イエメンの最近のブログ記事
台風のせいで渡嘉敷からの船も、羽田への飛行機も揺れた。今日も朝から久しぶりの雨だ。ついていない。
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四川省で地震のニュース。重慶で死者、上海/北京でも体感したとのこと。上海と震源地との間は2400km離れている。同じ距離で日本で当てはめたら「稚内の地震で函館で死者、福岡でも感じた」くらい離れているのに。これが本当ならかなりの大地震、四川省ではかなりの死者が出ているはず。
まだ報道されていないが、震源地に近い所のほうがもっと被害が出ているはずなので。(阪神大震災の時も、地震の次の日の新聞見出しは「大阪で死者4人」だった。大阪で新聞配達してた僕はかなり違和感あった)
震源はチベット人自治区とのこと。先月の旅行でもめた成都空港は閉鎖。飛行機から見下ろしたあの地域はかなりの山岳地帯、これからテレビでは都市での被害状況が報道されるだろうが、都市から離れた農村のことはたぶん伝えられないだろう。
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今一番興味が有る国イエメンで邦人2人誘拐、無事釈放とのこと。以前から危険が指摘されていたマーリブでとはいえ、初の日本人被害。とうとう起ったかの感。イエメンの誘拐事件で出される要求は、「水道を造ってくれ、橋を架けてくれ」といった社会インフラを求めるものであることがほとんど。人質は誘拐されても客人扱いされる。切ない。
(注)昨年人質のスペイン人が殺害された。絶対安全というわけではない。首都サナアから陸路で出る場合は政府軍の許可が必要。危険地帯には護衛がつく。
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ミャンマーでのサイクロン被害、もう既に他のニュースに埋もれてきた感。100万人被災/3万人死亡とのことだが、報道規制(?)で詳細分からず。何万人なんて数字は実際にカウント出来るものではない。復興するにはどれくらいかかるのだろうか。
p.s. そう言えば、mixiの僕の顔写真はミャンマーで撮ったもの。山の方なのでたぶんあの村は大丈夫だろうが...
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自分が行ったところに次々と事件が起る(と言う程でもないか?)。ただ、すぐに自分は何か行動を起こすというわけではない。募金なども滅多にしない。不謹慎ととる人も居るかもしれないが、自分は「早く旅行に行けるようになってほしい」と思うだけだ。
ただ自分には、いや自分にこそ出来ることは、その地域の魅力を伝えることだと思っている。渡航出来る状態になった時は人に旅行を勧めることだと思っている。
旅をすることによって幸せを得られるのは旅をする人だけではない、来てもらった方も幸せを感じることが出来るのだ。もちろん金銭的な支援にもなる。
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p.p.s
チベット亡命政府も観光を推奨している。たとえ観光によって中国政府側に金銭的利益を与えることになっても、観光により得られる/与えられるプラスの影響の方が大きいのだ。
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---以下引用文---
客観的情報を独占する中国にとって、自由観光事業が最も有効なチャレンジなのです。チベットへの個人の観光客(旅行家)の数が増せば増すほど、中国当局による観光客への行動制限や、現地チベット人との接触防止をより難しくさせるのです。情報に接していない観光客は、中国はチベットへの侵攻以来、チベット地域にプラス面のみをもたらして来た、と誤って信じ込んでしまうかも知れません。たとえ、団体旅行の一員であったとしても、準備を整えた好奇心の強い観光客は、チベットの現状について非常に貴重な情報を収集することが出来るでしょう。大勢の観光客がチベット人と接触することによって、中国の見かけだけのところを越えた、チベット世界における力強い洞察をもたらすことが出来るでしょう。
