なんか最近良く会っている様な気のする、まにやな人達と食事。
今回は夜景の見えるレストラン。
キリンさんいつも提供ありがとう!
あなたに逃げられると僕の生活は崩壊します。


本来は「料理はお任せのコース」なのだが、以前食べて美味しかった料理をもう一度食べたいと予約の際に店に伝える。正確な料理名が分からなかったのだが、ちゃんと対応してくれていた。(もちろんアラカルトでオーダーできる店だが、今回はコースの招待券だったので)


日本語では「白身魚のワイン蒸し」でしかないのだが、プロが創ったというのが分かる味。ネットで検索するとたくさんヒットするのだが、どれも今日食べたものとは違う。似てはいるが。卵黄を使うというがポイントのようだが...


ギャルソンの対応に感心する。こちらから話しかけないと放置気味だったのだが...。離れた席にいる外人達に負けないように騒いでいたからだろうか(笑)。
料理の知識だけでなく、フランスのことなども把握していないと出来ない対応だった。ギャルソンは接客であって調理しているわけでないが、ちゃんと勉強していることが分かったので。客側にも知識が有ればもっと楽しめる、例えばメニューに無い調理法にも対応してもらえること。いや、わがままを伝えるのでなく、その店の得意とするものを知り、旬なども考慮して注文するともっと良くなると言うか。


&ワインのことなど勉強してる人が多く、感心する。
自分もそういう年齢になったんだなぁ...知識が有ると確かに得をする。



一緒に行った人達が、美味しそうに食べるのが気持ち良かった。
その対応(美味しそうにいただく)も大人の対応なんだなぁ...と。

8月9日はパクチーの日。

Paxi House Tokyo でパーティ。
今回は会った事の無い人が半分以上いて、パクチーが社会に認知(?)されてきていることを感じる。いつものイエメンの人も数人参加、狂会の古参メンバーとも趣味がかぶると思うのだが...

酒が飲み放題だからか、いつの間にかみんな乱れてる。
もう自分は(昔々と違い)酔いつぶれることが無いのが悔しい。

最終電車に間に合うも、途中でどうしてもトイレに行きたくなり下車。結局津田沼駅で足が無くなる。津田沼駅を出て、相乗り白タクの客引きに交渉するも、千葉駅まで4000円と、絶妙な価格(タクシーだと6000円ほど)なので断る。
ネットカフェ3件とも満席。ファミレスで4時間はきついし...
こうなったら歩いて帰るぞと意気込むも、面倒になり結局、またタクシーで帰宅。
「お客さん、変わったところ歩いてましたよね」と聞かれ、歩いて千葉まで帰ろうとしていたと答えたら、そんな人見た事無いと驚かれる。

運転手が昔、バイクで事故に遭い左手が不全と言う話を聞き、自分の自転車事故の話をしたりする。

あぁこんなことならPaxiで朝まで飲んでたら良かった。

7月27日

どてちんを初めて見たのは(見ただけ)、2002年のフジヤマンボで富士山頂だった。初めての富士登山で疲れていたところ、ふんどしになって走りまわっている人達が居た。
なぜ富士山頂で褌なのか良く分からなかったが聞いてみると、褌で津軽海峡を本州から北海道に"泳いで"渡ったのだという。自分では出来ないことだけに驚くと言うか呆れると言うか、近づき難いグループに感じたのを覚えている。

そのどてちんはその後も、北海道縦断マラソンや24時間マラソン(150kmくらい走れるらしい)など、話を聞いているだけで楽しいことを次々しているのだが、よりすごいのは、会社員をしながら初心者向けのマラソン塾(サークル)を主宰していることだ。

その練習会に初めて参加した。何度も飲み会などには参加しているのだが、練習会は意外なことに初めて。どてちんが会社を辞めて岡山に引越することになり、東京での練習会は当分行われない。最後に間に合ってよかった。

マラソンの練習会とは言ってもこの日は久しぶりの練習会とのことで、駒沢オリンピック公園を5km走るだけ。自分でも付いて行けたので良かった(運動の出来ない自分でも参加していると言うことで"初心者向け"であることが分かる)。

どてちんは"熱い人"と称えるよりは、他の人のことを考慮する"温かい人"と言う方が似合っている。だがまわりの人間は、どてちん自身が楽しむ"おれおれ"(たまにそう変身する)の方も楽しみにしている。何年後になるのか分からないが、岡山に移って次に何をやってくれるのかが楽しみだ。

北京五輪の開会式。規模の大きさに素直に驚く。
光る太鼓(?)、巻物を模した舞台、一演技ごとに千人単位の人が出演する壮大さ、緻密さには批判の余地が無い。参加者人数が多く、2時間も延々と続く選手の入場行進は冗長、退屈にも感じたが、それぞれの国の事情やそれぞれの思いを馳せていると、いつの間にか200ヶ国の入場は終わっていた。意外な国が大きな声援を受けていたりして面白い。中国人の好き嫌いが分かる。

