076戦争後の最近のブログ記事

戦場のニーナ
なかにし礼
講談社
2007/1/30

高校時代に朝日新聞の配達のアルバイトをしていたのだが、ちょうどその頃に、この「本多勝一集」が朝日新聞社から発売された(これとは関係ないが実家では毎日新聞を購読していた)。

全30巻で2ヶ月に1巻づつ5年間かけて出版という壮大なもので、価格も1冊あたり4000円と高校生にとってはなかなかきついものだったが、興味には勝てず購入した。既に文庫本で20年前に出版されていたなんてインターネットの無い当時は気付かなかったのだ。

ただ、この1冊のボリュームはすごかった。2ヶ月あっても読みきれないくらい。いや、読みきれなかった。その後の自分の思想に影響を与えた本だと思う。

ナツコ 沖縄密貿易の女王
奥野修司
2005年4月 文芸春秋
2007年10月文春文庫
太平洋戦争後の混乱時、アメリカ統治下だった沖縄。最西端の与那国島は、台湾との密貿易で栄えていた。
戦争の被害が大きく物資が不足していた沖縄へ台湾から大量の闇物資が運ばれていた。沖縄からは日本本土へ。南国の食品、砂糖や米、ペニシリンなどの医薬品など。
香港やマニラで買い付けられた商品は、中国商人と台湾やマニラ在住の沖縄人の人の手で台湾を経由して与那国島に運び込まれた。 与那国でもまれにアメリカ軍や琉球政府官憲による摘発も有ったのだが、一大勢力を誇った闇勢力を抑えることは出来なかった。
戦争の被害で何もかもない沖縄、そして日本本土。物はなんでもかんでも売れた。支払は現金が無ければ、戦争に使用された砲弾、鉄くず。
与那国島の港には次々と物資が運び込まれる。小さな島には日本各地から運び込まれた現金があふれた。島の人々は札束を持って歩くようになった。比喩ではなく本当に。島の中学生が学校を終えて荷揚げのアルバイトを数時間するだけで、当時の日本人の平均月収以上の収入を得た。島には次々と家が建ち人口が膨れ上がったのだが、その隆盛は戦後数年の混乱が終わると無くなった。

当時のこの状況を実際に経験した人はもう少ない。"密貿易"だけにその事実を記録する文書や写真も少ない。でもその事実まで誰の記憶からも消えてしまうとは...もったいない。面白い話なのに。
与那国沖 死の漂流
~わが青春の闘い~

伊良皆高吉
ボーダーインク/出版

1952年、与那国島在住の20歳の若い中学生教員であった著者が、石垣島からの帰路に乗った貨客船が転覆、台湾(国民党)軍船に救助されて生還したことの体験記、及びその後の人生を振り返って書いたもの。
当時アメリカ領だった沖縄での事件で、日本(本土)ではあまり知られていない貴重な記録。また著者の父親も戦争中に同じように船が転覆、今になって注目を浴びている尖閣諸島で衰弱死したという稀有な繋がりも有る。

事件後教員を辞めた著者は日本へ出国、早稲田大学で学び、日本のカップラーメン会社に就職する。退社後に沖縄に戻り、日本からカップラーメンを輸入する商社を設立する(当時は沖縄は日本ではない)。日本復帰後は沖縄県会議員、現在は三線奏者。
自伝にありがちな、良い部分しか書かれていないようなきらいは有るが、珍しい体験をしておられるのは事実。興味深く読んだ。
潜行三千里」 辻政信
2010年1月20日
毎日ワンズ
原著;昭和25年 毎日新聞社
「父、坂井三郎」
[大空のサムライ」が娘に残した行き方

坂井スマート道子
2012年8月17日
産経新聞出版

生きるためには負けないのが重要、前後左右上下を確認しろ、ホールインワンを狙え、朝は元気に、出かけるときには笑顔で挨拶。娘が国際結婚する際に懐刀を持たせる、独特の家庭で育った著者が、なぜ親がそのような教育をしたのかを振りかえる。
中国人特派員が書いた日本
北京中日新聞事業促進会編
日本僑報社
1999年11月20日
密航・命がけの進学―
アメリカ軍政下の奄美から北緯30度の波涛を越えて

芝慶輔/他
五月書房

これはあまり知られていない。
昭和20年8月、敗戦後に沖縄はアメリカに占領された。その半年後に奄美とトカラ列島も日本領でなくなったのはあまり知られていない。その後、奄美とトカラにはアメリカの軍事政権である奄美群島政府が発足する。島民は琉球(沖縄)に行くのも、日本(鹿児島)に行くのにもパスポートが必要になったのだが、島の中だけでは生きていけない。優秀な人達は進学したくて(島にいても無為な日を過ごすだけ)、密航することになった...という話。体験談集。

