974第二次大戦の最近のブログ記事

インド独立の志士「朝子」
笠井 亮平
2016/3/25
白水社
赤い月〈上〉
赤い月〈下〉
なかにし礼
2001年4月
新潮社

著者の満州での幼少期に体験を下に書かれて私小説だが、主人公は母だ。 よくある「戦争の悲惨さ」だけを描いたものではない。著者の母の特異な過去をモチーフに、母の強さを描く。
潜行三千里」 辻政信
2010年1月20日
毎日ワンズ
原著;昭和25年 毎日新聞社
少女 ミーシャの旅
ホロコーストを逃れて3000マイル
ミーシャ・デフォンスカ/著
亀井よし子/訳
早川書房
1997年11月20日

ベルギーで親子で暮らしていた7歳の女の子。突然両親がナチスに捕まり、路頭に放り出される。自分はユダヤ人で、どうやら追われているという事に気付いた女の子は、一人で親を探す旅に出る。徒歩でドイツに向かうが、両親の生存は絶望的な事に徐々に気付く。
この本を有名にしたのは「狼と一緒に暮らした事」で、この話の権利をディズニーが買った事で世界的に知られるようになる。7歳の女の子が徒歩でドイツ・ポーランド・ウクライナ・ユーゴスラビアをこの時代に旅したと言うことがなかなか信じられないのだが...
帰還せず-
残留日本兵60年目の証言

青沼陽一郎
新潮社
2006年7月30日
ナチスから逃れたユダヤ人少女の上海日記
ウルスラ・ベーコン/著
和田まゆ子/訳
祥伝社/2007年11月18日

ドイツで裕福な暮らしをしていたユダヤ人一家。著者の父親がある日突然警察に連行された事から話が始る。
国外に行く事を条件に父親を引き取り、イタリアから上海行きの船に乗るためにドイツを出国。財産の国外持ち出しが出来ないために、持てる限りの日用品を持ち出発。次々とユダヤ人迫害の政策が出される中の移動、現金資産を海外に持ち出せない為に、莫大なお金で船のチケットを入手したので船の中では落ち着いた日々を過ごせたが、上海で船を下りた時点から始る過酷な生活は、読んでいてかなり興味深い。14歳の女の子が体験する様々な出来事。

当時の上海の様子の描写が、ヨーロッパ人少女の目で、飾らず書かれている。アメリカ・イギリス・ドイツ・日本・中国国民党・謎の団体など様々な権力の下で起こる様々な事件。他人事ではなく一少女に直接降りかかる災難を、父親の才覚・偶然に知り合う他の避難民・家族を世話する中国人召使(?)・ビジネスパートナー・闇組織の首領(?)・その愛人達など謎の中国人などに助けられて、又は自分の機転を利かせて乗り越えていく。

9年間の上海での亡命(無国籍になったので亡命すら出来ないのだが)生活の記録。彼女の日本人と中国人に対する描写が面白い。

部屋を借りるため、中国人の大家の部屋で賃貸契約書にサインをするのだが、その時に起こる想定外の事件(?)の箇所の描写が特に面白い。こんな事が有るのかと唸らされる。



ユダヤ人の悲劇、具体的な事件を自分の言葉で書いていて「アンネの日記」よりも興味深く読めた。

戦争が終わってから彼女はアメリカ国籍を取得し、上海で支えあった人達とアメリカで新生活を始めるのだが、このような人達がアメリカの繁栄を支えているのだと思うと、色々と考えさせられる。

著者の父親は避難民の立場で上海で事業を興す(さすがユダヤ人...)。そのおかげで家族は生き延びる事が出来たのだが、彼は上海での日々で何度か「まさかこんな事になるなら予め手を打っておいたらよかった。お金さえ予め海外の銀行に預けておけば...」と述べる。 現代の日本人がこのような境遇(無国籍になり避難民生活を送る)と言う事になる事は、可能性が全くないと言えるだろうか。また大地震が日本で起こり、大都市や原発が直接被害を受けたらもしや...と考えた。
オランダ兵士長崎被爆記
レネ・シェーファー/著
緒方靖夫/訳
草土文化/1983年7月25日

インドネシアで生まれ育ったオランダ人が、第2次世界大戦勃発を期に現地召集される。そこに攻めてきた日本人に捕らえられて、長崎に送られる。長崎で捕虜生活(造船所で働いていた)を送っていた彼の下に原子爆弾は落とされた。