今から44年前、東京オリンピックが開催された。同時に新幹線が開業、そして大阪万博開催、日本は多少の浮き沈みはしながらも着々と発展した。
今回も北京五輪の後には、上海万博が控えている。先月、北京-天津間の新幹線が開業、これから続々と高速鉄道が開業する。これから中国は日本と同じ道を進むのだろうか(違う道を歩むのか)。


その開会式が行われている同じ時刻に昨日、ロシアとグルジアが交戦状態に入った。宣戦布告は無いが両国とも「戦争状態」に入ったことを認めている。ちょうど3ヶ月前にこのブログに書いたことがやはり悪い事態の方に動いている。http://www.nakanishi-keiichi.com/blog/2008/05/post-51.html

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44年前、東京五輪の開会式に合わせ、同じ日に中国はなんと中国初の核実験を行った。中国は東京オリンピックには参加していない。その後、中国の長い停滞は続いた。

歴史は繰り返すのか。愚かな歴史も栄光の歴史も。
中国は日本を意識している。日本の良い所を取り入れ、より良い国にしようとしている。
ロシアは気付かないのか、学習しないのか。戦争は国の成長を止めてしまうことに。

一年に2回訪れる繁忙期。やっと波が去って仕事が落ち着く。
この2週間、平日で昼食を食べれたのは何日有るか...
24時より早く帰ったのは...
いや、合間にしょっちゅうmixiで他の日記とか読んでたりしてるけど(笑

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人を増やすなど、早く何らかの対応しておかなければいけなかったのだろうが、忙しい時期は限られるしなかなか難しい。零細業者は、固定費用が増えるのが怖い。
ただ、忙しいと言ってもルーチンワークには違いない。突発的に量が増えるだけで、突発的な内容の仕事が来るわけではない。対応できる人材を用意していない方が問題だ。


...と言うことで3年ぶりに求人広告を出す。現在居る従業員は大学生アルバイト3人。3人とも来年卒業してしまうので、今から何とかしなくては(有り難い事に、うちは一旦働きはじめた人は意外と長続きする)。それに、新しく始めた旅行業の方に全然手が回らないので。

今回はアルバイト雑誌に掲載、募集広告の文面や採用条件は変わっていないのだが、応募者の年齢層が高め。30歳代が多い。人口分布が変わってきたのだろうか。昔は応募者の平均は20歳くらいだった。

応募者数は15人ほど。この忙しい時期に全員に会うわけにもいかず、ほとんどの人を電話応対の時点で切る。まぁいろんな人が来る。詳しく書けないが。以前なら十分採用となる人も居るが、如何せん無理。
プログラマとして一人、事務で2人(片方がすぐ辞めたりした時の為に)の合計3人を採る。プログラマ(Sさん)はこれまでもWEBプロデューサーやパソコン講師などの実務経験有るし、事務の2人(Aさん、Bさん)も航空会社や旅行会社で働いている。みな実務経験有るし、今回は水準高く期待している。今までにないことだ(笑。

心配と言えば、売上の増加は保証されていないのに、固定費(人件費)は大幅に増えること、そして僕が一番頼りないことだろう...

いや、Sさんの的を得た質問、空いた時間にAさんが国際線のタリフ(価格設定表)を興味津々で読んでるのを見ると疲れが吹き飛ぶ。これからうまくいきますように。
...早速来週は夏休みなのだが...

週末に予定が入っていない場合は自転車に乗りに行くようにはしているのだが、九州にまで進むと、行程を合わせたりするのもなかなか難しい。

先週の3連休、九州に放置したままの自転車に久しぶりに乗りに行く。
今回は佐賀県の有田から島原、天草を経て鹿児島県に入ることが出来た。今回も風光明媚な箇所多く、食事も良かった。千葉を出発してから実走行距離も2000km(今回の走行は230km)を越えて、調子が出てきた感有り。

日焼止めを頻繁に塗るが、汗ですぐ流れる。3日で顔腕足は真っ黒に。熱中症/日射病が心配。夏はきつい。
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【7月18日/金】
夜の便で成田から福岡へ。博多駅前のネットカフェ泊。カプセルホテルより安いが席の争奪戦激しい。今回は個室を確保。

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【7月19日/土】 有田(佐賀県)~早岐(長崎県)~大村~諫早~島原
有田駅駐輪場。前回から2ヶ月間撤去されずにそのまま。空気が完全に抜けている。早朝の田舎町を自転車屋探し彷徨う。チェーンが錆び付いていてどうしようか迷うが、走っているうちにいつの間にか錆が落ちる。数十kmにわたってこすり続けるのだから当然か。

