挑戦者たちの最近のブログ記事

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現在は日本語学校に通っているが、卒業後はどうするのか尋ねた。普通の留学生は日本の大学を目指すが、彼はアニメの専門学校に入りたいそうだ。ゆくゆくは日本で漫画家として生活したいと言う。
中国の奥さんはどう考えているのか分からないが、毎晩ネットを使って話しているということで仲は良さそうだ。結婚式の写真はちゃんと持っていた。

ところで漫画を描くだけだったら中国でも出来るのでは無いかとも思うが、中国では漫画の商業流通ルートが確立されていないから無理だと言う。では有名になるまでは日本で何かアルバイトをするのかと尋ねると、「これがアルバイトです」と答える。「日在日本」に既にスポンサーが居るのかと驚くと、語学学校が学校の宣伝ということで1ヶ月3万円だしているという(他に資料の翻訳など)。
来日前にそのような契約が出来るとは思えず、語学学校の経営者もなかなか良いところに目をつけたし彼もラッキーだなと思ったが、なんとこの話は彼の方から持ちかけたらしい。自分の商品価値をよく分かっている!意外と営業力も有るのかもしれない。

感心していると、既にこの本を出版化の計画は有り、出版社から話は来ているとのこと。マスコミの取材はNHKとフジテレビの取材も受けて、近々ニュース番組か何かで紹介されるらしい。
あわよくば彼と仲良くなれば、自分は彼のコーディネーター?版元になれるかとも思っていたのに(笑)。そんな美味しい話は簡単では無さそうだ(笑)。少しやってみたい気持ちは有るが。


彼の絵のタッチは明らかに日本を意識したもので、(僕の視点だが)1980年代のギャグ漫画と、最近の萌え絵が混在している。一コマ書くのにだいたい1時間くらいかかるらしいが、手のこんだ"萌絵"は明らかにもっと時間かかる。この留学生活を描いた漫画以外にも作品はあるようだが、この漫画以外には商品価値が無いことを彼はよく分かっていた。現在の日中関係(互いによく知っていそうで知らない)や感覚の差、留学生という立場などがうまく絡み合って、自分の作品が注目されている事に。


この日の料理は彼に好きなものを選んでと言ったのだが「分からない」と彼は固辞した。お酒も飲まないと言うのでとりあえず瓶ビールを頼む。二人で飲もうと思ったが彼はグラスに少し手をつけただけであまり飲まない。謙遜ではなく本当にお酒には興味が無いのかもしれない。
料理は味噌仕立ての鍋ものを美味しいと言って食べた。その雑炊も。しかしカルパッチョや、サラダ、ユッケなどは全く手をつけようとしなかった。中国ではNGなものばかりというのは、自分も分かっていた。しかし日本っぽいのを面白がってくれるかとも思ったのだが...無理だったようだ。唐揚やポテトなど温かい料理は食べていた。

話す内容が多く、会話ばかりしていたので、料理は二の次だった。筆談も混じるので、手も口も会話に使う。


時間もお金も無いから、彼は日本に来てまだどこにも出かけていないそうだ。これも謙遜ではなく、用事が有る時に数回東京に出かけただけのようだ。彼に限らず中国人留学生はみなそうだと言う。彼は漫画を書くという趣味と実益を兼ねた"やるべきこと"が有るから恵まれているが、彼の周りの留学生が就くアルバイトで最も多いのは「弁当工場での作業」だという。なんともったいない事だろう。

自分も大学の1年間、新聞配達店で住込で働いた。給与は1ヶ月に20万くらいだっただろうか。店には中国人留学生が何人も居た。彼らは大阪大学や市立大学に在学していて、本国ではそれなりの裕福な家庭で育った学生だったのだが、日本では無言で新聞を配る事に毎日何時間も費やしていた。彼らの才能を活用できれば良いのだが。もちろん"才能の無い人"というのは日本にも中国にも居るのだろうが...これでは日本での思い出というものが全く出来ないだろう。「学校以外の時間は弁当工場で夜勤」では日本のイメージが良くなるわけが無い。 