オランダでは原爆の被害がほとんど知られていないことを憂えた著者の回想記。文章は平易で中高生向けだが、"知らない"人でも読みやすい。
上海時間旅行
―蘇る"オールド上海"の記憶

佐野眞一 他
山川出版社
2010年7月20日

山川が旅行ガイド(?)を出すとこうなるのか!といった感じ。さすが。
幕末の武士から芥川龍之介、李香蘭、記録の残っていない労働者まで、戦前の日本人を魅了した上海を、複数の日本人の視点から紹介する。

それにしても上海にはまだこんなに歴史遺産が残っているんだと驚く。これから数年でほとんど消えるような気もするけど。



*私と「上海」 上海育ちが語る我が青春の"オールド上海" 
*「筆紙をもってつくすべからず」幕末の志士も驚嘆した上海
*文士達の感性が捉えた「上海」の風貌
*[コラム]上海蟹は風流な食べ物 
*「中国のハリウッド」を疾走した川喜多長政と李香蘭 
*数々の日中人間ドラマを生んだサロン「内山書店」 
*[コラム]「上海」はどう描かれてきたか 
*日本海海戦を勝利に導いた 三井物産上海支店長「山本条太郎」一代記 
*それからの阿Qたち―2010年「在上海読書日録」より― 
*上海に行くなら"浴地"へどうぞ
*上海の夜と霧―『阿片王・里見甫』を振り返って 
*20世紀最大のスパイ事件「ゾルゲ」上海へ潜行す
*上海の夜に羽ばたいた悲劇の王女「川島芳子」 
*南進論の入り口は上海だった
*上海娯楽の象徴だった大世界
*私と「上海」 一家三代の上海百年物語
中国史の目撃者」毛沢東から鄧小平まで
ジョン・ロードリック/著、山田耕介/訳
1994年7月14日
TBSブリタニカ

"COVERING CHINA" by John Roderick

~ロドリックさん、あなたがドアを開けました。
1971年4月12日 周恩来

語学の才と機知を認められて、アメリカの諜報要員として徴兵された地方新聞記者青年。インドを経て重慶政府付として第二次世界大戦末期に四川省に向かう。戦後はAP通信特派員として中国共産党の取材に当たる。長征にも同行し、延安での中国共産党埋伏時代も経験した唯一の外国人記者となったために、毛沢東を始めとする革命第一世代と個人的な繋がりを持つ貴重な経験を得る。当時の描写部分がこの本で最も盛り上がる部分だ。
文化大革命時代は入国できなかったために、日本で中国の定点観測を行うのだが、文革前の経験が有る為に適切な判断をすることが出来ている。中国とアメリカが再び外交を結ぶきっかけとなるピンポン外交も同行するなど、非常に稀有な経験をしている。
89年の天安門事変での鄧小平の学生弾圧の判断について批難はしているが、鄧小平のその決断については予め予測していたようだ。

この本を読み、中国共産党のこれまでの経緯について評価はしなくてはいけない。毛沢東と鄧小平の業績はやはり大きい。ただ、彼(著者)も何度も悔しさ(?)を交えて書いているが、毛沢東と鄧小平の"変わり身"が残念でならない。
「日中戦争見聞記
-1939年のアジア-」


コリン・ロス著
金森誠也+安藤勉訳
1990年4月10日 新人物往来社
Colin Roβ "Das Neue Asien (NEW ASIA)" 1940Leipzig

オーストリア人(旅行中にオーストリアはドイツに併合されたので"ドイツ人"になる)の新聞記者の取材旅行記。

第二次世界大戦直前の、国際情勢が風雲急を遂げる時代。客観的な視点で書かれた"旅行記"で、非常に面白い。

中立国籍・日本の同盟国人(ドイツ人)・ヨーロッパ人、と立場を使い分けて旅をする。アメリカにも日本にも満州にも、共産党支配地域も、国民党支配地域も、イギリスやフランスの租界と移動する様は面白い。

旅のルートは、アメリカからの船で横浜で日本入国。東京・江ノ島を観光後、自らベンツを運転し広島へ。下関からフェリーに乗り釜山。ソウルを経て鉄道で満州国へ。鞍山、新京、開拓団入植地、ハルピン。外蒙古でモンゴル王の徳王と謁見後、日本軍占領下の華北へ。北京、天津、上海、香港と中国を鉄道などで縦断。車でハイフォン・ハノイへ。ハノイから民間航空機で昆明、中華民国(国民党政府)の首都の重慶へ、というもの。その後運城から成都に向かう途中で終わっている。

書ききれない多くのエピソード。
関東大震災で瓦礫の山になった横浜。出征兵士を送る賑やかな行列の後に来る、戦死した兵士の葬列。車で日本横断中の村々での様子。日本統治下の朝鮮。満蒙開拓団との対話。近代化が図られている途上の満州。日本とロシアの間で揺れ動くモンゴル。清が滅びた後の混沌とした北京。北京・天津・上海での欧米諸国の租界の様子。近未来に来襲する日本軍に怯える香港のイギリス人。日本軍戦闘機に襲われるフライト。空襲下の重慶での生活...