早岐で朝食にちゃんぽん。大村湾沿いに風景楽しみながら南下するも、高低差多く苦労する。島原半島は東岸を諫早湾沿いに走行。
島原の街中の温泉宿に宿泊。古い旅館でお世辞にもきれいとは言えないが、安くて食事が良い。自転車旅の中で最も豪華な夕食。ふぐに蟹に...ボリュームたっぷり。おこぜの活け造り、骨だけになってもまだ皿の上で飛び跳ねてる!部屋食を良いことに延々と食べ続ける。

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【7月20日/日】島原(長崎県)~加津佐-(船)-鬼池(熊本県)-下田温泉

前回の島原旅行で観れなかった災害記念館を見学。
原城は前回訪問したので通過、加津佐からは船に乗り、天草の鬼池港へ。
鬼池からは天草西岸を下田温泉まで。距離は多いが眺めの良いルートをとる。宿は前回訪れた時とは違う温泉民宿。またも豪華な夕食。焼酎につぶれる。

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【7月21日/月祝】 下田(熊本県)~牛深~長島(鹿児島県)~阿久根~川内
東シナ海を横手に高浜まで山道。高低さ大きく苦労する。

大江、崎津の静かな漁村、日本史に与えた大きな影響を偲ぶ。前回訪ねた大江天主堂は今回は寄らず、崎津の天草コレジョへ。小さな資料館だが展示物(グーテンベルグ活版印刷機、天草本など)良い。学芸員が丁寧に解説する。天正使節団のビデオ、普通の人にとっては何と言うことも無い物かも知れないが、自分にとってはあの旅を思い出し感慨深い。中浦ジュリアンが処刑される時に言った最後の言葉「私はローマを見た」に感動する。(江戸時代初期に九州の寒村の一少年が数年かけてヨーロッパに出向き、ローマ法王に謁見しているというすごさ!村から出ることすら滅多に無い他の人に、そのすごさが伝えられるだろうか??)

 

牛深でフェリーの待ち時間に昼食「シイラの照焼き丼」。牛深よりフェリーで鹿児島県の長島に。想像以上に大きな島で、また延々と坂道が続き苦労する。「しろくま」を何個食べただろうか...これだけ走っているのに痩せないのはこれが原因か。

長島より黒之瀬戸大橋を渡り阿久根に。橋の長さは500m、高さは数十m有る。怖い。手すりを持つ手が震え、壁に張り付いて歩いたせいで足に擦り傷、皮がめくれる。帰宅後、この瀬戸は日本三大急潮の一つだということを知る。やはり。

阿久根駅付近で旅を終えるつもりだったが欲をだして(おれんじ鉄道の運賃が高かったこともある)、川内まで、夜道を進む。川内駅前のビジネスホテル(温泉)にて旅を終える。
夕食はスーパーで「鳥の刺身、たたき5種盛」を買い、部屋で食べる。

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【7月22日】
朝の便で鹿児島空港から羽田へ戻る。そのまま仕事。

まとめて書くのもどうかとは思うが、この2ヶ月に大物(?)の結婚式が続いたので。
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【M上さん&Yさん】
有給消化XX日のスーパーSEのM上さんと、元ニュースキャスターのYさん。あ、これからは一般人なんですよね?
東郷神社での和気藹々とした結婚式、披露宴。僕が今まで参加した中で最も参加者が多かったように思う二次会。そしていつものメンバーでのハワイでの結婚式。もう慣れたもんだ?

「ベタなのが良いんだよ」ということで、ハワイ旅行(ほとんどの人がハワイ初めてというのが笑った)。ハワイのコーディネーターも、日本からこんなに"知人"の参列が多い式は珍しいと驚いていた。

僕もこういう機会が無いとハワイには行けない...と思っていたが、過ごし易い気候は良い。日本人の多いワイキキを外して、また行きたいと思った。今度はオアフなら自転車で一周かな。
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【植松良枝さん&Aさん】
料理研究家の植松さんと、酒造メーカーのAさん。どんな食事が出るのだろうか、ワクワクして披露宴に。6月の日曜日、ミッドタウンの屋上のイタリアン、テラスレストラン。天気が崩れたらどうなるのかと勝手に心配するも全くの杞憂、晴れわたった空、非常に気持ち良い。 植松さんのこれまでの活動、Wさんのことなど初めて知ることも多く楽しめた。(Aさんとはこれまで一度会ったことが有るだけだったので)

2次会でも、見た目も美味しそうな料理の数々...パーティで食べ過ぎたせいで、全く食べれず。本当に全く食べれず。本当にくやしい。

植松さんと関係ないのだが、この日はM上さんとよく話す。普段の食生活、マメさに驚く。"料理をする男"は、これが普通なのだろうか...男の一人暮らしでミョウガは常備しないと思うのだが...

