専門分野を複数持つ人は強い。見ていて気持ち良い。

商社でロシアのエネルギー開発の仕事をしていた高橋尚子さんと会ったのは4年くらい前。国連で働くと聞いてロシアに関係する分野で働くのかと思ったら、いきなりスーダンに赴任、紛争解決とはすごいとこに行くなと思ってたが、どんどん活躍の場が広がっていく。

国連広報センター (UNIC Tokyo)の映像に出てると知りシェア。

先週のある平日の夜、おとめ氏が一夜だけの"BAR辺境"をするとの事で飲みに行った。本来の予定が無くなったところに、近く(神田エデン)でやっているとの事で。

おとめ氏は仕事を辞めてこの半年ほど旅をしていたのだが、なかなか興味深いところに行っている。十分な時間と、余裕有る金と多少の知識がすべて有るのは羨ましい。サウジアラビアに観光査証で入国した恐らく初めての日本人となりブログがバズったりしていたが、旅として面白かったのは東アフリカとイランだろう。 アトス自治修道士共和国にも行っているがこの日は全く話題に上っていなかった。

おとめ氏の日頃の行いからして、この日はきっと何だかアレなヤバイ人が集うのかなとびくびくしながら店に行ったのだが、自己が確立された人がたくさんいて面白かった(←変な日本語だけど気にしないでください)。

隣の席の男性のシニカルな発言が聞いたことあるような内容だったので声をかけたらやはりSakai Yukihiroだった(2年ぶりくらい)。カウンターの向こうがコーカサスの話題で盛り上がってるなと思い見てみたらHiro Kayだった(笑)。
他には「大学当局から渡航の是非を問われる大学生」「先っちょに行く女性」など。「ターメリックさん」がたぶんこれから面白くなる。

おとめ氏とは面識ないがtwitterをみて来たと言う人が何人かいた。みんな行動力が有るな。

離島キッチン 日本橋店。
加計呂麻島のキビ酢を納入しているということで森さん、奄美の焼酎「島のナポレオン」の営業の冨澤さんと。

レストランは、食べ飲み放題30分毎1600円均一価格。なかなか強気なとも思ったが、料理の素材が良い。全国の離島から集めた食材の料理が並んでいる。日によって内容は違うのだろうが、一つ一つの食材が良いものを使っているように思う(島では安いのかもしれないがw)。

この店の良さは、そこで出会う人との会話だ。この日は奄美の地ビール会社の方が奄美から来て、タンカンのビールとパッションフルーツのビールを振舞ってくれていた(2杯目から別料金)。
立飲みスペースで、福江島出身という方と話す(すごい会社の経営者だ、その時は気付かなかった)。「高浜ビーチがきれいだとは島から出るまで思っていなかった。当たり前で」とか、 五島ゲストハウス 雨通宿の話をしながら、勧められるままに楽しく酒を飲んでいると時間はどんどん過ぎる。

1時間半飲んで店を出た。まだまだいくらでも飲めるし食べれるのだが、財布が...

店員とも奄美や五島、瀬戸内海、利尻など、懐かしかったり興味のある島の話題ばかり。最近ずっと旅に出ていないので、話をしているだけで旅に出た気分になれる。家から近いので、誰かが来たらまた行きたい。
 

 

 

 

 

 

月曜夜、 コロンビアから来日中の熊谷高秋を囲む会に、新橋へ。
...だが、本人が待ち合わせ場所に来ない。さらに日本で使える通信端末は無いから本人と連絡が取れないと言う...
来なかった理由は仕事が立て込んでいたからだったようだが、それが分かったのは翌日になってから。1時間待つも現れないので結局、熊谷抜きで飲んだ。

ナイジェリア取材から帰国した岸田、メキシコ赴任を終えて帰国した光岡、シンガポールからいつもの仕事で来日中の荒井...など国際色豊かなような、いや京都の学生アパートでのイメージしかないようなメンバー。

店の選択を間違えた。みな酒を飲むと思い込んでいたのだが、そんなことは無かったようだ。前日に熊谷と重田くんは魚金で食事をしたということなので、肉が美味しくて酒が安い店にしたのだが...

ともかく、ネットの無い90年代に旅の途中でバンコクで集まった時のような懐かしい感覚を取り戻させてくれた熊谷、ありがとう。会ってないけど。
ビールを飲み続ける、土曜の夜。
1年に1回だけビールを飲みまくる会。
かなり飲んだはずだが、その割に金を使っていない。1杯180円、179円。「発泡酒ではありません」のPOP、熾烈な価格競争の神田。

20年以上前のアジアでの旅の話題。人生に大きな影響を与えるインドに行くことを勧められる。 次回は大阪で。

8月9日はパクチーの日。
専門店パクチーハウス東京が出来て10年。
ぐるなびによる今年の一皿は「パクチー料理」。最近はパクチーはスーパーでも売っているし、ファミレスや居酒屋のメニューでもよく見かける。コンビニにもコラボ商品が売られている。

このブームを創ったのは佐谷 恭(僕の投稿を読んでいる人なら知っているだろうが)。一個人の発想がここまで大きくなったのだ。これは嘘ではない。そもそも日本でその野菜を"パクチー"と呼ぶ事を定着しようと「パクチー」を連呼したのが彼だからだ。