今となっては貴重な、多くの人との対話。
阿南陸軍大臣、星野満州国総務長官、満蒙開拓団、ハルピンの亡命ロシア人、徳王(モンゴルの王、日本軍の傀儡政府のお飾り)、華北進駐の日本軍兵士。重慶に住むのドイツ人(ドイツは日本の同盟国だが、中華民国に宣戦布告したわけではない)、中国国民党員などなど。

訪日前に彼は南北アメリカ、アフリカも旅をしている。他国と比較してのヨーロッパ人の率直な感想も興味深い。

大学時代に購入した本を再読。前回はそこまで深く読んでいないと思われる。読む者の、時代背景・現地情勢などに対する知識・経験によって、面白さが変わる本かもしれない。
ハル・ライシャワー
上坂冬子/著
講談社
1994年12月

現代史・ノンフィクションで有名な上坂冬子。駐日アメリカ大使に嫁いだ旧華族出身のハルの足取りを取材したもの。日本人の心を持ったアメリカ人に嫁いだ、アメリカ人の心を持った日本人。戦前にアメリカに留学、ニューヨークに暮らしていたハルの特異な人生を記している。"ハル"は福井のまきんちょと似ていると感じた。

三つの祖国」ほどには驚きは無かったのだが、日米親善に尽くした二人のことを知れたのは良い。

この本の主題とずれるが、明治学院大学やライシャワー邸を建てた繋がりで、ヴォーリス(彼も日本人、それも華族と結婚している)のこと、戦争時にアメリカのスパイの疑いをかけられての暮らしについて触れられている。近江八幡出身の者として興味深い。

「魔都上海 オリエンタル・トパーズ」
山崎洋子
1993年10月25日
講談社

好きだけど、どこかで読んだなぁ。
「オリンピア~ナチスの森で」
沢木耕太郎
1998年5月31日

ベルリンオリンピックを記録した映画「オリンピア」。監督のレニは戦後ナチスの協力者として批難されながらも、強い意志で生き続けた。彼女はダンサーとして成功を収めたときに映画監督と知り合い女優になる。映画に惹かれ自分で撮るようになった途端「オリンピア」で成功する。戦後映画界から追放されてからも写真家となり、70台でダイビングを習得、水中写真家としても有名になる。
その彼女にベルリンオリンピックの時の状況、真相を語ってもらうために著者はインタビューを試みるが...

当時の"日本人"の活躍が興味深い。


10年くらい前に読んだマンガ、「虹色のトロッキー」を再読。 以前よりも更に面白く感じる。 安彦良和(ガンダムなど)はほとんど読んだことが無いが。

時代は1930年代後半。
舞台・出てくる地はハルピン、大連、伊寧、アルマアタ、牡丹江、興安街、黒河、ブラゴベチェンスク、上海、錦州、ノモンハン。

日本人の父とモンゴル人の母の間に生まれた主人公。幼いころに家族が殺された真相を掴むにつれ、人生の歯車が変わっていく。

亡命中のトロッキー(ウクライナ人。ロシア赤軍創始者だが粛清され、メキシコ亡命)を担ぎ出して満州国に招聘し、ユダヤ人社会を味方につけて対ソ戦争に利用しようとする勢力、それに反発するさまざまな勢力、協力する勢力の中を主人公は渡り歩く。敵・味方(実際はどちらかを敵or味方と単純にはくくれない)双方に魅力的な人物が居り、一気に読みきれる。


こういうフィクション漫画は、そのフィクション部分以外をどれだけ真実に近づけさせられるかで面白さが決まると言っても良い。まだ現存している人、家族など多くの人に取材したのが分かるこの話は文句なしに「面白い」。


