16記録手記ルポの最近のブログ記事

「アメリカ生きがいの旅」
城山三郎 / 1987年8月10日 / 文春文庫
昭和60年前後のアメリカについてのルポ。
"日本"がアメリカに進出していく影響が現在と比較出来て興味深い。もちろん著者はそのようなこと全く想定していないのだが。シリコンバレーでのベンチャーと関わる日本企業、ロスの日本人街や老人ホームで生活する日系一世、寿司屋で成功する日本人、テキサス・ヒューストンで石油成金とビジネスする日本商社、テネシーの田舎の巨大工場で"日本車"を作ろうとする人達、ニューヨークで華麗に暮らすアメリカ人の孤独、アラスカでオーロラの研究を行う日本人。20年経って現在その人達がどうしているのかが気になる。
「脱出記 ~The Long Walk~」
スラヴォミール・ラウイッツ 著
海津雅彦 翻訳
2005年9月10日初版 
株式会社ソニーマガジンズ
1941年ポーランド陸軍騎兵隊中尉だった筆者は、突然ソ連にスパイ容疑で逮捕される。そのままシベリア奥地の強制収容所に収容される。極寒の収容所で次々と仲間が死んでいく中、このまま死ぬよりはと、仲間6人で脱走する。
追手を撒きながら、シベリアのタイガ(針葉樹林帯)、モンゴルの草原、ゴビ砂漠、甘粛・青海の高山地帯、チベットの荒野、ブータンの山々を、すべて徒歩で越えてインドまでたどりつく。
インドでイギリス軍に保護されるまでの壮絶な記録。
大自然を生き抜く知識、国際情勢の知識、あきらめない意志のすべてを持ち合わせた者だけが生き残る。

1956年のイギリスのベストセラーの翻訳版。2004年に著者が亡くなってから、日本で出版された。
/ 「戦場特派員」 橋田信介
2001年12月20日実業之日本社

「マスード」 長倉洋海
2001年11月 河出書房新社

アフガニスタンの英雄マスード将軍。カブールの豊かな家で育ったが、ソ連の侵攻に伴い武装勢力を率いて山に篭りソ連と戦う。誰とでも気さくに接し、日本を含め海外にファンも多かった。ソ連撤退後の混乱の中、彼はタリバンとも戦い自由を目指したのだが、アラブ人のテロに遭って亡くなる。ジャーナリストを名乗る男の質問に応えているとき、ビデオカメラの中に仕掛けられていた爆弾にやられたのだった。

彼が亡くなったのは2001年9月9日。あのアメリカでの同時多発テロのわずか2日前だった。

その後の世界の流れは周知の通り。反タリバン勢力は散り散りになり、タリバンとアルカイーダは勢いを増した。アメリカはタリバンとアルカイーダ掃討を目指してアフガン・イラクに侵攻した。だが未だに平和は訪れていない。
/ 「不肖・宮嶋inイラク―死んでもないのに、カメラを離してしまいました。」
宮嶋茂樹/著
2003年7月 アスコム/刊
著者の代表作(写真集として)になるのでは。さすがだ。カメラマンという肩書きを利用したエッセイストではと思えるくらいの著者だが、今回は命を張っての写真にただ感心する。イラクやアメリカ兵の写真よりも、市民が略奪している写真の方が印象深い。注釈もなかなか気が利いている。
「ロンドンひとり暮らし」 中野左知子/著
2002年12月15日 文芸社/刊

イギリスの大学に留学した日本人女の子の体験記。
率直な感想が自分の文章で、短編形式で書かれている。
イギリスに留学していた人が、「論文(エッセー?)を提出しなければ」とよく言っていたのを思い出した。この著者もそれで文章を書く事を鍛えられたのではないだろうか。各章ごとうまくまとめられ、簡潔な文章ばかりだが推敲を繰り返して書かれているなと感じた。
オホーツク諜報船」 西木正明 /著
1985年10月 角川書店/刊

ほとんどの日本人にとって、東西冷戦は非日常の世界で起こっていることであり、日々の生活では実感することは無かった。だが国境(日本政府は国境と認めていないが)に位置する根室~北海道東端~に暮らす人々、特に漁師達にとっては北方四島問題は非常に身近な問題で、日々の生活に大きな影響を与えていた。海を隔てて見える色丹島はロシア人が実効支配している。冷戦時代、漁に出た人がソ連の国境警備隊に拿捕される事件が頻発した。拿捕された人は、ソ連の刑務所に送られ何年間か抑留された。

だが、なぜかソ連に捕まらない船があった。ソ連が実効支配している海は荒らされていないので漁獲量は大きい。いつも大漁で戻ってきた人は富をなし、根室には"御殿"が何軒も立ち並んだ。そのような人はソ連に賄賂を贈ったり、スパイの手助けをしているのだと噂され、「ロスケ船」「レポ船(ロシアに情報をレポートする船)」と陰口をたたかれた。警察も取り締まろうにも現場を押さえられない。ソ連が実効支配している所に日本の警察が行くわけには行かないからだ。ベトナム戦争時には脱走米兵が密出国したとも言われる。