鹿児島にたどり着く前に運悪く七島灘の海の藻屑となってしまう人。密輸品である砂糖を騙し取られる人。本土に上陸後も様々な苦労をする人々。警官に見つかればパスポート不所持で逮捕され、強制送還される。当時の日本人すら奄美政府のことはよく分かっておらず、しかしその無知ゆえに日本人(奄美は当時"外国"だ)に紛れ込んで生活を始めていく。
当時を知る人達は少なくなってきている。記録を残しておかなければ、いずれ歴史に埋もれて忘れられてしまうだろう。
帰還せず-
残留日本兵60年目の証言

青沼陽一郎
新潮社
2006年7月30日
阿片王 満州の夜と霧
佐野眞一
2005/7/28
新潮社

「それぞれの戦争」

豊田穣/著
光人社
昭和57年6月17日

ソロモンで操縦していた爆撃機を撃墜されて海上漂流中に米軍捕虜になり、帰国後新聞記者となった著者が、その経験を元に書いた短編小説集。戦後のどさくさに紛れた時代の人々の様子がうまく描かれている。
越境~北朝鮮から売られてきた花嫁
新井貴/著
2000年6月

著者は仕事で訪れた北京で、日本語を勉強している女性と出会う。その女性の友達に、「北朝鮮から逃亡してきた日本人女性の子供」がいると言う。その女性は嫁不足の中国の田舎で中国人男性の嫁になり、更に理解の有る(?)中国人夫は、その女性の母親である"日本人"も北朝鮮から連れ出して、今は義理の親子3人で幸せに(?)暮らしていると言う。

日本人女性の子供なら日本人なのではないのか。そもそも北朝鮮に住む日本人??と謎は深まるが、その謎は、著者がその女性と対面することによってすべて明らかになる。

特に素晴らしいルポ、特ダネと言う程の本ではないのだろうが、こういう環境の人が居るというのを知ることは出来る。北朝鮮が"潰れる"と言われるようになって何年経つのだろうか。いつまでこの状態が続くのか分からないが、このような人は代々に渡って苦しんでいるのだ。

ちなみにこの女性(Aさん)の母親(Bさん)は、その母親(Cさん)が戦後の混乱期に朝鮮人と結婚し、北朝鮮の帰国事業にのって北朝鮮に渡ったことからこの話は始まる。よって北朝鮮で生まれたAさんは日本語を話せないし、Bさんの知る日本は子供時代の知識のまま止まっている。AさんもBさんも無国籍で、中国の公安に賄賂を払いながら中国で暮らしている。何十年も前の"失敗"のせいで問題はどんどん複雑になっていく...
もちろんこの本に解決策は書いていない。
ハル・ライシャワー
上坂冬子/著
講談社
1994年12月

現代史・ノンフィクションで有名な上坂冬子。駐日アメリカ大使に嫁いだ旧華族出身のハルの足取りを取材したもの。日本人の心を持ったアメリカ人に嫁いだ、アメリカ人の心を持った日本人。戦前にアメリカに留学、ニューヨークに暮らしていたハルの特異な人生を記している。"ハル"は福井のまきんちょと似ていると感じた。

三つの祖国」ほどには驚きは無かったのだが、日米親善に尽くした二人のことを知れたのは良い。

この本の主題とずれるが、明治学院大学やライシャワー邸を建てた繋がりで、ヴォーリス(彼も日本人、それも華族と結婚している)のこと、戦争時にアメリカのスパイの疑いをかけられての暮らしについて触れられている。近江八幡出身の者として興味深い。

「引き札と広告~八幡商人の華麗なる商い」
近江八幡市立資料館
2006年3月

「コースチャから北方領土へ」
~ひらかれるソビエト極東と北海道~
NHK札幌放送局 日ソプロジェクト編
平成3年3月20日 株式会社NHK北海道ビジョン

辺野古への基地移設がまた話題になっているが、その案が最初に出た数年前に書かれた本。沖縄戦で父などを失くした著者が、自分の沖縄生活を振り返って書いた本。
沖縄出身で就職の為に本土に出て現在は神奈川県の高校教師の著者が、就職面接で「身分証明書(沖縄が日本返還前に、パスポート代わりに発行されたもの)」を見た面接官が最初に言った言葉は「日本語が上手ですね」「国籍は?」だったことなど。沖縄の一市民が味わったこれまでの歴史。

