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明治期の加計呂麻島での生活を静かな文章で情緒的に描かれている。話し言葉の部分は当時の言葉で書かれていてルビがふられている。島尾ミホ最後の作品なのだが、80代後半の人が書いたとは思えないきれいな文章(80代の人の文章を読むこと自体あまり無いが)。
  島尾ミホは加計呂麻での少女時代、結婚後の東京での時代、平穏を求めての家族での奄美移住、夫の死去後の静かに暮らす時代、それぞれ別の小説に描かれている。東京で生活をしていた時代の「死の棘」で描かれた"狂うひと"のイメージが自分は強く、そして夫の島尾敏雄死去後ずっと喪服(黒い服)で過ごした彼女だが、心の奥底には加計呂麻で暮らしたときの思い出がずっと残っていたのだなと感じされられる一冊だった。
沖縄・奄美《島旅》紀行 (光文社新書)
斎藤潤
2005/7/15 光文社文庫
密航・命がけの進学―
アメリカ軍政下の奄美から北緯30度の波涛を越えて

芝慶輔/他
五月書房

これはあまり知られていない。
昭和20年8月、敗戦後に沖縄はアメリカに占領された。その半年後に奄美とトカラ列島も日本領でなくなったのはあまり知られていない。その後、奄美とトカラにはアメリカの軍事政権である奄美群島政府が発足する。島民は琉球(沖縄)に行くのも、日本(鹿児島)に行くのにもパスポートが必要になったのだが、島の中だけでは生きていけない。優秀な人達は進学したくて(島にいても無為な日を過ごすだけ)、密航することになった...という話。体験談集。

鹿児島にたどり着く前に運悪く七島灘の海の藻屑となってしまう人。密輸品である砂糖を騙し取られる人。本土に上陸後も様々な苦労をする人々。警官に見つかればパスポート不所持で逮捕され、強制送還される。当時の日本人すら奄美政府のことはよく分かっておらず、しかしその無知ゆえに日本人(奄美は当時"外国"だ)に紛れ込んで生活を始めていく。
当時を知る人達は少なくなってきている。記録を残しておかなければ、いずれ歴史に埋もれて忘れられてしまうだろう。