2009年8月アーカイブ


高校を出たところで、部活の練習でも有るのか在校生の女の子とすれ違い、「こんにちは!」と挨拶され驚く。いや、驚くほどのことではないのだろうが、高校生の時の自分は知らない人に挨拶するような人間ではなかったので...

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積もる話は尽きず...夕方まで喫茶店で。中島君と大久保/道明は会うのは15年ぶりのはずなのだが、全く違和感無く世間話。でも「何から話したらよいのか...」といった感じではない。「まぁ色々有ったよな、いや、でもあっと言う間やったな」くらいの。

コメダ珈琲が近江八幡に進出していた。スタバまで有るじゃないか。なんとスタバがドライブスルー。何だか変わったもんだ。自分達の頃は「学校帰りに喫茶店」は有り得なかった。

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夜は中学校の同窓会が有る中島君とは分かれて、3人で彦根の若林の事務所に向かう。
今回滋賀まで来たのは、若林と会うのが目的と言っても良い。
ネットで偶然名前を見つけ、同姓同名かもと心配しつつも電話をしたのがきっかけだ。
もちろんそれは杞憂で、「突然すみません、兄弟社の中西と申しますが...」と名乗っただけで
「おおーおー、久しぶりやな!おい!何してんねん!急に。」と始まり、数時間も長電話することになったのだが。

彼の性格からして必然だったのかもしれない(?)、少し遠回りをして若林は司法書士になっていた。"あの若林"が母校で「法律について」の講義をすることになろうとは...
いや、先生達も想像出来なかったに違いない。


名古屋からちょうど戻ってきていたK西とも合流し5人で食事。
その後も何だかんだと明け方まで若林の事務所で過ごす。

こういう時は「思い出話は尽きなかった」と書くべきなのだろうか。
しかし実際は、高校時代の思い出話はほとんどしていないように感じる。それぞれの仕事の話など現在の境遇についての話題が中心だ。毎日顔を合わしていた人間が、少しの間(15年!)忙しくて会えなかった、だけなのだ、きっと。

これは今回のメンバーに限ってのケースなのだろうか。誰でも良いというわけではないだろう。男が13人(それもバラバラな性格)しか居なかったあの少し特殊な環境が、この不思議な結束を産んでくれたのだろう。

...いや結束なんてないな。
これからもそれぞれ好きなことして生きていくんだろう。きっと。

たまにはこんな時間を過ごすのは良い。"利害関係が無く、信用出来て、気兼ねなく話が出来る人間"なんてものはなかなか出来ないものだから。(←と、とりあえず、持ち上げておこう)
岐阜から道明の車に乗せてもらい、先ずは八日市の大久保の事務所に。
イタリアかフランスの何か変わった車か高級車にでも乗せてもらおうと思っていたが、すべてガレージの中ということで、プリウスで出発。

昼食に3人で永源寺町の池田牧場へ。
池田さんの家がこんな事業に乗り出していたとは。高校時代は全く知らなかった。大学時代にも知っていればドライブの途中とかに寄ったのに。
この日は、何かのコンテストも受賞したという「鹿のロースト」のセットを。メニューは鹿や猪、魚はイワナやヤマメなど野趣あふれるものばかりで自分好み。
池田さんとは会えず。対応してくれた従業員に道明が「○○ちゃんによろしくお伝えください」と言ったのを聞き苦笑。そんな呼び方、高校時代にしてたっけ?

駐車場は県外ナンバーの車であふれ、ジェラード売り場には長い行列。商売繁盛のようで感心する。投資額はいったいいくらかけたんだろう。こんな山村に雇用を生み出している事もすごい。古民家を使った店舗。コンセプトも分かりやすく、それに沿った素朴な対応(自然なのだろうが)も良い。

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その後は近江八幡駅で中島と合流、高校に向かう。自分とは1年ぶりだが、中島君が大久保/道明と会うのは卒業以来。高校時代から「東大に行く」と言ってたが、うちの学校の偏差値からしてありえないと思っていた。しかしまさか本当に東京大学の医学部大学院まで出て学者の道を歩むことになるとは...