「うちなー賛歌」 外間喜明
2005年6月23日 かりゆし出版
オホーツク諜報船」 西木正明 /著
1985年10月 角川書店/刊

ほとんどの日本人にとって、東西冷戦は非日常の世界で起こっていることであり、日々の生活では実感することは無かった。だが国境(日本政府は国境と認めていないが)に位置する根室~北海道東端~に暮らす人々、特に漁師達にとっては北方四島問題は非常に身近な問題で、日々の生活に大きな影響を与えていた。海を隔てて見える色丹島はロシア人が実効支配している。冷戦時代、漁に出た人がソ連の国境警備隊に拿捕される事件が頻発した。拿捕された人は、ソ連の刑務所に送られ何年間か抑留された。

だが、なぜかソ連に捕まらない船があった。ソ連が実効支配している海は荒らされていないので漁獲量は大きい。いつも大漁で戻ってきた人は富をなし、根室には"御殿"が何軒も立ち並んだ。そのような人はソ連に賄賂を贈ったり、スパイの手助けをしているのだと噂され、「ロスケ船」「レポ船(ロシアに情報をレポートする船)」と陰口をたたかれた。警察も取り締まろうにも現場を押さえられない。ソ連が実効支配している所に日本の警察が行くわけには行かないからだ。ベトナム戦争時には脱走米兵が密出国したとも言われる。

...そんな時に、千歳基地のアメリカ空軍情報将校が行方不明になる事件が起こった~



よく調べられてるなぁと思う。フィクションかとも思えるくらいだ。この本を書くにあたり著者は根室の漁師に混じって酒盛りをやり、レポ船員に張り付き、公安に聞き込みをし、北海道各地、シベリアをまわり、スカンジナビアまで脱走米兵に話を聞きに言ったという。昭和40年代の北の海の様子が良く分かり興味深い。


この話の主人公は、ソ連に拿捕された真面目な漁師。新婚だった彼が拿捕の5年後に釈放されて戻って来たとき、妻は他の男と駆け落ちしていた。そこから世界が動いていく。



追記:ソ連が崩壊して「レポ船」の価値はなくなったのだろうか。 今年2010年1月、国後島沖で日本漁船がロシア国境警備隊から銃撃を受けた。ロシアは「漁船が国境侵犯をした」と発表し、日本の外務省はロシア大使館に抗議をした。だがここで不可解なのは、銃撃を受けたことが分かったのは、漁船が帰航して時間が経ってからなのだ。漁船は銃撃を受けた穴を隠し、 GPSの記録を削除していたのだ。加害者ではなく被害者が事件を隠した。漁船員は「迷惑を掛けてるので、銃撃を受けたことは言えなかった」と謎のコメントをしたことが新聞の片隅に載っていた。新聞を読んだ時に引っかかっていたことが、この本を読んで少し分かったような気がした。



ウキペディアに「レポ船」の項目があった。さすが。[漁業]カテゴリになるんだ...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%9D%E8%88%B9

昭和56年の警察白書に「レポ船」が絡む事件報告が載っている。ソ連だけでなく北朝鮮工作員も絡んでいる。「工作船」が日本海で活動していることを当時から警察は把握していたのだ。
http://www.npa.go.jp/hakusyo/s56/s560800.html

この著者、どこかで聞いた名前だなぁと思ったら「夢顔さんによろしく」の著者だった。 これも面白かった。


炎熱商人」 深田祐介
文芸春秋 昭和57年5月30日刊

総合商社の在フィリピン支社に出向することになた木材商社の社員を中心に、フィリピンと日本との関係を描く。個性的な(ステレオタイプで没個性的とも言えるのだが)日本人とフィリピン人の登場人物達の対比する書き方が良く、惹きつけられる。
フィリピン人の父と日本人の母との間に生まれた少年が太平洋戦争に巻き込まれていく件が良い。

世界に進出する日本人、特に高度成長期のビジネスマンの姿を巧く描いており、海外に赴く日本人にとって参考になる部分があるのではないか。

日本、アメリカ、スペイン、そして土着の文化が接していて交じり合ってはいるが、どちらでもない複雑な関係、フィリピンを理解するのに良い。この本はもちろんフィリピンについて書かかれているのだが、実は"日本人とは"について書かれているのかもしれない。
「帝都東京・地価の謎86」 秋庭俊 2005年2月10日 洋泉社 非常に興味を持てる。戦前の地下計画が現代の東京に与えている影響を検証する。
「もの食う人びと」 辺見庸
1994/6/8、共同通信社
東西対立が消えたが混沌とする世界。「食う」ことを通じて見る世界の人々。

バングラデシュ、ミンダナオ、ユーゴ、ソマリア、チェルノブイリ、ウラジオストック、韓国などで、その地域の人々と同じものを食べて、この時代(1993-94)の世界を記録する。

「海と毒薬」 遠藤周作

新潮文庫 昭和35年7月15日

「B級ニュース図鑑」 泉麻人

新潮文庫 平成2年10月25日

「天皇家の戦い」 加瀬英明

新潮文庫 昭和58年7月25日