彼もせっかく日本に居るのだから、埼玉県蕨市と東京の一部で終わらせるのはもったいない。広東省出身で雪を見るのも珍しいということなので、どこか温泉でも行かないかと誘ってみた。"日本の温泉は混浴"という誤った知識(正しい知識なのかもしれないが?)彼はやはり持っていたようで笑う。それはどこに本当に有るのか、と身を乗り出した。"お金も時間も無い"とのことなので、日帰りか安い宿で、長野か群馬・福島あたりに行ければよいかなと思う。漫画のネタにもなるだろうし、それを中国の人達が読めばきっと面白く感じてもらえるだろうと思う。


彼の話し方は落ち着いていて、彼にとっての外国語で話していると言うこともあり、何と言うか盛り上がりが無い。だが店を出た時に「今日は本当に楽しかったですね。ありがとうございました」と言ってくれたので良かった。あまり聞く機会の無い、正しい日本語だ(笑)。

僕のページの中国語訳も(有償でなら)やりたいとの事、どうしようか少し迷う。
まぁ良いや。次は雪見風呂だ。



p.s. 地震の話題が何度か出た。「中西さん、明日になるまで分からないです。日本人はだから勤勉なのだと私は考えます。日本ではよく地震が起こります。中国人は毎日そのように考えないです」と彼が言う。
その意味が「日本には地震がよく起こり、明日起こるかもしれない。それが毎日の生活を大切にしようという感覚につながり、日本人は勤勉なのだと考えるのですがどうでしょう?」ということで有る事に気付くまで少し時間が必要だったが、彼の言いたい事は分かった。そして、彼の日本に対するイメージもかなり良いという事も。

それにしても来日して半年でここまで会話が出来るようになるのだろうか。話の内容から、彼が賢い人なのだろうとは思う。今は漫画の内容も彼が思っている事、描きたい事を描いているようで良いのだが、読み手が読みたがっているであろう事を優先して、彼が本当に思っていることが描けなる時がいつか来ないだろうかと心配になる。

日本に語学留学目的で昨年5月に来日した中国人「脳残君」と会う。 
語学学校は浦和に有り、寮は蕨に有ると言う。 

脳残君が他の留学生と少し異なるのは「漫画家志望」ということだ。日本での留学生生活を漫画にして、中国のサイトで公開したところ話題になっているらしい。 

【中国人留学生のネット漫画がブレーク中!「日本への見方が変わった」と話題に】 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111216-00000011-rcdc-cn 

【来日半年、日本生活マンガが大人気! 中国人留学生の野望】 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111216-00000042-scn-cn
 

【中国人留学生が描く、実物大の日本生活マンガが人気なわけ】
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1220&f=national_1220_059.shtml

日在日本公式ページ】 (画像をクリックすると次のページが開く)
http://mycomic.qq.com/allpage/info.php?artid=124980


蕨駅で待合せをして、駅前の「和民」へ行った。
彼は普段は節約の為に自炊が多く、外食は少ないと言う。 
和民」 にした理由は、株主優待食事券を持っていたからなのだが、日本の普通の居酒屋というのも楽しいかと思ったからだ。店に入ったところで「これは珍しいですね」と言ってくれたので安心する。 

これまでに投稿された「日在日本」はざっとだが目を通したので、脳残君のプロフィールはだいたい把握している。より詳しい話を聞くチャンスだ。僕が中国へは観光で何度か行った事が有り、中国の近現代史に興味が有る旨は脳残君も予め知っているので話は早い。 
脳残君は広東省佛山市から来日と漫画に有ったので、広東語を家庭で話すのかと思っていたのだが違った。10歳までは貴州省で育ち、その後に広東省に移住したとの事。広東省に来て最初は溶け込めず苦労したようだ。 


自分も初めての海外旅行は高校の修学旅行で香港だったこと(1992年)、その後に一人で再び香港に行き、境界を越えて広東省の深圳に入った事(1993年)、駅前には膨大な"盲民"が居たことなどを話す。ちょうどその頃に彼も広東省にやって来たのだ(1992年)。

