今宵の宿の最近のブログ記事
| 空港からバスに乗って、新市街地に到着したのは夜10時を過ぎていた。途中の道は真っ暗で車窓からは何も見えなかったが、市街地に入ると、普通の中国の都市だ。雲南省まで来てもほとんど変わらない。看板をデカデカとあげた10階建てくらいのビルが並んでいる。 新市街地を1kmほど歩くと大きな水車、旧市街地「麗江古城」の入り口。すごい数の観光客。98%くらいが中国人だ。 1997年に世界遺産になってから、また中国が急激に成長した時期とも重なり、観光地と化してしまったという。 こんな時間でも通りは賑やか。建物はすべて木製、車は通行禁止。すべての建物が土産物屋か食事屋、宿泊施設。観光業100%のすごいエリア。
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朝、宿を出てみると、夜とは違ったまた良い雰囲気の町並み。観光客だらけなのが気になるが、自分もその中の一人であるのだから文句は言えない。古城街は2km四方くらい有るだろうか。丘の上まで家が連なっている。もっとも、観光客を狙った“古城街風”エリアも有る...木造で同じつくりなのだが。今も新しい家が次々建てられている。 |
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納西族(ナシ族)の服装は男よりも女の方が特徴が有る。それにナシ族は女系家系だ。男性が女性の家に婿に入る。 古城街で機織しているのは明らかに観光用でわざとらしいのでは有るが、服装は普段からこのような格好をしている。右側の写真の青い服を着ているのをよく見かける。翌日自転車で郊外に行くが、この姿で畑仕事をしているおばさんをたくさん見た。 ただ、都市部はやはり移住してきた漢民族が多い。 ナシ料理は割りと淡白な味で、日本人に向いているかもしれない。 |
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ナシ族のもう一つの特徴は「東巴文字」(トンパ文字)(リンク先参照)。世界で現存する唯一の絵文字だ。漫画みたいで面白い。人を表す文字が良い。 宿の人が、名前をトンパ文字で書いてくれた。「圭」を表す文字が見当たらなかったようだが...確か「圭」は中国語でグイと読んだような(違ったかも)気がしたので、当て字で書いてもらう。 |
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| 飛行機が一日遅れたせいで、目指す香格里拉(シャングリラ)の街には時間的に行けなくなった。 せっかくなので麗江の街を出て郊外に行くことにした。目指すは15km離れた白沙の村だ。自転車を借りた(一日15元)。 |
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![]() 途中、東河鎮という村を通る。観光地化されており入場料を取っていたりもするが、あまり“作られた”ものは興味が無く、わざと入らなかった。普通の集落を観るだけで十分楽しい。そう言えば海外で田舎をサイクリングしたのは初めてかも。 |
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自転車で田んぼの中の一本道を走っていたら、前方に集落が見えてきた。あれが目指す“白沙”かと思いきや、近づくと大きな建物だった。何だと思い入り口の下にあった礎石を見るとなんと[BANYAN
TREE]と書いてあるではないか。こんな所に??バンヤンツリーって中国にも進出していたのか。それも看板がない。街で買った地図にも載っていない。たしかに一般中国人には無縁な施設だろう。お金を持っていても成金には面白くなさそう。 門番に「ちょっと休んでも良い?」と聞くと、日本人が自転車で来たのかと笑わってゲートを通してくれた。 すぐにスタッフが3人も飛んでくる。まぁ暇なんだろうなぁ... カフェまで案内してくれる。暖炉も僕のためだけにマキをくべてくれる。冬は寒いのだろう。こういうリゾートはビーチしか行ったことが無いけど、タイの北部などもきっとこんな雰囲気なのだろう。 一番安い78元(1000円)の中国茶。雲南の何とか茶と説明してくれたけど忘れた。おいしい...なんでこんなに味が違うの?? 絵葉書を書いて休む。 帰国後サイトで探した。公式サイトはあっさりしているが、こんな感じ。1泊500ドル(51000円くらい)だが結構混んでいるという。僕が行ったときは数組の欧米人や香港人っぽい人が散歩してただけだが。 1時間ほど休んでいる時にちょうど夕立が来た。 もう動きたくなくなったが、そうも行かない。暗くなるまでに白沙に行かなくては。 |
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白沙の集落は静かだった。滋賀県の田舎に来たみたい。 特に何も無い普通の集落。観光客は滅多にこんな所まで来ないだろう。 家は立派。手造りだがしっかりしている。景気が良いのか建設中の家も多い。 |
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水はきれい。大きな川は無いが、小さな流れがあちこちに有り、水の流れる勢いも早い。目の前に5000m急の山々がごろごろ有るので水には困らないだろう。雪解け水は冷たい。子供が「ニーハオニーハオ」と声をかけてくる。観光客(漢民族)は歓迎されているようだ。 | |
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白沙壁画というのが有名らしいが、どこなのかさっぱり分からず。この先に寺が有るというので、ゆっくり坂道を登っていくが結構疲れる。自転車があまり良いものではないということも有るが、ここの標高が3000m近いことが理由だと思う。少し張り切ってスピード出すだけで息が絶え絶えになる。 牛を何匹も連れたおばさん。ムチのようなものを持って、何か叫びながら牛を追い立てている。この村の女の人は青い服を着ていて、背中を紐で縛っている。 寺はどこかと訪ねると、はるか彼方の方角を指してくれるが、何も見えない。大きな山々の裾を一本の道が伸びている。あきらめて麗江に帰ることにした。暗くなったら危ない。 |