...そんな時に、千歳基地のアメリカ空軍情報将校が行方不明になる事件が起こった~



よく調べられてるなぁと思う。フィクションかとも思えるくらいだ。この本を書くにあたり著者は根室の漁師に混じって酒盛りをやり、レポ船員に張り付き、公安に聞き込みをし、北海道各地、シベリアをまわり、スカンジナビアまで脱走米兵に話を聞きに言ったという。昭和40年代の北の海の様子が良く分かり興味深い。


この話の主人公は、ソ連に拿捕された真面目な漁師。新婚だった彼が拿捕の5年後に釈放されて戻って来たとき、妻は他の男と駆け落ちしていた。そこから世界が動いていく。



追記:ソ連が崩壊して「レポ船」の価値はなくなったのだろうか。 今年2010年1月、国後島沖で日本漁船がロシア国境警備隊から銃撃を受けた。ロシアは「漁船が国境侵犯をした」と発表し、日本の外務省はロシア大使館に抗議をした。だがここで不可解なのは、銃撃を受けたことが分かったのは、漁船が帰航して時間が経ってからなのだ。漁船は銃撃を受けた穴を隠し、 GPSの記録を削除していたのだ。加害者ではなく被害者が事件を隠した。漁船員は「迷惑を掛けてるので、銃撃を受けたことは言えなかった」と謎のコメントをしたことが新聞の片隅に載っていた。新聞を読んだ時に引っかかっていたことが、この本を読んで少し分かったような気がした。



ウキペディアに「レポ船」の項目があった。さすが。[漁業]カテゴリになるんだ...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%9D%E8%88%B9

昭和56年の警察白書に「レポ船」が絡む事件報告が載っている。ソ連だけでなく北朝鮮工作員も絡んでいる。「工作船」が日本海で活動していることを当時から警察は把握していたのだ。
http://www.npa.go.jp/hakusyo/s56/s560800.html

この著者、どこかで聞いた名前だなぁと思ったら「夢顔さんによろしく」の著者だった。 これも面白かった。
「草の海」
椎名誠
1992年1月256日 集英社

「散るぞ悲しき」 ~硫黄島総司令官・栗林忠道~
梯久美子 新潮社 2005年7月30日刊

数年前の映画で再びブームになった感が有る硫黄島の戦いについてまとめた一冊。有名になった子供に宛てた絵手紙などを観ると改めて、彼が異色の軍人であったことが分かる。 最期の決別電報が実は、参謀本部が改変して発表していたことを知る。
「台所から北京が見える ~36歳から始めた私の中国語」
長澤信子 / 昭和58年12月15日 /東京ジャーナルセンター

「36歳の主婦が始めた中国語の学習記録」であり、中国語の学習方法や中国への渡航記録を書いているのであるが、この本の主題はそうではない。目標を持って行うと結果が着いてくるということを述べるために著者はこの本を買いたのであろう。
「帝都東京・地価の謎86」 秋庭俊 2005年2月10日 洋泉社 非常に興味を持てる。戦前の地下計画が現代の東京に与えている影響を検証する。

「昭和史」 半藤一利

2009年6月11日版 平凡社

「新版 危険な話」
広瀬隆著

チェルノブイリ原発事故についての本。ドキュメンタリーなのだろうが、自分で調べたというより、自説に近い新聞記事だけを集めてそれをつなぎあわせて「自分は正しい」と評し、反対意見はすべて「あの人は***に嘘をついたから」「この人は利害関係者だから」と切り捨てる手法はどうかと思う。

この人の言っていることはすべて嘘と言うわけではなく、もちろん真実も含まれて入るのだが、この「危機を煽っている」だけの文章にはうんざりする。社会に訴えるならもっとうまい方法があるのではないだろうか。