日華事変前後の日本陸軍・海軍・満州国軍・興安軍・中共軍・ソ連軍・その他匪賊の勢力関係、中国東北地方の立地関係の知識が有ればより楽しめる。満州国軍とは別に活動していた「興安軍」の存在すら自分は知らなかった。



p.s.この話に出てくる人物で戦後も生き延びた人物が「辻政信」というのはなんと言う皮肉だろう。(戦犯になるのを避けて逃亡を続け、時効後にベストセラー作家、国会議員、そしてラオスに潜入し行方不明に
「散るぞ悲しき」 ~硫黄島総司令官・栗林忠道~
梯久美子 新潮社 2005年7月30日刊

数年前の映画で再びブームになった感が有る硫黄島の戦いについてまとめた一冊。有名になった子供に宛てた絵手紙などを観ると改めて、彼が異色の軍人であったことが分かる。 最期の決別電報が実は、参謀本部が改変して発表していたことを知る。

「昭和史」 半藤一利

2009年6月11日版 平凡社

「夜と霧」 ドイツ強制収容所の体験記録

V.E.フランクル著、霜山徳璽訳

みすず書房

1961/03/05 初版、1971/11/5新版

有名な本だが読んだことが無かった。この本でナチスの強制収容所が世界中に知られるようになったということもあり、 内容はどこかで聞いたことの有ることが多かった。なぜか駅前のホームレス立ち売りで100円で入手。

帰らなかった日本兵」 長洋弘

太平洋戦争後も、インドネシアに残留、日本に帰らなかった(帰れなかった)日本人のその後を追うルポ。幸せに過ごす人、どう見ても幸せとは言い難い人。波乱万丈の人たちの戦後を追う。
この本が書かれたのは10年前。判明しているだけで当時177人の人がまだ生きていた。
この本に出てくる人達は今はどうなっているのだろう。


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「私は大正10年(1921年)2月13日秋田県河辺郡浜田村で生まれました。子供の時から船乗りになると決めていました。 千葉の砲術学校で訓練を受けた後に「秋田丸」に乗りました。20歳でした。船長は岡田熊吉さん(千葉県出身)で、乗組員は38人でした。神奈川県の三崎港を基地にしてトラック島やサイパンでマグロを捕っていました。

そんな時、太平洋戦争が始まりました。昭和17年11月20日、船が海軍に徴用されました。乗組員はそのまま全員が軍属(軍属:戦闘を行う軍人ではなく、軍で働く者)になりました。正式には日本海軍暁部隊の軍属です。三崎港からニューギニアまで食料・弾薬・兵士を運びました。その後は日本軍の進駐したインドネシアのジャワ・スマトラの島嶼間を、食料品・油などを運びました。

昭和18年になるとアメリカ軍の爆撃がひどくなりました。海の上で見つかったら、こんな小さな船、一発でおしまいです。運が良かったのか。徴用された船で残ったのは秋田丸くらいです。終戦はシンガポール、マラッカ沖でラジオを傍受して知りましたが、誰も信じませんでした。

敗戦を実感したのは8月下旬パカンバルに連合軍の憲兵が上陸し、150人の(連合軍の)捕虜を解放したときです。連合軍の命令で、その開放された捕虜たちをシンガポールに運びました。船尾に掲げていた日本海軍旗は降ろされました。その後は秋田丸は復員船として、スマトラ各地からシンガポールの間を行き来しました。敗戦国日本の将兵はみじめでした。

私は昭和22年(1947年)、秋田丸を下りた時に国を捨てる決心をしていたのかもしれません。
秋田丸は私の人生そのものです。鳥海山、十和田、なまはげ。秋田丸には私の祖国そのものが詰まってました。

日本軍が居なくなったインドネシアでは、オランダからの独立運動が盛んに成ってました。義勇軍出身のインドネシア人に誘われてゲリラ戦を闘いました。インドネシア独立後も私はインドネシア海軍に残りました。マレーシア紛争、イリアンジャヤ奪回作戦に参加した私はインドネシア海軍が日本から購入した輸送艦アマハイラ号に乗って、船の修理のため横浜に行きました。インドネシア海軍軍人としてです。22年ぶりの帰国でした。

母はその2週間前に老衰で亡くなっていました。父は私の幼少の頃に亡くなっています。私はこの帰国の2年前に初めて手紙を書きました。「万次郎です。お許しください。内地では私は死んだものとなっていると思います。元気です。ご安心ください。日本の商船、漁船がたくさん来ています。一度私も日本に行ってみたいと思います」

私はインドネシア政府から英雄勲章をはじめ15の勲章をいただきました。しかし私の勲章は秋田丸なのです。秋田丸はイギリス軍に引き渡してから見ていません。もう一度あの白い船体を見てみたいものです。」