パクチーハウスで集まることになり喜んで参加。
パクチーに全く抵抗を示さないで、違和感無く溶け込む人達。
いきなりパクテキ(パクチー漬のテキーラ。塩と桜がテキーラによく合っている)一揆でスタートしたせいか、どんどん勢いに乗っていく女の子達。かなりgirls' talkが炸裂してた。面白いから良いけど。意外なことに僕とsunnyが一番年をとっていた。みんな若いのにしっかりしてるなぁ。
メンバーが濃いせいか、話は盛り上がる。日本でこういう旅の話出来る空間は少なく貴重だ(特に地方では)。もうちょっと家から近ければここももっと行けるのだが。
旅マンガ家、遺跡発掘員と珍しい人にも知り合えて良かった。
これくらいの人数で飲むのが、全員と会話できて一番良い。
いつの間にか結構飲んでいたらしい。頭はぼんやりで、帰りはほとんど本も読めず(千葉までは2時間、普段は格好の読書タイムなのだが)。
(9月15日)
旅行博に出かける。あまり戦果(おみやげ)は得られず。昨年は業界関係者限定公開日に行ったのだが、やはり出展者の意気込みが違うように感じた。旅行会社の展示は一般公開日の方が派手だが、政府展示などは関係者公開日の方がしっかり対応してもらえる。
会場に入ってすぐにあっさり、待ち合わせをしていたsunnyさんとwakabunさんを見つける。今年の旅行博のメインテーマは「中東」。この二人はアバヤなんか着たりなんかしているから、客ではなく出展者のようだ。イエメンのブースで写真などを観ていると、見知らぬ人に声をかけられる。何人か話をしたが(見知らぬ人)、こんなブースまで来る人はほとんどがイエメンに行った事の有る人。まるで日本人全員がイエメン行ったことのあるかのようだった。
オマーンのブースの片隅に絨毯がひいてあり、乳香が焚いてあったので、勝手に座り込んで、マイレバノンで買ったパン(まずい言うかチーズが日本人の口に合わない)を食べたりしてくつろぐ。いつの間にか見知らぬ人と座り込んで世間話をしていたのだが、そのノリの良い大阪人が、夜一緒に食事をする約束をしていたその人だった(SUNNYさんがネットで知り合っただけで顔は知らなかった)。
興味のベクトルが同じ人というのは、言葉では表現出来ないオーラをだしているもので、特に意識しなくても自然と集まるのであろう。きっと。
だらだらと話をしていても勿体ない、と言うことで一通りブースを見て回ったのだが、目新しいものは少ない。
興味を惹かれたのは、ブータン人を初めて見たこと(ブータン人が資料を持ち、英語で解説するなんて!)と、去年も来ていたロシアの代理店だろうか(今年は日本語を話すツアーガイドが来ていた。間宮海峡横断はいつ実現できるのだろうか)。あとはメラネシア諸国が共同でブースを出してたこと、エチオピアブースでコーヒーセレモニーに参加したこと。フツーの人はグアムのブースやヨーロッパの展示にたくさん集ってたが、特に新しい情報も無いし...
夕方になるとイエメンブースに、いつもの日本在住イエメン人達が集まってきたようだ。大国のブースと違い、ここは日本人にアピールする場なのではなく、身内で楽しむ町内会の寄り合いのようだ...(大使息子はまだ花嫁募集中らしい)。
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旅行博のテーマは、昨年は中欧(チェコ、ポーランド、クロアチアなど)、マカオ、今年は中東(イエメン、ヨルダン、ドバイなど)。なぜか自分の旅行先とかぶる。自分は流行を先取りしているのだろうか、それともただブームに乗っているだけなのだろうか。もし自分に先見の明が有るのならば、来年の旅行のトレンドは「リゾート」or「ホテルライフ」なのだろうか。
-------Gentle & Rich Man SEEKs his BRIDE-----------
gentle,rich,easygoing,young Arab Man
(accounting manager in embassy of certain country)
seeks young charming Japanese woman!!
privilege; honeymoon tour to Maldives.
