を先取りしているのだろうか、それともただブームに乗っているだけなのだろうか。もし自分に先見の明が有るのならば、来年の旅行のトレンドは「リゾート」or「ホテルライフ」なのだろうか。
-------Gentle & Rich Man SEEKs his BRIDE-----------
gentle,rich,easygoing,young Arab Man
(accounting manager in embassy of certain country)
seeks young charming Japanese woman!!
privilege; honeymoon tour to Maldives.
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(8月4日土)
銀座のカレーパーティで知り合ったイエメン人の家でのパーティの誘いを受けた。イエメンのパーティと言えば「カートパーティ」だ。
カートとは覚醒作用のある緑色のハッパで、イエメンでは合法の誰もが愛用する嗜好品。イエメン人は家計の何割かをカートの購入に費やすほど好き...らしい(自分はイエメンで試したが苦いだけで覚醒?も起きなかった)。
エチオピアに行った人も、同じような葉を噛んでいたと言っていたので、南アラブ、北東アフリカの風習らしい。
イエメン人の家は目黒の端の住宅地の中に有った。家の前にはいきなりなぜか外交官ナンバーでスモークガラスの馬鹿でかいBMW。アラブ衣装の人がこんな車を運転してるのに出会ったら驚くだろうなぁ。他車2台。金持ちオーラが出ている。まだ新しい2階建ての家。普通と言えば普通の、和室も有る日本の住宅なのだが、ソファーはオーダーメイドでイエメンから取り寄せたものだったり、小物類が気になる。
料理はサウサ(石鍋)などイエメンの料理を何品か用意してくれていた。
食事の後、絨毯の部屋で思い思いにくつろいだところで、「カート」が出された。やはり日本では入手が難しいらしく、手のひら大の容量の袋で2000円くらいするらしい。そのままかむだけでなく、飲みやすいように水と砂糖を加えてミキサーに加えたりもしてもらう。これは抹茶パウダーのようだった。
この人は証券会社で働いている。他の参加者は、イエメン人とは思えない日本のサブカルチャー(鉄道、PC)博識な大学の講師、ノリの良いエチオピア人など、イエメン好きの日本人数人。
水タバコをやったりして夕方まで過ごした。
サナアのホテルの中庭でお茶をしていると、イエメン人が話しかけてきた。なんでも自分の弟の嫁は日本人なので会いに来ないかと言う。
またまた...変わった勧誘文句だなぁと思ったが、一体どういうオチが待っているのだろうかと興味津々でついていったら...本当に日本人が居た。旅行会社を家族でやっているイエメン人と結婚して、サナァで暮らしているそうだ。
その結婚相手の彼は若いがなかなか面倒見が良い。彼らにはこれからなかなか面白そうな人生が開けていくような気がした...ので一口乗らせてもらうことにした。
彼らのお店のウェブサイトを僕が創らせてもらうことになった。そんな強い自信は無いのだが、サイトは無いよりも、下手でも有った方が良い。調べてみるとイエメン専門の旅行会社と言うものはほとんど無い。ブームが来る前に...と言うか、イエメンに日系旅行会社が進出するとも思えない。これはチャンス...?
まぁ空いた時間などにちょっとづつ創っていこうと思う。
(4月10日)
うわさのエミレイツ航空(EK)に乗った。
サービスがよいと評判だが果たして...そうだったので書き記す。
出国して飛行機に搭乗したところで、服のポケットにお客さんに発送すべき商品(チケット)を発見。なぜこんな所に...それも5日後のチケット。
客室乗務員(いつ頃からこんな呼び方になったんだろう?)に声をかけ、実家に郵便で送ってもらうようにお願いする。飛行機を降りて入国したら明らかに離陸時間に間に合わない。適当な封筒に入れて500円と一緒に"スチュワーデスさん"に渡すと、数秒間ちょっと考えていたようだが、地上職員まで走って持って行ってくれた。地上職員が近くの郵便局で発送してくれるという。言ってみるものだ。すいません。
そんなことよりも驚いたのは乗務員がフレンドリーなことである。洗練されている...っていうのとは違うし、物腰柔らかっていうのとも違う。面倒見が良いというか...