父親は大学教授だったので文化大革命中は苦労したとも聞いていたので、「下放されてたのですか?」と尋ねたところ、「(父は)監獄に居ました」と答えられて驚く。僕に意味が伝わっていないと思ったようで彼は紙に"獄"と書いた。専攻は社会科学とのことで、自分は詳細が分からないが、かなり大変だったのだろう。 ちなみに無実の"大罪"で12年間牢獄に入れられていたとの事。

(帰宅後ネットで調べてみた。もう引退しているとのことだが現在もかなり有名な人のようだ) 
http://www.chinawriter.com.cn/zxhy/member/5307.shtml

【肖君和教授?"?成功之道"―我院大学生????大?系列?座??】 
http://www.gznuqsxy.cn/qsnews/qsxw/2011-10-20/248.html

【从"狂徒"、"囚犯"到学?奇才―肖君和的悲喜人生】 
http://www.cqvip.com/qk/82934x/2006005/23276709.html


そんな家庭に育った彼が29歳になって単身日本に行くという決断をしたから、周囲の人が驚いたのは当然だ。中国は一人っ子政策の為に子供は一人しか産んではいけない。彼ももちろん一人っ子だった。 

彼は小さな頃から日本漫画が好きで、大学でもデザインを専攻、卒業後は新聞社に就職し編集の仕事をしていたという。日本の漫画が好きな事は知っていたが、新聞社で働いていた事は初めて知った。 

周囲が反対した様子は「日在日本」の第2話に詳しい。(日本語訳のページ

彼が結婚している事は既に知っていたのだが、それは留学のためだと彼は言う。普通は逆(留学するから結婚しない、or 結婚したから留学しない)ではないかと自分は思うのだが... 
彼が言うには、親が孫を望んでいたために留学前に結婚をしたという。子供さえ出来ればもう大丈夫でしょうと。その為にお見合いを繰り返し(日本ではありえない回数の為にここには書かない)、結婚したと言う。ちなみに今年5月に出産予定との事。 

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後編につづく


会話は日本語と若干の筆談が混じる。理解を早めるためと、間違いを防ぐために。(この文章のように 主語/動詞/目的語 の順で話した方が分かりやすい。日本語では主語を言わない場合が多いが、彼は特にそれは問題無いようだ。)

今から約8年前に知人達が創った会社が、今週東証一部に上場した。
彼らが脱サラして友達同士で始めた事業が、日本の基幹産業として認められたのだ。

3年前にマザーズに上場した時は、このような事が現実に起こるものかと驚いた。
その時は小さいことを積み重ねること、そして一緒に働いてくれる優秀な人物を集めてまとめる事が重要だと感じた。
今回もその偉業に対して感心するのは当然なのだが、今やもう自分の想像の域を超えていて、もう何と賞賛すれば良いのか分からない。 彼の努力だけでなく、ここに至るまでの彼らの判断の的確さにも驚くしかない。彼は今夏もう既に経営からはリタイアしていて、今は一株主(経営陣で無いと言う意味で)。彼が居なくても今は組織がまわっている。この状態にするまでに彼がくだしてきた様々な決断(自分には想像がつかないが)に興味が沸く。"努力"だけではここまでは大きくならない。

これまでどのようなことが起こってきたか、具体的なことは自分は全く知らないし、こればかりは自ら体験したものでないと分からないのだろうが。

先日kyoから借りた本~「成功者の告白」 を読んだ。
あるベンチャーが成功するまでの間に経営者に降りかかる様々な出来事が書かれた小説。この話を読んいる時に頭に浮かびあがったのが、彼だ。これまで彼の身にも様々なことが起こっているのだろうが、その彼の苦悩と喜びは、本当は彼自身にしか分からないのだ。

おめでとう!」...と、同級生に宛てた書き方をすると何だか上から目線な文章になってしまう。どう書いたらよいんだろう。「本当におめでとうございます」。たぶん今はみんな本当に尊敬しています。

p.s.自分なんかが書くとどうも薄っぺらく感じてしまう。松井に憧れる下手な野球少年だと思ってください。

東京海外旅行研究会の1月例会

●「舞台裏から楽しむ上海万博 ~元アテンダントが見た巨大国家の巨大イベント~」
去年上海に行った際に会った、日本館のアテンダントのなおちゃんさんの、上海万博の報告。率直すぎる(?)、実感のこもった話し方で盛り上がった。