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【HIRO&クリステル】
国際派&知日派の結婚式。平日にエストニアで行われたので参加出来ず。エストニアの森の中の屋敷で行われたパーティには世界中から集まった友人が集まり、非常に盛況だったという。

スペイン語を使う山形県人と、日本語を話すエストニア人の二人は普段何語で会話しているのだろう。中米やアフリカを舞台に働く行動力あふれる彼と、(日本の)能の研究をする彼女はどこを本拠にこれから活躍していくのだろう。目が離せない。

活発な性格の彼は、周囲への気遣いを忘れない。豪快な雰囲気、世界を舞台にする動く彼は、日本の旧い社会とのずれを感じ、しかし期待に応えたいという思いに憂えている様に感じるのだが...(本人はそんなこと一言も言わない。勝手な感想です。違ってても怒らないで。ただ、みんな"何か"をしそうな彼を注目している)
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昨日絵葉書が知人から届いた。絵葉書をもらうのはたぶん数ヶ月ぶり。
学生時代は長期休暇に入るとあちことから絵葉書が届いたのだが、今は年に数枚だけ。絵葉書が来ることを予想していなかったこともあり、今回は特に嬉しかった。平凡なある日(?)、突然世界のどこかからやって来る便り...嬉しくないはずがない。


自分は旅に出ると絵葉書を書く。しかし最近は旅の回数が増えたからか、以前より新鮮さが減ったのか、絵葉書の量は減った。絵葉書を書くのにちょっと気合い(?)を入れなくなったのが残念だ。列車の移動中や待ち時間、食事が出てくるのを待っている間など、ちょっとした時間にはいつも絵葉書を書いていたものだが...

絵葉書の効用は大きい。人の距離を縮めてくれる。疎遠になった人に。忙しくて会えない人に。いや、普段毎日顔を合わせている人にも。
滅多に会わないのに、いや旅で一度会っただけなのに絵葉書を交換し合う人が昔は何人か居たのだが...

内容は難しく考えることはない。
海外に限らず、日常とは違う空間にいる感想を。その日の出来事、驚き、楽しかったこと。考えるのが面倒なときは、その日の食事のメニューでも。その日の買い物の内容でも。
いや、旅とは全然関係の無い日常の話題でも良いのだ。旅先から届いただけで受け取る人は喜んでくれるだろう(たぶん)。年賀状とは違って、一年中いつ差し出しても良いのだ。(そう言えば昔は年賀状を海外から出す人居たなぁ)


絵葉書が届かないのは、きっと絵葉書を書かなくなったからだ。絵葉書は書くとなぜか相手も旅に出て、絵葉書を書いてくれる。旅を始めてから今まで、自分が受け取った絵葉書の束(ファイル3冊になる)は、旅の記憶が詰まった宝物だ。自分がした旅でなくとも。


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いや、届かなくなったのは知人と住所の交換をしなくなったからか。仕事で名刺もらうことは多いが...

航空券を買ったお客様からモスクワから国際電話(弊社はまだ、国際線航空券は知人にしか売らないという臆病な会社だ=今回のお客様ももちろん知人だ)。電話の内容は、接続の飛行機が4時間遅れになり、モスクワでの乗換待ちが14時間になってしまった。何か良いアイデアは無いかいうもの。

食事のサービスも...モスクワ空港だし期待薄。待ってもらうしかない。(先月の広州での遅れのときは「水」が無料でもらえた)


で、「航空機遅延補償」の保険について調べてみた。
まずクレジットカードに無料付随の旅行保険では、一般カードでもゴールドでも「遅延補償」「手荷物遅延」も見当たらなかった。プラチナカードですら「補償金上限は2万円」。やはりそれだけよく発生するのだろう。どこか無料付随のカードを知っている方教えてください。どこかには有ると思うのだが...



有料保険ではさすがにどこも(東京海上でもAIUでも損保ジャパンでも)取り扱っていた。ただ自由加入プランでもどうやら「傷害」か「疾病」と組合さねばならないらしい。障害や疾病はクレジッカードに付いているからあまり必要としないのだが...(受取補償金を増やしたい人にとっては良い制度だ)。

保険の中身だが、「航空機遅延補償」の保険料は100円弱。これで航空機が6時間以上遅れた際に発生した「交通費・宿泊費・通信費その他費用の実費が上限2万円まで」もらえる。

「寄託手荷物遅延補償」も保険料は100円弱で、航空会社に預けた荷物が「6時間以内に受取出来なかった場合にかかった身の回りの品、購入した衣類の実費が上限10万円まで」もらえる。


うーん、6時間遅れは経験したことは有るが滅多に無いしなぁ...ただ200回旅行したら1回は起こっている。もしかしたらお得なのか??(掛け金100円で20000円もらえるという事は)。