パクチーいう呼び方はタイ語で、それまではアジア好きの旅行者が使っていたくらいだ。日本では一般にシアントロやコリアンダー、シャンツァイ・香菜(中国語)と呼ばれていた。折しも先週江戸時代の古典を現代語に訳して分かったことは、江戸時代の日本では「コエンドロ」と呼んでいたそうだ(ポルトガル語からついた名前だろう)。

paxiというスペルも彼が考えたもの (ラテン語の平和paxと自分を意味するiの造語)で、店のpaxiのロゴも当時流行っていたmixiを真似て彼が作ったもの(笑)

彼とは20年前、旅行中に会った。東南アジアのブームが始まろうとしていた頃。アジアを旅するバックパッカーが増え、日本国内にもタイ料理などアジア料理の店が増え始めていた頃。 その10年後に彼が開いた店(パクチーハウス東京)のコンセプト~旅人が平和をつくる~は、その旅の経験から生まれたものだ。パクチーは決してタイ/アジアだけのものではないのだが、タイ語の"パクチー"をとりあげた理由もきっと。


この日本でのブームの最初のシーンに自分が立ち会えたのは、今思えばすごいことで嬉しい。

2006年の11月12日、バーベキューをした。各自がパクチーソース(当時はパクソースとは言っていなかったはず)を作り、それを肉や野菜にかけて食べようと言う趣旨。そのソースはパクチー、ニンニク、松の実をすりつぶしてオリーブオイルで和えたもの。みんなほぼ同じ材料だけど作る人によって微妙に味は違って面白かった。
その時のブログ http://www.nakanishi-keiichi.com/blog/2006/11/post-207.html


2007年1月31日、目黒区での有ったイベントに屋台(?)を出店した。メニューはバインミー(ベトナムのサンドイッチ)と、さつまあげ。どちらにもパクチーがたくさん入っている。珍しかったのか美味しかったのか、次々と売れたのは覚えている。
パクチーを練り込んで揚げたさつまあげは、千葉県五井のタイ料理店「プラトーン」のもの。国道沿いの小さな店だが、今はタイフェスなど大きなイベント・フェスで大きなブースを毎回出店する有名店だ。
その時のブログ / http://www.nakanishi-keiichi.com/blog/2007/01/post-33.html

そして同年「パクチーハウス」が開店。
2008年9月27日パクチーのガイド書籍「ぱくぱく!パクチー」出版。
最初は知人達の口コミから広がり、ロイター通信社の記事で店が紹介され(トムソンロイターで働く友達を店に連れて行った時はそんなことになるとは思っていなかった)、その記事がヤフートピックスに取り上げられたことから火がつき、どんどんその火は大きくなっていった。

このブームはいつか終わるだろう。でもパクチーの消費量は減ることは無い。日本の文化・生活に定着するはずだ。

この店は"世界平和のために"つくられた。"旅人は世界を平和にする"のだ(詳細は店のサイトで)。
これからも世界平和に寄与していく事を願って。10周年のパーティに行けなかったので、祝電代わりにこの記事を。

のみまくり
雨で花見は中止で nuiでお茶(と言いつつワインしか飲んでない)。
夜は居酒屋、そして tocoで飲み続ける。
元はゲストハウス好きで知り合った人が多かったが、今回はビリヤニハウスに来たことが有る人が何人もシンクロしていて不思議な感じ(自分が誘ったのではない)。
明日は平日なので深酒はしないで23時ごろには切り上げた。そんなに酔っていない。ずっと夢の中に居られたら良いのに(と思っている時点で酔っているのだが)。

(English ver is below) 知人の誕生日会とのことでビリヤニハウスへ行ったところ、深夜にライアンというマレーシア人(自分は初対面)がたまたま訪問。これからマレーシア経由でインドへ行くという話だったが、明日の予定を聞くとバックパックを購入しに行くという。日本旅行中に壊れてしまったらしい。
それならばと、倉庫に眠っていた自分のバックパックをプレゼントした。「もし日本に再び来ることがあるなら返して」とは言ったけど。
このバックパックは自分が大学1年の 穂高岳登山(写真)のときに購入したもの。以後、何度かだけ海外旅行に使ったが、最近はこんな大きさのバックパックを必要とする旅はしなくなっていた。たぶん5年以上一度も使っていない。第二の人生を与えることが出来てうれしい。

今回バックパックを開けると中から、ユーラシア横断ドライブの時のナンバープレートが出てきた。今は居間の壁に飾っている。

-- I visited Biriyani-house for my friend's birthday party yesterday,I met a guy from Malaysia. He told us that he will go to India via Malaysia,but his backpack has broken while he was traveling in Japan. so I gave him my backpack that had been sleeping in the warehouse. I got this backpack when I was a student, to go a climbing Mt Hotaka (it was my first experience climbing high mountains).(photo
 But after this climbing, I used this backpack only few times because I was no longer so much a "violent journey" that requires a big bag. I am glad to have been able to give a second life to the bag. When I opened this backpack, I found a car License plate what used to drive to Europe 10 years ago. Too nostalgic!! Now It is hanging on the wall in the living room. 
ルカさんのイギリス渡航壮行会@蛇の市本店。
日本酒飲み放題。幹事さんのおかげです。普段こんな店でこんな飲み方は出来ない(予算の関係でそんなに食べてないけど)。とにかく飲む。近江にもこんな酒蔵あったのね。
ルカさんには大手電機メーカー出世街道を突っ走ってもらいたい。
自宅の近くに良い店がたくさんあるのは知ってるけど、なかなか行く機会は無い。良い機会だった思う。
イギリスの生活様式とか休日の過ごし方みたいな話題からいつの間にか(というか最初から)酔っ払ってめちゃくちゃ。蛇の市を追い出されてからは神田デビルクラフトで軽く飲んで、家に帰宅。