一番後ろの座席だからか、仕事が無い時に乗務員が隣に座って話しかけてきたのに驚いた(飛行時間は片道12時間以上有る)。まさか世間話するとは思ってなかったので、最初はアンケートかと思ったくらいだ。(以前シンガポール航空でランダムで選ばれたことがある)
自分よりちょっと若い感じのスチュワーデス。ドバイでの暮らし、EKにどうしても入りたかったので2度受験して採用してもらえたとか。旅の話など。話をすると感じの良い普通の女の子だ。
ビジネスクラス用のアメニティとか、トランプとか、次々となぜか僕にだけ持ってきてくれる。
(EKってマンゴジュースなんて常備してるんだ...)
よほど物欲しそうにしていたから??
気に入られたから?(嬉しい)、
要注意人物、いやVIPとしてマークされているから?(EK利用は初めてだが)
単純なのでこれだけのことでEKのことを好きになる。多少航空券の値段が高くてもまた乗ってしまいそうで怖い。いや乗るような気がする...これを読んでるスチュワーデスさん、連絡くれれば日付あわせてまた乗ります。ホントに(笑。
5月末に仕事でSANA'Aに行くかもしれません(別述)。
p.s.帰路(4月3日)の飛行機、日本に到着する最後の機内アナウンス、「またのご搭乗をお待ちしています」の後に「中西K1様、飛行機を降りられましたらスタッフにお声をおかけください」というアナウンスが流れ、ちょっと驚く。飛行機を降りて荷物のターンテーブルの所で[MR.NAKANISHI]と書かれたボードを持っていた男性職員は僕を見つけて言った。
「郵便代金は350円でしたので150円をお返しします」
p.p.s トランプはなぜか別のスチュワーデスからも貰った(こっちから要求したのではない)ので、うち1個はイエメンの子供にバクシーシしました。
□□□この下の2段落はどうでも良いです。飛行機好き用の文章です。
●食事。まぁ良い。エコノミーもメニューもちゃんとしてるし(他の会社のようにペラ紙でない)、食器も金属(他の会社のようにプラスチックでない)。
●オーディオ非常に充実している。チャンネル数900以上。浜崎あゆみの***という風に検索もできるし、1975年9月1週目のUKヒットなんて方法でも音楽を探せる。クラシックから北島三郎まで。JALのように落語は無いが。
ゲーム20くらい。違う席の人と同時プレイも可能(新型機だと最近はどこもあるが)
●テレビ/映画一通り有るが、就航地域が世界満遍なく有るので邦画数は限られる。「UDON」を観た。ハリウッドだけでなくボリウッドも充実。好きなのを好きなときに再生できるのは良い(これも最近はどこでも有るが)。
イエメンの男性は成人するとジャンビーアという刀を持つ。三日月形のもので、普段は腰に差す。
ペルシア圏では他の国でもこの習慣は有るのだろうが、イエメンほど残っていないのではないだろうか。街行くほとんどの人が刀を差して歩いているのだから。
(写真は、道を迷ったときにホテルまで連れてってくれったおっさん。この人のジャンビーアは割と小さめ)
本物の刀なので当然殺傷力が有るのだが、興味深い話を本で読むことが出来た(ちなみに現在は装飾品として持っている人がほとんどです)。
みんなが刀を常時持っているからといって、イエメンでは絶えず争いが起こっているわけではない。一般にイエメン人は争いを好まない性格だそうで、武器に頼るのはどちらかと言えば避けたい、刀を出すのは当然最終手段だ(もしそうでなかったら、おっかないことこの上ない)。 面白いのは、相手より先に刀に手をかけることは、自分の方が相手より心が弱いことを意味するそうだ。そして相手が刀を出したならば、自分も刀を出さなければ、相手に負けたことになってしまう。相手が刀を出さなければ、一旦刀を手にした者も刀を収める。刀を出さなかった者を傷つけてはならない。日本の武士の心に通じるものが有るように感じる。両方が刀を手にしたならば...戦うことになるのだろうが。