・バイク世界2周目報告
バイクで世界一周を2回したという浦野由紀子さんの報告。次週からウルグアイに移住するという。滅多にない報告に興味津々。シベリアのルートは自分のルートと重なるので興味深く聴く。中国が外国人の自由な運転と車両の持込を許可したら、大きく変わるのだろうがまだ暫くはシベリアルートしかない。
南米での車・バイクでの旅は面白そうだ、自分が行けるのはいつになるのだろう。


2次会に目黒の四川料理「龍門」。日本人向けではない、本場の四川料理。
見た目はマッカッカの料理も唐辛子の"辣味"だけでなく"麻味"が利いていて美味しかった。

3次会にワタミ。なおちゃんさんのモテッぷりが面白い。

 



東京で用事が終わり、S筒に食事でもどうかと電話する。ちょうどT口君の知り合いが神田で居酒屋を開いたとの事で、その店にする。

メニューには黒豚とか鹿児島の焼酎が並んでいるので尋ねたら、鹿児島出身、脱サラをして今回初めて独立開業したとの事。店の名前の"ぼっけんもん"は"やんちゃ坊主"などの意味だそうだ。

飲み屋激戦区の神田、若い力で頑張ってほしい。
鳥獣giga。そんなに多くない人数で飲む。

*渋谷の某IT会社でベトナム投資担当になり、ベトナムに赴任したらベトナムにはまりそのままベトナムに移住、起業した男性。ナポリピザの店をサイゴンに開くという
正月にサイゴンで会えるかと思っていたが、僕が行かなかったのでもう会うことは無いかと思っていたが、こんなに早く会うことになろうとは。Tちゃんのことを知っているのは分かるとして、T君の会社のことなども良く知っていて、こういう人はネットワークが広いのだなと感心する。 新しいことを始める人(始めようとしている時)は魅力がある。

*XY田君、この1~2年何度か会う。向こうはあまり気にしていないようだが。やりたいことをずっと続けていて少しづつ根が生えてきていているように感じる。

*来年から弓削島に移住するという男性、僕の話を興味深く聴いてくれる。またゆっくり話をして次回は彼のことも聴いてみたい。

*紛争地域記者。アフガンってそんな簡単に行けるんですか...この人も「いや本当は南米に行きたいんだけど」と言っていたのが気になる。

*伊勢君、って会うのそんなに久しぶりだったか。いつも気にかけてもらっていてありがたい。自分の好きなことをしていると言う点では彼が筆頭かもしれない。

この歳になると、1~2年では目に見える大きな変化というのはほとんど無い。でもこういった人達は毎回会うたびに少しづつ"大きく"なっていくのが分かる。観ていて面白い。 いや、自分も期待はされているんだろうが。
紙芝居をしながら自転車で日本縦断中のぐれっちと食事。
会った2日後に日本経済新聞の記事に取り上げられていて驚く。

名古屋を出て北海道に向かう途中で、佐原に居るとのことで、夕方から出向く。
佐原まで2時間程度かかりそうなので、間を取って成田で。
参道の店でウナギを食べる。19時だとほとんどの店が閉まっていた。

会うのはいつ以来なのか分からないが、自転車に積む紙芝居の器具が重いようでかなり鍛えられたようで、たくましく見えた。
佐谷恭 [株式会社旅と平和] の新規事業の説明を行うとのことでパクチーハウスに。集まったのは発起時の株主Tなど数人のみ、やはり月曜日の18時というのは一般企業のサラリーマンは難しいのだろう。繁盛店のこの店で座席の空きが有るのは月曜くらいなのだろうが。 

資料をさっと読んだだけで、事業の採算性など精査したわけではないが、彼ならうまくやるだろうと思う。様々な問題が起こるだろうが、乗り越えていけるだろう。金融機関や他の出資者も恐らく、彼の将来性とこの2年間の実績を視て資金を出すのだ。 