荷物も違う空港に運ばれた人を知っている...入った方が良いのかも。ただどちらもネックは1回の保険の掛け金は1000円からということ。旅行の度に1000円の保険料を払うのは少し考えてしまう。いや、旅行業の立場で言わせてもらうと「入らなきゃダメですよ」なのだが。




ところで最近見かけるのが「テロ等対応費用担保特約」。下記事由により遅延した場合に「交通費」「宿泊費」「通信費」が上限10万円もらえるというもの。

*被保険者が搭乗又は搭乗予定の交通機関、又は入場施設に対する第三者による不法な支配、または公権力による拘束
*被保険者に対する公権力による拘束

なんだこれ、この前の中国旅行 ( http://www.nakanishi-keiichi.com/blog/2008/03/vol1.html )で僕が体験したことそのまんまではないか。結局あの時は往路でも復路でも1日づつ遅れ。全額自己負担。電話代だけでも数千円かかったというのに。保険料はなんと10円。入っておけばよかった...

6/30迄有効のソウル行と釜山行(どちらも往路片道だけというのがミソ)の記名済航空券が有ったので週末使おうと思ってたが、先週の沖縄で疲れたので放棄。勿体無いが仕方ない。

...ということも有り、週末は何も予定無し。会う人も無し。土曜朝は庭の草刈。こんな時にしか出来ない。スーパーで買い物。深夜以外で来るの何日ぶりだろう。鮎3匹買って塩焼きにする。


日曜日、京成の切符と映画券(どちらも6/30迄有効)が余っていたので上野まで行き一人で映画。変更手続きしなければいけないJR券も沢山有ったからちょうど良い。千葉であまり面倒な仕事をさせて嫌われたくはない。


僕の彼女はサイボーグ」。前田氏が気になるコメントを書いていたので。
日本で撮影/制作/公開、出演者は全員日本人、歌もMISIAというのに、監督が韓国人というだけで見事に韓国映画になっていた(笑)。ストーリーは未来からやってきたサイボーグの彼女が駄目男を救うという、文章で書いてもさっぱり意味不明な真実味に欠けるものなのだが、なかなか良い。最後の15分のいきなり展開、転回するストーリーがすごい。うまく出来ている。よくあの話を兵庫県で撮ったなぁと感心した..



労働基準監督署から労働保険(雇用保険ではない)の催促が来てたので、月曜日行かなくては(本当は5月末迄)。ついでに源泉徴収税。税務署から電話くる前に。早く人雇わなくてはなぁ...

【6月2日 CI684便(中華航空)  ハノイ(ベトナム)~台北(台湾)】

僕が席に来たときは既に2人は席に着いていた。自分の席は窓側のA席。BC席の二人に一度通路に出てもらって、席に着く。その時は会釈しただけだった。アメリカ人観光客といった感じの老夫婦(又は親子?)。

スチュワーデスに機内食の飲み物のオーダーを聞かれた際に僕は「Chinese Tea」と答えた。英語で聞かれたということは僕は「台湾人ではない」ことをスチュワーデスが思ったということだ。中華航空ということも有り乗客のほとんどは、ベトナムから帰国する台湾人の観光客とビジネスマンだ。他の東洋人系の乗客には中国語で話しかけている。

スチュワーデスに「今はお茶は用意してない。食事を配り終えてから持ってくるので今は
ジュースかビールではダメか?(英語)」と言われ、「じゃあオレンジジュースを」と答えた僕に、隣のおばさんが「あら?英語が分かるの?」と話しかけてきた。「いや残念ながら。日本人です」と応える。

そこから話をするようになった。いや、隣の二人は黙っているのは耐えられんといった感じで。僕にも分かるよう分かりやすい英語で話しかけてくれる。1ヶ月のベトナム旅行から帰国するところであること、ベトナム人は親切で、食事はいつも美味しかったことを。

ベトナムに1ヶ月も?と僕はその期間の長さに驚いたのだが、2人は僕が驚いたのは「白人である2人がベトナムに馴染んでいた」ことに驚いていると映ったらしい。
今の話に誇張は無く、本当にアジアが好きなことを説明してくれる。「ほら、料理の本も買ったのよ。帰国後も家でもつくりたいから」。僕は仏教徒とかと聞かれ「えぇまぁそうですがクリスマスも祝いますよ(笑)」と応えると、「あぁそうよね。知ってますよ。私達も仏教徒ですから」と言われる。え?本当なのか、笑うところなんだろうか。

ベトナムでの旅の話、アジアの料理の話などをしていると、台北への2時間の短いフライトはあっと言う間。結論は「アメリカの自宅でアジアの料理を作るのは難易度高い、ロスにでも食べに行ったほうが良い」ということになったのだが...
(僕のつたない英語力に二人とも合わしてくれていたので楽だった)


名刺を出され「アメリカに来たら、サンディエゴに来なさい。一年中暑くも寒くもない良いところだから。」とおきまりのセリフ。名刺に書かれている会社名は聞いたことの無い会社。肩書きは[PHYSICAL CHEMIST]。物理化学者?何の会社なのか尋ねた僕に「ロケッツの会社だと」人のよさそうな恰幅の良い男の人が答えた。「ロケッツ?」 「そうだよ。ロケッツ。あぁエアクラフトもやってるけどね。ロケッツだよ。ズドドドーン(とロケットの打ち上げの真似)」。


台北で別れる時に、両手を合わせてグッバイと言う二人を見て、慌てて手を合わせてお辞儀をして挨拶する僕。面白い人と出会ったのかもしれない。からかわれてたのだろうか?