(追記)実際にジャンビーアが使われることは滅多に無いです。数日前に食堂でけんかが有って、相手の首を貫通してた...という話を一度聞きましたが。
争いが起こっても、長老?(部族長とか)が仲裁に入るらしい。その場合は争っている両者は一旦、刀を長老に預ける。長老が判決を下すまでの間は争いを中断しなければいけない。難しい問題の場合は何日もかかることがあるが、その間は両者がどこかで偶然出会っても争ってはならない。長老の顔をつぶすことになる。争っている両者が違う部族の場合も両方の部族長が話し合う。部族長同士が争った場合は...部族同士の争いになる(のだろうか)。
イエメンは部族社会。法律よりも部族間の取り決めが優先する。政府の力が及ばない部族、地域も多い。トラブルに巻き込まれないように、外国人が首都以外に旅行する際は警察の許可が必要だ。場所によっては機関銃で武装した護衛が付く。誘拐事件が多いのは、外国人が憎いからではなく、政府との交渉材料(うちの部族にも水道や電気を通せとか)に使われるから。誘拐されると、大事な交渉材料。食べ物もちゃんとしたものを与えられ、客人として大切にされるらしい。自由は無くなるが。
このジャンビーア(三日月刀)、価値は土産物屋で売ってるものでは1000円程度から。上限は無い。金持ちは宝石をちりばめたきらびやかなものを持っているという。ドバイなどでは金持ちは数十万ドルもの価値のものを持っているとアブドゥル君は言っていた。
(写真/サナア旧市街地でよく見かけるジャンビーア屋さん)
現在も人が住む街としては世界最古の都市、サナア。
旧市街地すべてが世界遺産に指定されている。
電気があり、車が走っていること以外はアラビアンナイトの時代そのまま。車が走っていると言っても市街地内は道も細い(区割りは3000年前から?)ので、そんなに見かけない。苦労して走っているのも何回か見かけたが...
こんな街がまだ有るんだ...
唯一残っている門。
街は城壁に囲まれていたのだが、半分以上撤去されている。
堀?は現在、車道になっている。
雨が降ると冠水してしまう。
「塩の広場」
ラクダに荷を乗せて隊商がたどりつた広場。
ここで交易が行われていた。衣類や香辛料などが売られている。
街中はこんな感じ。
何百年も昔から同じ建物。
外を歩いているのはほとんどが男性。女の人は黒い服から目だけを出している。
この写真も隠し撮りです。
名前は知らないが、頭に巻いたこの赤い布がイエメン独特。外出着?っぽい。
モスクがにょきにょき。
建物の中はこんな感じ。ここは昔の交易所?吹き抜けになっていて格好良い。
市街地の真ん中にあるホテル。ツイン(シングルユース)20ドル。他の物価から考えると高く感じる。歴史的建造物(?)だから仕方ないか。
どこかで聞いた名前だ。
宿の屋上から見た景色。
摩天楼。スカイスクライパー。
中庭から見た景色。
市街地内に畑があったりする。
宿のまわり。
夜がまた格好良い。
新市街地で韓国人大学生に呼び止められる。休学して世界一周中。アフリカを北上してきてアジスアベバ(エチオピア)からカイロ(エジプト)行の一番安い航空券を買ったらイエメン航空でサナア経由だったとかで、サナアにやってきた。イエメンについて全く情報を持っていないので何でも良いから教えてくれと言うので、旧市街地に連れて行ったのだが、イエメン門に着くなり彼は思わず感嘆の声をあげた。
「ここは世界遺産」「ここは世界で一番古い街」「ここは3000年前のシバの女王の子孫が暮らす街」なんて前知識を持っていなくても、イスラム地域を旅してきた旅人が見ても、文句無しに「ここはすごい」のだ。
この高層ビル街(ほとんどが8階建てか)が何百年前につくられ、それが今も原形を留めており、しかも同じ暮らしがここで行われているのだ。