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| 街に戻ってきたところで、自転車二人組を見かけたので声をかける。スイス人で昆明から10日かけて自転車で来たという。よくこんな高地を...それも上りではないか。自転車で旅をしている人を途中で見かけたかと聞くが、自分達だけだという。「熊出没注意」のステッカーが張って有ったのでそのことに触れると驚かれる。やはり中国人だと思われていた...日本は北海道を横断したとのこと。 | ||
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| 割と良い立地にチベタンの店が有った。主に欧米人パッカーの溜まり場のようになっていた。チベット料理は...うーん、やはり日本人には微妙な味。腕が悪いのではなくこういう味なのだ。時期が時期だけにどうかと思ったが、店は非常に良い雰囲気だった。 | ||
ホテルの敷地はなんと4ヘクタールの広さ(敷地内に1600mのジョギングコースが有る)。そして目の前にはセレベス海。後ろはジャングル。ホテルから出ないで3日間を過ごす。 リゾートも良いなと思ったのは、去年バリで「マヤ・ウブド」に泊まってから。2泊(たぶん2泊だったと思う)しただけで移動したのでゆっくりしたイメージは無いのだが、それなりに楽しかったから。行くまでは「なんでこんな値段高いところに」と思っていたのだが。(これまでは1泊数ドルのゲストハウスばかりだったので...) |
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今回のリゾート(写真)は、この広さのホテルだが宿泊者は20人くらい。 スタッフに3泊だと言うと「なぜ?」と聞かれる。もっとも、ダイビングスタッフに同じ質問をされた時は「日本人の平均だ」とも言われたが。 |
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昼間は土曜日はシュノーケル、日曜日はダイビングをして過ごす。のんびししているはずなのだが、時間が流れるのが早い。もう何日か滞在出来れば読書をしてのんびりなんて時間も取れるのだが。 {写真)桟橋まで300m程続く道。干満の差がこれだけ有る。マングローブの森の中を歩いていく。
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最初2泊はメインの建物の部屋だったが、20ドル足せばコテージとのことで、最後の1泊は部屋をコテージルームに変更してもらう。欧米人はほとんどがコテージに泊まっていたようだ。どうりであまり見かけない訳だ。
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部屋ごとに専用の庭が有り、海が見渡せる。 |
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リゾート内に有るカフェ「BIG TREE」(写真)。 夕食時に行ったが、客はもう一組だけ。 コテージまではすぐ。食べきれなかった料理は部屋に戻りいただく。
スタッフはたぶん、注文のうるさい客(自分)のことを覚えていると思われ、部屋番号なんかもいちいち聞かれずフレンドリーなのだが、日本の日常とのギャップが... |
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夕食はフロント近くのレストランで。ここも客は数人だが生演奏ライブ付(良いのか?)、スタッフも笑顔で良い。食べたいものを食べたいときに食べれる幸せ(ルームオーダーは24時間、好きなレストランから追加料金無しで)。スープ、前菜、メイン、ビールなど一通り食べて全部で1500円程度から。まぁ贅沢をすればきりが無いがこれくらいで充分。 もちろん現地の人はこんな生活をしているわけではない(インドネシアの平均月収は500ドル以下)。まぁ月収5万円の国で、それもサラリーマンなんてほとんど居ない所で1食1500円かけてるのだからこうなるのだろうが。ただ、リゾートが出来て現金収入が出来てから生活が豊になっているのは事実のようで...どちらが良いのかは分からないが、これからは観光客も増えていくと思う。 Hotel Santika Premiere Seaside Resort Manado Tongkaina-Bunaken, P.O. Box 1644 Manado 95000 - North Sulawesi Phone: (62-431) 858222, 858333, Fax: (62-431) 858666 e-Mail: info@santika-manado.com (officialサイトはほとんど内容無し) (日本の旅行会社のページ)(フォートラベル/apple/みゅう) だいたいどこを見てもシングルで9000円、ツインで10000円くらい(一人ではなく、一部屋の価格)。予約サイトを通しても安くなっていないようなので、ホテルに直接予約を入れたほうが良いかもしれない。 もっとも、ここに来て海に行かない人は居ないだろう。ダイビングをするならパッケージの方がお得。3泊4ダイブ付で340$、4泊6ダイブで475$など。朝食バイキングと、昼食も料金に含まれている。 |
京都駅には思ったよりも早く20時には着いた。新幹線もまだ有るので、高速バスではなく新幹線で帰ることにした。20時5分発ののぞみは窓側、通路側とも満席だったので、20時15分発ののぞみの指定席を取った。
席についてからはウトウトとしていたが、21時過ぎにアナウンスで目を覚ます。「先ほど小田原駅付近で、下り列車が人との接触の衝撃により停車しております。現在、上下線で運転を見合わせており、この列車もまもなく停車いたします」変わった表現を使うなぁと思った。
列車は掛川駅の追い越し線で停車。隣にはこだまが止まっている。
21時半、車内放送「現在、警察の現場検証が続いており、運行再開にはかなりの時間を要すると思われます」。社内は静か。
kyoからちょうど携帯に着信が有ったので電話する。
22時16分。メール受信。事故は20時47分と知る。人と接触したのはのぞみということは小田原を通過する列車。つまり人をはねてもすぐには止まれないから、車体はかなりすすんでるはず(2kmすすんだとその後知る)。現場検証に時間がかかりそう...