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日暮里のエスニックレストラン(もはやどこの国の料理なのか分からない)「ザクロ」に行く。イエメンで出会った女の人3人と食事。共通の知人fatimaさん(日本人)がなんとこの店に就職したというので、行こうという話になり誘われた。
一時帰国中のたみちゃん、日本で会うとかわいくてドキドキする。アバヤ被ってないと別人のようだ。いや、サナアでも被ってなかったような気もするが。
sunnyさんは相変わらずで、サラリーマンは旅に行けないと言いながらも、マニアックな旅の話ばかりで面白い。アザーン目覚まし時計の輸入販売は惹かれる。
料理は「食べきれないコース」。来る度にメニューが違うような気もするが気のせいか。この日のメインはタンドリーチキンだろうか。今回はデザートが充実していた。レーズンの入った焼きたてのパイが美味しかった。
この日はベリーダンスの有る日で「火曜日の女」が踊っていた。なんと表現したらよいか難しい雰囲気なのだが、非常にノリの良いおじさんグループが観客に居たので楽しめた。このベリーダンスのときに、向かいの席に座っている男に気付いた。学生時代に出会った人と非常に似ている。まさかここに居るわけがないし...と思いつつ眺めていたら、sunnyさんに「あの人は京都から来たらしいよ」と聞いたので、意を決して声をかけたらやはり、手塚太郎君(本名でも問題無いようだ)だった。10年ぶりに偶然逢う。彼の方は彼の知人をいろいろ集めての食事会だった。以前と同じで只者ではないオーラが出ていた。彼の奇妙な行動力(「箱男」が馬鹿馬鹿しくて好きだ)はすごいのだが、それだけではない何か周りを巻き込む変な力を彼は持っていた。彼の方は僕達のグループも一緒にと誘ってくれたのだが、ちょっと強引だったのか、乗り切れなかったのが今は悔やまれる。僕一人だったら飛び込んでいたのだが。まぁ、でも彼とはまたkyoととでもまた会う機会があるだろう。(ね?)
(写真/水タバコを吸いながら)
fatimaさんはあまり話できなかったのだが、何と3号店を任されるそうで話の展開が面白い。ここで働くまで、4年間通っていた常連客だったそうで、類は友を呼ぶのだというのを実感した夜だった。パクチー好きな女の子にもよろしく。
(写真/イラン人料理人と。店長とは全く雰囲気が違う)
(8月4日土)
銀座のカレーパーティで知り合ったイエメン人の家でのパーティの誘いを受けた。イエメンのパーティと言えば「カートパーティ」だ。
カートとは覚醒作用のある緑色のハッパで、イエメンでは合法の誰もが愛用する嗜好品。イエメン人は家計の何割かをカートの購入に費やすほど好き...らしい(自分はイエメンで試したが苦いだけで覚醒?も起きなかった)。
エチオピアに行った人も、同じような葉を噛んでいたと言っていたので、南アラブ、北東アフリカの風習らしい。
イエメン人の家は目黒の端の住宅地の中に有った。家の前にはいきなりなぜか外交官ナンバーでスモークガラスの馬鹿でかいBMW。アラブ衣装の人がこんな車を運転してるのに出会ったら驚くだろうなぁ。他車2台。金持ちオーラが出ている。まだ新しい2階建ての家。普通と言えば普通の、和室も有る日本の住宅なのだが、ソファーはオーダーメイドでイエメンから取り寄せたものだったり、小物類が気になる。
料理はサウサ(石鍋)などイエメンの料理を何品か用意してくれていた。
食事の後、絨毯の部屋で思い思いにくつろいだところで、「カート」が出された。やはり日本では入手が難しいらしく、手のひら大の容量の袋で2000円くらいするらしい。そのままかむだけでなく、飲みやすいように水と砂糖を加えてミキサーに加えたりもしてもらう。これは抹茶パウダーのようだった。
この人は証券会社で働いている。他の参加者は、イエメン人とは思えない日本のサブカルチャー(鉄道、PC)博識な大学の講師、ノリの良いエチオピア人など、イエメン好きの日本人数人。
水タバコをやったりして夕方まで過ごした。
イエメンの男性は成人するとジャンビーアという刀を持つ。三日月形のもので、普段は腰に差す。
ペルシア圏では他の国でもこの習慣は有るのだろうが、イエメンほど残っていないのではないだろうか。街行くほとんどの人が刀を差して歩いているのだから。
(写真は、道を迷ったときにホテルまで連れてってくれったおっさん。この人のジャンビーアは割と小さめ)
本物の刀なので当然殺傷力が有るのだが、興味深い話を本で読むことが出来た(ちなみに現在は装飾品として持っている人がほとんどです)。