1970年(昭和45年)、安藤はインドネシア海軍を退役し、長い戦いは終わった。
彼は1960年(昭和35年)の夏の出来事を今でも鮮明に思い出すと言う。

「インドネシア海軍がソ連(当時)に発注した軍艦エリアン号を受取にウラジオストックに行きました。その時私はそこで、ドッグで働く多くの日本人と出会ったのです。白髪が混じりまるで老人のようでした。終始監視され自由の全く無い彼らは、日本が平和になったことすら知りませんでした。戦後15年経っているのに。彼らがその後どうなったかは私は知る由も有りません。あの時に離隊した私に比べ、戦後の祖国を知らない彼らより私は恵まれていると思いました」

~~イスマエル・タンジュン・アンドウ ~日本名:安藤万次郎
ジャカルタにて過ごす。妻と子供7人~~

秋田県の記録によれば、秋田丸は秋田県水産試験場調査船として1933年建造。東部太平洋、沿海州の漁業調査後、1944年海軍に徴用、スマトラ文政官所属漁業指導船となる。戦時下の記録は混乱のため不明。1945年スマトラ島パカンバルにおいてイギリスに没収、乗組員は捕虜として抑留後復員、とある。

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波乱万丈の人生を過ごした人が次々と紹介される。
上記の彼の歩みは特に、僕が行った場所といろいろとかぶることもあり、気になった。
ちなみに彼はかなり成功した部類に入る。悲惨な人は本当に悲惨な人生を過ごしている。

 「瀬島龍三-参謀の昭和史」 保阪正康

1991年 文春文庫

三つの祖国―満州に嫁いだ日系アメリカ人
上坂冬子/中公文庫

満州国国務大臣の孫、奉天市長の嫁として満州に嫁ぎ、戦後の混乱で中国を出国、アメリカ人と再婚し、今は池坊の教授としてアメリカで生きる日本人の戦後を描く。この人をはじめ、まだこんな経歴の人が多く生きているのだが、あと10年ほどで居なくなるのかと思うと残念。
脱出記 ~The Long Walk~
スラヴォミール・ラウイッツ 著
海津雅彦 翻訳
2005年9月10日
株式会社ソニーマガジンズ
1941年ポーランド陸軍騎兵隊中尉だった筆者は、突然ソ連にスパイ容疑で逮捕され、そのままシベリア奥地の強制収容所に収容される。極寒の収容所で次々と仲間が死んでいく中、このまま死ぬよりはと仲間6人での脱走を決意する。
追手を撒きながら、シベリアのタイガ(針葉樹林帯)、モンゴルの草原、ゴビ砂漠、甘粛・青海の高山地帯、チベットの荒野、ブータンの山々を、すべて徒歩で越えてインドまでたどりつく。
インドでイギリス軍に保護されるまでの壮絶な記録。
大自然を生き抜く知識、国際情勢の知識、あきらめない意志のすべてを持ち合わせた者だけが生き残る。

1956年のイギリスのベストセラーの翻訳版。2004年に著者が亡くなってから、日本で出版された。


[2013年3月追記]
「極寒のシベリアや酷暑のゴビ砂漠を、水も食糧も持たずに踏破できるのか、ましてや雪男まで登場...フィクションとしても面白くない、残念」というコメントが有ったので意見を。
自分も雪男なんて信じていないが、筆者がシベリアの収容所を脱出してインドまで到着したのは事実で、亡命後にイギリスでこの本を出したのも紛れも無い事実。自分の無実の罪で収容所に送られた経緯、ソビエトの横暴を世界に知らしめたと言う意味でも、この本は面白いと、自分は思います。
[2013年3月追記]
ビリヤニハウスに 何か面白いルートで旅したいという人が居たので、参考図書として寄贈しました。


映画化されたようです。 「 WAYBACK
2012年9月 映画日本語字幕版予告
「択捉遥かなり」の佐々木譲のメジャーデビュー?作。
フィクションなのだが、全くそうは思わせない時代考証。本当にそんなことが有ったのかもと思わせるすばらしい内容。太平洋戦争時の雰囲気もよく出ている。
視野の狭い軍事マニア向けではなく、国際感覚を持つ大人のための冒険小説。


「ベルリン飛行指令」 佐々木譲
新潮文庫 1999年1月25日

「アーロン収容所再訪」 会田雄次

中公文庫 1988年10月25日刊 (文芸春秋1977年6月)