22時18分車内放送。「先程の放送を訂正します。警察の現場検証は22時11分に始まりました。現場検証は1時間程度、そして安全確認にお時間をいただくことになると思われます」。隣のおじさん二人組が「じゃあ東京着くの11時過ぎるなぁ」と言っている。23時なんて今すぐ動いても無理だろ...みんな気づいてないのか?
車内販売の食べ物が無くなる(するめとかまぼこは有った)。
23時。ジュースを買いに行く。トイレが行列になってた。
23時40分頃(時間見るの忘れた)、安全確認がすんだという車内放送が有って数分後に動き出した。隣に止まっている先に到着していたこだまよりも早く動き出す。
小田原駅を徐行しながら通過。上りホームに新幹線が止まっており、前の席のグループの人達も隣の人も「あの新幹線だ」と話しているが実際は違うだろう。小田原駅で接触してから先に進んでいるわけだから、事故車両は今頃は三島あたりに有るはず(小田原の次の熱海駅は山裾で敷地が狭いので退避ホームが無いはずなので)。
新横浜到着24時半、3分の一程度の人が降りる。
品川到着前に車内放送。「現在、東京・品川とも在来線の営業はすべて終了しております。お客様が朝までお休みいただけるように休憩車両を東京駅に用意しております。どうぞお使いください」。車内に笑い声があちこちで起きる。恩着せがましい話し方だから??もう笑うしかない状況だから?
東京駅で列車が詰まっており、品川駅から東京駅まで20分程度時間がかかる。25時過ぎ東京駅到着。
(写真1)到着後のホーム。疲れて彷徨う乗客。
(写真2)払戻窓口の行列。東京駅から帰る人はここで特急料金分のみ払戻してもらう。東京駅乗換の指定券を持っていた人達の替わりの列車の手配など。
(写真3)駅のあちこちで、駅員などと相談・交渉している。収拾つかないので在来線との乗換え改札を閉鎖して乗客を新幹線エリアにまとめる。応援のJR職員がかなり来ているようだ。
遅延印を切符に押してもらい、改札を一度出てみる。
(写真4)タクシーはすごい行列。少なくとも1時間待ちと。タクシーの応援呼んでいるが時刻が時刻だけにどうなるか分からないようだ。交番の警官も眺めている。近くのホテルはすべて満室だろう。
19番線の休憩用新幹線。ニュースなどで言われるいわゆる「列車ホテル」。好きな席で休んで良い...のだからグリーン席に行けばよかった。普通席に荷物を置き席を確保しておいてから気付いたのだが遅かった。
(写真) グリーン席の様子。
2時を過ぎてもまだまだ新幹線が到着してくる。列車ホテルは2編成(16番線と19番線)用意するとのことだったが、結局4編成(64両)になる。
4時半、周りの人が動いているので目覚める。
(写真) 在来線の乗継改札で払戻印を押してもらう。最終目的地の駅で、特急料金分の払戻を受けるため。
5時1分発、成田空港行の快速で千葉へ。
千葉駅改札で5240円の返金を受ける。定価で購入したのではない回数券だったが、払戻を受けることは出来た。まぁそうしないと客は怒るよな...