イエメンはアラビア半島で唯一石油が採れない。発展から取り残されてしまっているのだが、アラブ人の心の故郷「幸福のアラビア」は残されている。今まで行ったことのある中でもかなりおすすめの街だ。
3月31日
早朝5時、アラブ首長国連邦(UAE/الإمارات العربية المتحدة )、ドバイ国際空港着。
UAEは7つの首長国によって形成される連邦国家。その中のドバイ首長国はここ15年、経済力をバックにした金融業と世界中から集まる人への観光産業でやりての首長の下、のし上がってきた新興都市。今は隣のアブダビ首長国(莫大な石油が産出される)を超える経済規模を持つ。
ドバイ空港から市内へ15分ほどバスに乗り、そこから隣のシャルジャ首長国に向かう。シャルジャはイギリス統治時代はこの地域の中心的都市だったが、今は石油が産出されるアブダビとドバイの影に埋もれてしまった小さな都市国家。欧米文化にかぶれている(?)ドバイとは異なり、イスラム戒律に厳しいという。
ドバイからはわずか15km。そのシャルジャ国際空港からイエメン共和国サナア行の飛行機に乗る。
ドバイ空港で両替。窓口の銀行員は言った。
「ホントに日本人?ベイジン(中国)じゃなくって?ドバイグランプリに来たんだろ?チェンジは50ドルだけで良いのかい?」
そう、この日は年に一度のドバイワールドカップ。世界中から名馬&金持ちが集まっている。
シャルジャの町からシャルジャ空港に向かうタクシー。
「ドバイ空港じゃなくシャルジャ空港で間違いない?どこに行くフライト?イエメン?イエメンなんかでよく仕事見つけたな。え?あんた日本人なんかい?フィリピン人だとばかり思ってたよ。」
UAEの家庭は生活水準が高く、多くのフィリピン人の出稼ぎ労働者やメイドが働いている。
シャルジャ発サナア行、エアラビア701便(Air-Arabia)。僕ともう一人の欧米人旅行者以外、乗客は全員イエメン人。男の人はみな白い衣装。赤いスカーフ。女の人は真っ黒の服。目の部分以外すべて隠れている。待合室では明らかに浮いていた。機内の座席位置は男女ではっきり区別されている。僕の左隣には30くらいの男性、右は50くらいの男性。若い男は英語を話した。「日本人!?チャイナと同じ顔だ!サナアには観光で?グレイト、良いところですよ。気に入ると思うよ。ところで車は詳しいですか?マイフレンド、トヨタの部品は安く手に入りますか?」
とりあえずイエメンでは日本人のイメージは良さそうである。日本を出て24時間後、サヌア国際空港着(写真)。
1月30日(火)
何年かぶりで日暮里のペルシャ料理「ざくろ」へ。
興味を持ってくれた人2人(内一人は初対面)と、イランと言えばのkyoと4人。
偶然と言うか突然の事だが、kyoの働いていた会社の部署が突然廃止になった。その発表の翌日と言うことだったのだが...
店は相変わらずのよく分からないノリだ。客に楽しんでもらおうという店長の思いが伝わってくる。ちょっと強すぎるほど(笑)。受け止める側に好き嫌いがあると思うが...
料理はケバブが美味しかった。トルコワインをボトルで一本サービスしてもらう。メニューは有るのか無いのか、適当に薦められたものを食べていたらいつの間にか腹いっぱいになっていた。
kyoとはこれからのことの話を。やりたいことは変わっていないようで、今回の件でなぜか目的に近づいたような。このチャンスに何をするか。
何年も前に書かれたto do list、忘れていないようで良かった。
- Launch low fares airline in East Asia
- Extend passenger ship services throughout East Asia
- Increase impulsive travelers and foster a culture of traveling in Japan
- Make the earth more peaceful