みんなが刀を常時持っているからといって、イエメンでは絶えず争いが起こっているわけではない。一般にイエメン人は争いを好まない性格だそうで、武器に頼るのはどちらかと言えば避けたい、刀を出すのは当然最終手段だ(もしそうでなかったら、おっかないことこの上ない)。 面白いのは、相手より先に刀に手をかけることは、自分の方が相手より心が弱いことを意味するそうだ。そして相手が刀を出したならば、自分も刀を出さなければ、相手に負けたことになってしまう。相手が刀を出さなければ、一旦刀を手にした者も刀を収める。刀を出さなかった者を傷つけてはならない。日本の武士の心に通じるものが有るように感じる。両方が刀を手にしたならば...戦うことになるのだろうが。
(追記)実際にジャンビーアが使われることは滅多に無いです。数日前に食堂でけんかが有って、相手の首を貫通してた...という話を一度聞きましたが。
争いが起こっても、長老?(部族長とか)が仲裁に入るらしい。その場合は争っている両者は一旦、刀を長老に預ける。長老が判決を下すまでの間は争いを中断しなければいけない。難しい問題の場合は何日もかかることがあるが、その間は両者がどこかで偶然出会っても争ってはならない。長老の顔をつぶすことになる。争っている両者が違う部族の場合も両方の部族長が話し合う。部族長同士が争った場合は...部族同士の争いになる(のだろうか)。
イエメンは部族社会。法律よりも部族間の取り決めが優先する。政府の力が及ばない部族、地域も多い。トラブルに巻き込まれないように、外国人が首都以外に旅行する際は警察の許可が必要だ。場所によっては機関銃で武装した護衛が付く。誘拐事件が多いのは、外国人が憎いからではなく、政府との交渉材料(うちの部族にも水道や電気を通せとか)に使われるから。誘拐されると、大事な交渉材料。食べ物もちゃんとしたものを与えられ、客人として大切にされるらしい。自由は無くなるが。
このジャンビーア(三日月刀)、価値は土産物屋で売ってるものでは1000円程度から。上限は無い。金持ちは宝石をちりばめたきらびやかなものを持っているという。ドバイなどでは金持ちは数十万ドルもの価値のものを持っているとアブドゥル君は言っていた。
(写真/サナア旧市街地でよく見かけるジャンビーア屋さん)
現在も人が住む街としては世界最古の都市、サナア。
旧市街地すべてが世界遺産に指定されている。
電気があり、車が走っていること以外はアラビアンナイトの時代そのまま。車が走っていると言っても市街地内は道も細い(区割りは3000年前から?)ので、そんなに見かけない。苦労して走っているのも何回か見かけたが...
こんな街がまだ有るんだ...
唯一残っている門。
街は城壁に囲まれていたのだが、半分以上撤去されている。
堀?は現在、車道になっている。
雨が降ると冠水してしまう。
「塩の広場」
ラクダに荷を乗せて隊商がたどりつた広場。
ここで交易が行われていた。衣類や香辛料などが売られている。
街中はこんな感じ。
何百年も昔から同じ建物。
外を歩いているのはほとんどが男性。女の人は黒い服から目だけを出している。
この写真も隠し撮りです。
名前は知らないが、頭に巻いたこの赤い布がイエメン独特。外出着?っぽい。
モスクがにょきにょき。
建物の中はこんな感じ。ここは昔の交易所?吹き抜けになっていて格好良い。
市街地の真ん中にあるホテル。ツイン(シングルユース)20ドル。他の物価から考えると高く感じる。歴史的建造物(?)だから仕方ないか。
どこかで聞いた名前だ。
宿の屋上から見た景色。
摩天楼。スカイスクライパー。
中庭から見た景色。
市街地内に畑があったりする。
宿のまわり。
夜がまた格好良い。
新市街地で韓国人大学生に呼び止められる。休学して世界一周中。アフリカを北上してきてアジスアベバ(エチオピア)からカイロ(エジプト)行の一番安い航空券を買ったらイエメン航空でサナア経由だったとかで、サナアにやってきた。イエメンについて全く情報を持っていないので何でも良いから教えてくれと言うので、旧市街地に連れて行ったのだが、イエメン門に着くなり彼は思わず感嘆の声をあげた。
「ここは世界遺産」「ここは世界で一番古い街」「ここは3000年前のシバの女王の子孫が暮らす街」なんて前知識を持っていなくても、イスラム地域を旅してきた旅人が見ても、文句無しに「ここはすごい」のだ。
この高層ビル街(ほとんどが8階建てか)が何百年前につくられ、それが今も原形を留めており、しかも同じ暮らしがここで行われているのだ。
イエメンはアラビア半島で唯一石油が採れない。発展から取り残されてしまっているのだが、アラブ人の心の故郷「幸福のアラビア」は残されている。今まで行ったことのある中でもかなりおすすめの街だ。