 

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帰国後ネットでみたら、まさしく「航空機・ロケットの設計、製造」の会社。...プロジェクトリストには[B2 MODEL]なんてものも有り、載っている画像はまさしくステルス型。と言うか調べるとホリエモンも羨む民間宇宙船計画やってたり。いや既に民間初の有人宇宙飛行もやっている...いろんな会社が有るんだな。

【5月28日 JO075便(JALWAYS) コナ発 ホノルル経由 成田行】

機内に入ると日本だった。ハワイがいくら日本っぽいと言っても、日本とは違う。
スチュワーデスがタイ人とは言え、やはり日本の航空会社は日本の雰囲気が有る。

飛び立ってすぐに右手に、前日行った真珠湾。海を渡ってカウアイ島、ニイハウ島も。雲少なくはっきり見える。隣の席からイヤホンの使い方を聞かれる。50くらいのおばさん。「お一人ですか?」と聞くと「え、こんなおばさんでごめんなさいね。若い女の子の方が楽しんじゃないの?お一人でハワイに?」と笑われる。いや、特にそういうつもりで声をかけたのではないのですが。

 

今回は知人の結婚式にハワイに来たのだと答えると、おばさんの一人娘も結婚してハワイに住んでいると言う。子供が生まれたのでしばらくハワイで付き添っていたとのこと。結婚相手はニカラグア人だという。へぇそれは珍しいと頷く。
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夫のニカラグア人は、ドイツ移民の父とニカラグア人の母との間でニカラグアで生まれ、アメリカのソルトレイクシティに家族で移民し、成人し今はハワイで働いていると言う。そのハワイで二人は知り合い、家を購入して、今年二人目の子供が生まれた。おばさんも今は日本より娘の居るハワイで暮らす時間の方が長くなってきたが、日本での用事も有り年2・3回ハワイと日本を往復していると話してくれた。
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さすがアメリカ、mixtureされた文化を驚く。夫の父もドイツ人というけど、ドイツ人とスペイン人のハーフだという。どういう経緯でドイツからニカラグアに来たのだろう...おばさんも「そうなのよ」と話を進める。2年前その夫の母方の祖母(つまりニカラグア人だ)の誕生日パーティにみんなでニカラグアに行ったという。その時は親族だけで100人以上集まり、何が何だか分からず面白かったと言う。東洋人は自分達だけで歓迎されたという。

 

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自分は今回ハワイに初めて行った。そこはアメリカ。住民の何割かは東洋系。人種別にすると一番多いのは白人ではなく日系人だと言う。どんなことも「アメリカでは」とひとくくり出来ないのを実感できた。いや、それが「アメリカ」なのかもしれないが。

ハノイへ行く。出発2週間前に手配するも特典航空券では直行便取れず。
往路は「成田~広州乗換~南寧」中国南方航空。南寧から陸路ハノイへ。
復路は「ハノイ~台北1泊~成田」中華航空。
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5月30日(金)

夕方、成田発広州行、中国南方航空。最近の旅の出発は、金曜夜便ばかり。

沖縄周辺の気流悪いそうで、五島福江-上海-南昌ルートで飛行するので、到着約1時間遅れ。次の乗換の広州発南寧行に間に合うかと心配しながらも、がらがらの機内で横になって眠る。だが、広州で乗換の南寧行の便は4時間遅れだった(笑。

広州発深夜12時40分発。こんな時間に飛び立って大丈夫かと心配するも、南寧空港到着は深夜2時。24時間空港なんだろうか。真っ暗の空港には市内行のミニバス(15元)が1台待っていてくれた。預け荷物が無いから乗れたけど...後の人たちはみんなどうしたのだろうか...タクシーも居ないし。
バスの到着地の前にあったホテルに泊まる。80元。設備も整っているし喜ぶも、翌朝、周りには40元とか60元の宿がたくさん有るのに気付く。やられた(騙されたわけではないが)。

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5月31日(土)