「インドネシア全二十七州の旅」小松邦康

1995年1月25日版

発行:株式会社めこん

「激闘ニューギニア戦記」
~一将校の見た地獄の戦場

星野一雄

2009年2月11日
光人社

帰らなかった日本兵」 長洋弘

太平洋戦争後も、インドネシアに残留、日本に帰らなかった(帰れなかった)日本人のその後を追うルポ。幸せに過ごす人、どう見ても幸せとは言い難い人。波乱万丈の人たちの戦後を追う。
この本が書かれたのは10年前。判明しているだけで当時177人の人がまだ生きていた。
この本に出てくる人達は今はどうなっているのだろう。


~~~~~~~
「私は大正10年(1921年)2月13日秋田県河辺郡浜田村で生まれました。子供の時から船乗りになると決めていました。 千葉の砲術学校で訓練を受けた後に「秋田丸」に乗りました。20歳でした。船長は岡田熊吉さん(千葉県出身)で、乗組員は38人でした。神奈川県の三崎港を基地にしてトラック島やサイパンでマグロを捕っていました。

そんな時、太平洋戦争が始まりました。昭和17年11月20日、船が海軍に徴用されました。乗組員はそのまま全員が軍属(軍属:戦闘を行う軍人ではなく、軍で働く者)になりました。正式には日本海軍暁部隊の軍属です。三崎港からニューギニアまで食料・弾薬・兵士を運びました。その後は日本軍の進駐したインドネシアのジャワ・スマトラの島嶼間を、食料品・油などを運びました。

昭和18年になるとアメリカ軍の爆撃がひどくなりました。海の上で見つかったら、こんな小さな船、一発でおしまいです。運が良かったのか。徴用された船で残ったのは秋田丸くらいです。終戦はシンガポール、マラッカ沖でラジオを傍受して知りましたが、誰も信じませんでした。

敗戦を実感したのは8月下旬パカンバルに連合軍の憲兵が上陸し、150人の(連合軍の)捕虜を解放したときです。連合軍の命令で、その開放された捕虜たちをシンガポールに運びました。船尾に掲げていた日本海軍旗は降ろされました。その後は秋田丸は復員船として、スマトラ各地からシンガポールの間を行き来しました。敗戦国日本の将兵はみじめでした。

私は昭和22年(1947年)、秋田丸を下りた時に国を捨てる決心をしていたのかもしれません。
秋田丸は私の人生そのものです。鳥海山、十和田、なまはげ。秋田丸には私の祖国そのものが詰まってました。

日本軍が居なくなったインドネシアでは、オランダからの独立運動が盛んに成ってました。義勇軍出身のインドネシア人に誘われてゲリラ戦を闘いました。インドネシア独立後も私はインドネシア海軍に残りました。マレーシア紛争、イリアンジャヤ奪回作戦に参加した私はインドネシア海軍が日本から購入した輸送艦アマハイラ号に乗って、船の修理のため横浜に行きました。インドネシア海軍軍人としてです。22年ぶりの帰国でした。

母はその2週間前に老衰で亡くなっていました。父は私の幼少の頃に亡くなっています。私はこの帰国の2年前に初めて手紙を書きました。「万次郎です。お許しください。内地では私は死んだものとなっていると思います。元気です。ご安心ください。日本の商船、漁船がたくさん来ています。一度私も日本に行ってみたいと思います」

私はインドネシア政府から英雄勲章をはじめ15の勲章をいただきました。しかし私の勲章は秋田丸なのです。秋田丸はイギリス軍に引き渡してから見ていません。もう一度あの白い船体を見てみたいものです。」

1970年(昭和45年)、安藤はインドネシア海軍を退役し、長い戦いは終わった。
彼は1960年(昭和35年)の夏の出来事を今でも鮮明に思い出すと言う。

「インドネシア海軍がソ連(当時)に発注した軍艦エリアン号を受取にウラジオストックに行きました。その時私はそこで、ドッグで働く多くの日本人と出会ったのです。白髪が混じりまるで老人のようでした。終始監視され自由の全く無い彼らは、日本が平和になったことすら知りませんでした。戦後15年経っているのに。彼らがその後どうなったかは私は知る由も有りません。あの時に離隊した私に比べ、戦後の祖国を知らない彼らより私は恵まれていると思いました」

~~イスマエル・タンジュン・アンドウ ~日本名:安藤万次郎
ジャカルタにて過ごす。妻と子供7人~~

秋田県の記録によれば、秋田丸は秋田県水産試験場調査船として1933年建造。東部太平洋、沿海州の漁業調査後、1944年海軍に徴用、スマトラ文政官所属漁業指導船となる。戦時下の記録は混乱のため不明。1945年スマトラ島パカンバルにおいてイギリスに没収、乗組員は捕虜として抑留後復員、とある。

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波乱万丈の人生を過ごした人が次々と紹介される。
上記の彼の歩みは特に、僕が行った場所といろいろとかぶることもあり、気になった。
ちなみに彼はかなり成功した部類に入る。悲惨な人は本当に悲惨な人生を過ごしている。

 「瀬島龍三-参謀の昭和史」 保阪正康

1991年 文春文庫

「無人島に生きる十六人」
須川邦彦

平成15年
新潮文庫



実習船が太平洋上で難破し、無人島に漂着する。明治時代の少年・青年たちが無人島で生活する様子が非常に生き生きと書かれており面白い。 実話であることが興味深い。意外と国際的だった明治時代の風俗も垣間見れて面白い。

三つの祖国―満州に嫁いだ日系アメリカ人」 上坂冬子 中公文庫
満州国国務大臣の孫、奉天市長の嫁として満州に嫁ぎ、戦後の混乱で中国を出国、アメリカ人と再婚し、今は池坊の教授としてアメリカで生きる日本人の戦後を描く。この人をはじめ、まだこんな経歴の人が多く生きているのだが、あと10年ほどで居なくなるのかと思うと残念。

満天の星―フルキャスト物語」 平野岳史 アメーバブックス
人材派遣会社を設立、上場するまでの自伝。
本人の「まじめさ」と「適当さ」、「思い入れの強さ、意志の強さ」と「流れに流される様子」相反する両面が伝わる。はっきり言って、たいした内容じゃない。ただ、僕のこと(特に10年位前)を知っている人が読めば、ちょっと面白い箇所が何箇所か。

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