高速バスにしたら良かった。いや、貴重な体験が出来てよかった。
この夜、東京駅で泊まった人は2620人。「列車ホテル」は名古屋駅と新大阪駅にも用意され、被害者は3万人とのこと。ってことは日本人の4000人に一人はこの時間に東海道新幹線に乗ってることになる...すごい。
自殺をしたのはJR東海の社員とのこと。
運転再開を待っている間、みな(自分も含めて)はいつ動くかということを考えていた。マスコミの報道なども。その人がここで死ぬまでの人生について考え、思いをめぐらす人は少ない。鉄道自殺は注目度は高いが、その死について哀れみを受けることは少ない。どうせ死ぬなら他の方法で...いや、だから鉄道自殺なのか。
ハルピンでは駅前に有る龍門賓館に宿泊。
ここは1945年まで(満州国時代は)満州鉄道(満鉄)直営の「ヤマトホテル」だった。
ヤマトホテルは日本の傀儡国家、満州国のコロニアルホテル。
大連、新京(長春)、奉天、ハルピンに有った。
日本人の支配者層、外国人が主に滞在したホテルだ。
龍門賓館の貴賓楼の部分は当時のままの建物で、
そこに出来れば泊まりたかったのだが前知識が無く、
「一番安い部屋で良い」と言ってしまったばかりに新館の部屋になった。
定価580元を390元で。180元のトイレ無部屋も有るが中国人民用とのこと。
13階の客室からはハルピン駅の構内が見下ろせて見晴らしは良かった
(このハルピン駅では18年、伊藤博文が暗殺されている)。
ホテルのサービスはまぁ良い。高級感というほどではないのだが。
フロントですら僕程度の英語力(=最低限)しかないのだが、親切だ。
黒河への航空券を頼んだらちゃんと買っておいてくれた(手数料無料、結局チップも払わず)。
貴賓楼の部分は“さすが”だ。
もともとこのホテルは満鉄が建てたのではなく、帝政ロシア時代に建てられたもの。 列強が清を事実上の植民地にしていた時代、威勢を示すために建てただけあって立派だ。
年号がはめられた入口。ドアマンに、木の回転ドアを押してもらい中に入る。
フロントの前のロビー。
暖炉(今は使われていない)の前のソファーに座ってみる。
絨毯の引かれた廊下、すりへった手すりの階段、大きなシャンデリアの食堂(何室か有る)。
問題は現在の中国人の美意識がちょっと...ということだが。変な装飾や看板をわざわざ付け足したりしている。
古いというだけでない。
政治家、財閥、軍人など著名人が泊まったことというのも歴史好きには堪らないのだが、ここハルピンのヤマトホテルならではの事件が有っただろうことに思いを馳せると楽しい。
ハルピンは満州の北部、外国人が多く住んでいた都市。
日本と国民党、ロシア、アメリカなどの列強諸国、それぞれの勢力の間を彷徨う軍閥との地下交渉が行われた町だ。
秘密の保てる、日本の国家権力に守られたこのホテルで、記録には残っていない様々な事件、交渉が起こったであろうことは容易に推測される。
ハルピンにも現在は外資系のホテルが進出している。
そっちの方がここよりもずっと高級で、実際サービスも洗練されているのだが、
せっかくハルピンに来たのだったら、最初の夜にはこの龍門賓館がおすすめ。
ソウル3泊目は大元旅館(テゥォンリョグゥァン)。
95年に2回と98年に泊まって以来だ。
ソウル一、韓国一の中心地にありながら格安のパッカー宿だ。値段も変わっていなかった。ドミ15000W、個室20000W。
シーズンオフで泊まっていたのはほとんどが長期、いや住み着いている人で10人くらいか。8割くらいは日本人だ。今回は個室に泊まる。旅行者は強く希望を言わない限り、自動的に個室を割り当てられるようになっていた。個室と言っても2畳だけだが。冬に泊まるのは初めて。オンドルで暖かかった。
宿泊客は
●滞在2週間目でスケート場でバイト中20代男性(ソウルで3日続けてスケート場に行ったら向こうからバイトしないかと言われたらしい)。
●半年滞在、焼肉屋裏方バイト20代男性(言葉出来ないが韓国人の中で一人で働く)
●会社辞めて1年間語学留学30代男性(泊まってない。遊びに来てた)
●ロンドン大出て今春就職予定だが独立志望20代男性。
●悠々自適50代男性。年金貰える様になったら海外移住計画
●もう一人60代自営男性。楽しく旅行中
みんな個性があって面白い。久しぶりに日本人宿に来たかいが有る。こういう所に来たら時間がいつの間にか過ぎる。特に意識しなくても世界中の情報が集まる。何かおもろいアイデアはこういう所で産まれるのだ。
ところで再開発されるから取り壊されるという話、いつなんでしょう?何年も前から耳にするけど。今回もまことしやかに今年の春に壊されると言う話が出ていて面白かった。
