バスターミナルでちょうど「越南・海防」と書いたバスが有った。「海防」は「ハイフォン」のことだと気付き、中越国境の友誼関まで切符を買う。 凭祥(ピンシャン)の街で弁当(バス代に含まれる)休憩。闇両替屋家族と会話。友誼関で国境越え。自分だけかなり詳しく調べられる(カバンの中の本の内容まで)。

*ハイフォン行は一日一便のみ。非常に運が良かったっぽい。

バスの車両は国境を越えない。乗客はベトナム側のバスに乗換、自分は最寄のドンダンまでタクシー(20000ドン=150円)。さすがベトナムは安いなと思ったら、街までは1kmくらい、歩いてでも行ける。やられた。

ドンダン到着後すぐに、ハノイ行の個人経営(?)のミニバスを見つける。80000ドン(550円)。ハノイ迄は4時間。距離の割には安いかと思いきや、歩き方には50000ドンくらいと書いてあった...やられた。


ハノイに入るといきなりの喧騒。サイゴンと比べていつも、「首都なのに田舎っぽい」と評価される街だが、田舎から来た自分にはお洒落な活気有る都市に見える。夕食はベトナム料理フルコース。満足。

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6月1日(日)

朝から一日、ハロン湾ツアーに参加。25ドル。ハロン湾までバスで片道4時間。英語ガイドを取って失敗。ハロン湾クルーズ、船内で昼食。海鮮料理を期待するも内容イマイチ。食事には食事内容、メンバー、店の雰囲気、サービスどれも重要だということを思い知らされる。
船は豪華でないものの、のんびりとした雰囲気は良い。出港時は天気悪かったが、次第に良くなる。デッキで昼寝が心地良い。
ハノイ到着は20時ごろ、ちょっと珍しい感じの料理を出すベトナム料理屋。居酒屋チック。雰囲気良い。地酒(?)で気分良くなるも、疲れが溜まっていたのか、ナイトマーケット見学は簡単に済ませて、宿にすぐ帰り一日終了。


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6月2日(月)
朝、空港でゆっくり過ごす。ハノイではベトナム語の出来るTさん一緒だったので快適だった。あっと言う間。

午後、台北着。
翌朝までの数時間、いったい何をすればよいのか。桃園空港からとりあえず台北駅までバス、ネットカフェで3時間過ごす。台北から高鉄(台湾高速鉄道)で桃園まで。20分、平日割引で110台湾元(400円)、非常に安い。日本の新幹線「はやて」とほぼ同型の車両。快適。高鉄桃園駅から、在来線の桃園駅まではバス30分。高鉄切符を見せると無料で利用できる。

結局桃園のホテルで深い眠り。台湾では一度も食事もせず。


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6月3日(火)
早朝に空港、朝食は機内食。昼に成田着。すぐに仕事場へ。

成田通関時に「一体どこに行ってたんですか?」と尋ねられる。先月のハワイと韓国と今回の中国/ベトナム/台湾のスタンプがごちゃ混ぜに押してあり、確かに時系列が読めない。ただ、もう咎められる割合は減った。何でだろう?


ほとんど移動で何をしてたんか良く分からんが、充実した週末だった。
ハノイの活気にのまれた。帰国して一日、雑用に終われて忙しいが変な気分。
土日にずっと仕事(?)してたので木曜日は一日休むことに。

Sさまと昼食。東京駅を見下ろす鉄板焼の店。
混んでいる。セレ部のおばちゃんたちばかりかと思いきや、外国人ビジネスマンなども。隣の席ではよい歳の男の人が、女の人に食事を奢っている。
たまにはこんなに優雅な時間の使い方をしたい。自分はこんな時間(11時半)に昼食をすることすら滅多に無いのに。いやこれはただ自分が朝起きるのが遅いからか。

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優雅に(?)1時間かけて食事してからSさまとは別れて、有楽町で映画。
「ハンティング・パーティ」 http://www.huntingparty.jp/index.html

おぉ懐かしい風景、ボスニアでハリウッド映画のロケをするとは...平和(?)になったもんだ。難しい社会派映画と思いきや、やはりアメリカ映画。日本でボスニア紛争に興味を持つ人がどれだけ居るのか分からんが...いや、そういう人の方が楽しめるかもしれない。ラストが強引な気がするが、わざとそうしてるのだろう。こうなってほしいと。

ところでサラエボは魅力的な街だ。映画にも出てくるモスリム地域のマーケットで、うす暗い店でケバブとウォッカ、なかなか情緒有った。 イワナ(日本人の男の子が大好きなおばさん)と会った人が居たら消息知りたい。また行く機会が有れば今度はホリデイインに泊まろうかな...