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高校は...変わっていた。駐車場に入った時点で驚いた。そもそもこんな駐車場って有ったっけ?留学生センターや寮など見覚えの無い建物が並んでいる

お盆の週末ということで校門は固く閉ざされている。警備員も居ない。入るのは断念して帰ろうかと思ったが、自分達の居た教室だけでも見れないかと思い、敷地に沿って図書館の方に回ると....立派な建物が立ち並ぶ片隅に、懐かしいプレハブの建物が残っていた。そこだけ柵もなく、誰でも中に入れるじゃないか。

自分達のクラス(5~7組)だけは、在学中の3年間ずっとプレハブの教室だった。当時から学園内で一番ボロかった2階建ての建物がまだ残っていた。なぜだ...

「防犯センサーとかあるんじゃない?」とか言いながらも敷地内に。立派な建物が並び、自分の居た頃との違い変わったもの、変わっていないもの、どちらにも驚く。例えば、「Met'sを売っていた自動販売機の横に有るコカコーラのロゴの入ったベンチ」「裏口に有る自転車置き場」「木で出来た靴箱」とか。

この歳になって思うのは、やはりこの頃は世界が狭かったなぁという事。小中学校と比べると、高校生になり行動範囲は広くなったが、在学中3年間の行動範囲はこの学校と家の往復だけ(自宅から学校まで1kmほどしかない)。悩みも今から思うと小さなことばかりで....

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最近のヴォーリズのブームで観光客が来るのだろう、小学校の方は昔のきれいなままだった。今回この文章を書くにあたり[ハイド記念館]等の単語で検索してみたのだが、多くの人がブログなどで紹介していて驚いた。自分たちの居た頃、もう少し注目を浴びても良かったのでは...
高校時代は3年間。自分のこれまで生きていた時間の10分の1以下の短い期間。なのになぜ自分の記憶の中の大きなウェートを占めているのだろうか。
人によってそれは高校時代の3年間ではなく、中学であったり、大学時代だったり、新入社員時代であったりと異なるのだが、どこか一つを選べと問われれば、自分は高校時代の3年だと答える(大学後半の2年かもしれないが)。恐らくその間が、自分が感受性を最も持っていた時代だったから。

高校時代に何か特別な活動をしたわけではなく、何か一つのことに集中して取り組んだわけでもない。やる気の無いどこにでも居る、目立たない存在の一高校生であったのに。

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2009年8月15日(土)、そんな高校時代を一緒に過ごした何人かが集まった。
一晩中話し続け、帰宅後卒業アルバムを見た。

自分は、卒業時のクラスのアンケートで
【10年後に再会したい人で1位】【人生を賭けそうな人3位】に選ばれていた。
あの時と今回、自分は他の人の眼にどう映っていたのだろうか...


この日に会おうと呼びかけたのは、僕の他に
*【10年後再会したい人3位】 【一緒に居て飽きない2位】 の中島、
*【かわいい2位】 【もてそう3位】 【お嬢様だ1位】 のFさん。

集まったのは
*【5組の主役と思える人2位】 のK西 (1位は池田先生)、

*【カッコいい2位】 【頼れそう2位】 【もてそう3位】 【将来苦労しそう3位]
【有名人になりそう2位】 【亭主関白になりそう2位】 の道明

*【家庭的じゃなさそうな人1位】の大久保、

*【檻が似合いそう1位】 【子供がヤンキーになる1位】
【体操服を持って帰らない3位】 の若林。

この日に集まったのが、なんだか癖の有りそうな者ばかりなのは、呼びかけた僕の人徳の為せる業であろう。

≪15年の歳月は、あの純真だった学生達を大きく変えていた≫と書けば、より感慨にふけることが出来るのかもしれないのだが、実際はそうではなかった。会えば全員互いのことを認識できた。あの頃のままだ。見た目すら変わってない...Ⅱ類の結束は固かったのだ。あのクラスはみんな性格がバラバラで、仲が悪いというか仲が無かったようにも思えたのだが。

最近会った!

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