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最後の冒険家
石川直樹 2008/11/21
集英社
気球に乗って太平洋横断を試みた神田道夫氏を描く。彼の"最期の冒険"を最も近くで見ていた著者の、飾らない文章が良い。
神田氏は埼玉県の町の地方公務員だった。最後の役職は給食センター長。有休を利用して気球に乗る。

仕事が終わって家に帰り日本酒を1杯だけ飲みテレビの時代劇番組を見るのが好きな、見た目はあまりにも普通の"おじさん"だが、気球にかける情熱はすごく、熱気球の滞空時間や飛行距離世界記録を持っていた(現在は塗り替えられている)。

高校の時に家の近くを流れる荒川の川下りから始まった彼の"冒険"は、30歳で気球と出会ってからは気球一辺倒となる。富士山越えに始まり、本州横断、東シナ海横断、ヒマラヤ越えと突っ走る。
彼はあまりにもプラス思考(気球に関してだけ)だった。失敗することは考えない彼の最期の飛行は、傍目には無謀なものと映っていたが、彼は恐らくそうとは思っていなかったのだろう。 知る術は無いが。

地球上に人類未踏の地がほとんどなくなった現代の"冒険"は、ルートや方法を変えたりといったものになっている。例えばエベレストには既に多くの人が登っているので、いかに早く登るかとか、誰も通ったことの無いルートで登るとか、無酸素で登る、などだ。"現代の冒険"はその冒険をする者の自己表現の場なのだ。
そう考えると、彼の最期の飛行「自作の気球で太平洋横断」はかなり創造的なものだと言ってよい。藤で出来た籠で、ジェット気流に乗って高度1万mの上空を飛んでアメリカまで行くと言うのは誰も経験していない。しかし酸素も薄く気温は-50℃、そして飛行中はずっと眠れないという環境を耐えられるものなのだろうか。成功は約束されていない、むしろ失敗に終わるのが予想されるものだった。

彼と一緒に一度は太平洋横断飛行を試みた(そして失敗、嵐の太平洋上で着水して九死に一生を得た)著者の、神田氏への思いが詰まった一冊。でも著者は彼の事を賛美しているわけではない。無駄な形容が無い文体、起こった出来事を淡々と書き連ねる文体が良い。