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更にもう一本映画。「最高の人生の見つけ方」
http://wwws.warnerbros.co.jp/bucketlist/

余命6ヶ月の二人の年寄りが、夢をかなえに世界漫遊の旅。この「夢」がさすがアメリカ人、分かりやすい。日本人だと少し違ったものになるような気がしたのだが、現実はこんなのかもしれない。

券が無かったら観に来てないだろうが、こういう映画もまぁたまには良いか。(機内で見た際に途中までしか見れなかったので気になっていたのがすっきりした。予想通りのラストだった)

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アメリカからKが一時帰国しているので、夜はpaxi houseに。会うのは3年ぶりらしい。結構会ってるんだな。肩書きは多少立派になっていると持ち上げようと思いきや、性格は全く変わっていなかったのであきらめる。
A君やK田君、O野君も来た。そういやみんな僕としか繋がってないのだが、アウトローな性格(職業は真っ当になったが)の者同士で気が合うのか、初対面っぽくなく楽しんでた。


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夜1時半千葉着、夜食デニーズ。
最終に乗り損ね帰れなくなったKは仕事場に置いて、自分は帰ろうと思ったが、一日サボるとメールが溜ってる...やはり眠れず一人で雑用仕事。
羽田で飛行機を降りた途端、寒さで身震いがした。みんな上着を着ている。アロハシャツ(ハワイで購入、沖縄では全く違和感なかったのだが)の僕は完全に浮いている。東京はこんなに寒かったか??

台風のせいで渡嘉敷からの船も、羽田への飛行機も揺れた。今日も朝から久しぶりの雨だ。ついていない。

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四川省で地震のニュース。重慶で死者、上海/北京でも体感したとのこと。上海と震源地との間は2400km離れている。同じ距離で日本で当てはめたら「稚内の地震で函館で死者、福岡でも感じた」くらい離れているのに。これが本当ならかなりの大地震、四川省ではかなりの死者が出ているはず。
まだ報道されていないが、震源地に近い所のほうがもっと被害が出ているはずなので。(阪神大震災の時も、地震の次の日の新聞見出しは「大阪で死者4人」だった。大阪で新聞配達してた僕はかなり違和感あった)


震源はチベット人自治区とのこと。先月の旅行でもめた成都空港は閉鎖。飛行機から見下ろしたあの地域はかなりの山岳地帯、これからテレビでは都市での被害状況が報道されるだろうが、都市から離れた農村のことはたぶん伝えられないだろう。

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今一番興味が有る国イエメンで邦人2人誘拐、無事釈放とのこと。以前から危険が指摘されていたマーリブでとはいえ、初の日本人被害。とうとう起ったかの感。イエメンの誘拐事件で出される要求は、「水道を造ってくれ、橋を架けてくれ」といった社会インフラを求めるものであることがほとんど。人質は誘拐されても客人扱いされる。切ない。


(注)昨年人質のスペイン人が殺害された。絶対安全というわけではない。首都サナアから陸路で出る場合は政府軍の許可が必要。危険地帯には護衛がつく。

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ミャンマーでのサイクロン被害、もう既に他のニュースに埋もれてきた感。100万人被災/3万人死亡とのことだが、報道規制(?)で詳細分からず。何万人なんて数字は実際にカウント出来るものではない。復興するにはどれくらいかかるのだろうか。


p.s. そう言えば、mixiの僕の顔写真はミャンマーで撮ったもの。山の方なのでたぶんあの村は大丈夫だろうが...

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自分が行ったところに次々と事件が起る(と言う程でもないか?)。ただ、すぐに自分は何か行動を起こすというわけではない。募金なども滅多にしない。不謹慎ととる人も居るかもしれないが、自分は「早く旅行に行けるようになってほしい」と思うだけだ。

ただ自分には、いや自分にこそ出来ることは、その地域の魅力を伝えることだと思っている。渡航出来る状態になった時は人に旅行を勧めることだと思っている。

旅をすることによって幸せを得られるのは旅をする人だけではない、来てもらった方も幸せを感じることが出来るのだ。もちろん金銭的な支援にもなる。


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p.p.s
チベット亡命政府も観光を推奨している。たとえ観光によって中国政府側に金銭的利益を与えることになっても、観光により得られる/与えられるプラスの影響の方が大きいのだ。
http://www.tibethouse.jp/travel/travel_to_Tibet.html

---以下引用文---
客観的情報を独占する中国にとって、自由観光事業が最も有効なチャレンジなのです。チベットへの個人の観光客(旅行家)の数が増せば増すほど、中国当局による観光客への行動制限や、現地チベット人との接触防止をより難しくさせるのです。情報に接していない観光客は、中国はチベットへの侵攻以来、チベット地域にプラス面のみをもたらして来た、と誤って信じ込んでしまうかも知れません。たとえ、団体旅行の一員であったとしても、準備を整えた好奇心の強い観光客は、チベットの現状について非常に貴重な情報を収集することが出来るでしょう。大勢の観光客がチベット人と接触することによって、中国の見かけだけのところを越えた、チベット世界における力強い洞察をもたらすことが出来るでしょう。

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