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渡邉さん [株式会社サムスル] 、初対面だが、ブログかどこかで文章を読んだことも有るからか、"普段着"だからだろうか親しみやすい雰囲気。よくある創業経営者の"アクの強さ"(?)を感じさせないのだが、これまでの経験に基づく"自信"が、短い会話の中に現れていた。同年代で何が違うのだろうか。参考にしたい。 
まずは朝ラン...から真似すべきなのかもしれないが、まぁこれは置いておこう。あ、これが駄目なのか。 

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トフィーの店に移動して、"今年の目標"(1月に佐谷とT君との3人でたてた)について話をする。 
だかなえられそうに無い。忙しさは言い訳なのだろう。忙しい人ほどどんどん先に進んでいく。あと今年も半年、前へ進まなくては。 
シンガポールで会って以来のSちゃんもすっかり日本に馴染んでいて、時が経つ早さに驚いた。もう1年近く経つのかー。 幼稚園は毎日楽しいそうだ。

Tとも意見が一致した事だが、何か小さな事がきっかけで人間大きく変わることが有る。波に乗ると言うか。自分の周囲でも何人か心当たりが有る。数ヶ月程度の期間で大きな事を成し遂げる人。だがこの成功と言うのは、まぐれや偶然で手にするものではない。その波が来たとき、いかにしてどれだけの行動力を出せるかは、それまでの人生にかかっている。波が来たと感じた時に、自信を持って行動できるように今、自分は-
入学式を終え教室に入り、指定された席に着く。座席は氏名の五十音順、女の子から。少し変則的なクラスで女子20人、男子15人。高校には多くの中学校出身の生徒が来るので、入学時には知らない人ばかり...になると思っていたが、そうでもなかった。自分の席は教室の一番後ろ。ドアのすぐ傍だった(教室の後ろにドアが有る)。一つ前の席の男が後ろを向く、あれ、会ったことの有る顔だ。

中島とは中学のときに通っていた塾で会った。塾では同じクラスだったのだろうか、今となってはほとんど記憶が無い(中島はサボることが多かった...)のだが、知っている顔が居るというのは嬉しいことだ。中島は、JRで一駅隣の町の安土中学の出身だ。

中島はどこか少し変わっていた(僕が言うなよ...)。見た目は変ではないし、奇抜な行動をするわけでもない。スポーツもそれなりに出来る(体育の授業でサッカーをしているところを見たくらいだが)のだが、目立つと言うわけでもない。あのクラスの全員に言える事なのだが、群れることは無い。大人びていて達観していると言うか。 人を虐めたりすることはありえない性格だった。

今でも記憶に残る情景が有る。ダイエーの3階のゲームセンターや、「ストロベリーフィールド」などの書店に入り浸っていたあの頃。中島は唐突に言った。「自分は東大に行く」と。それは普通に考えるとあの高校では有りえない選択肢であり、自分は何も言葉を返さなかった。
彼は形から入った。赤本を買って過去問を読んでいた。"読んでいた"というのは当時の学力では太刀打ちできず、その時は内容が理解できないと思われたからだ。駿台の模試を受けて京都からの帰る電車で彼は言った。「自分は東大に行く」。


中島・川勝・中西(自分)の3人は歴史好きという共通項が有り、高校時代はよく3人で遊んでいた。休み時間に日本刀のカタログを見たり、歴史書をみて家系図を書いている高校生というのは今思えば少し変だが、まぁ高校時代というのは何かにどっぷりと浸るものだ。それは重要なことなのだ。後述するが、その後の人生の進路を選ぶにおいて。

話題は反れるが川勝の歴史狂は尋常ではなく、「英語と数学さえ出来たらなぁ」という愚痴をよく聞いた。彼は愛媛大に進むのだが、愛媛大では何年ぶりかの国家Ⅰ種試験の合格者となった。

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高校を出て数年が経った。自分は大阪の私大に進んだ。その頃に自分と接点を持っていた高校の同級生は、川勝など数人だけだった。中島の話題はたまに出たが、中島は東京に行った事も有り、僕と会うことは無くなった。

そんな中島と再会したのは、僕が東京に出てきて起業をして数年が経った時だった。彼は東京大学の大学院で医学博士課程に進んでいた。僕のブログを彼が見つけ、メールを送ってきたときの僕の驚き、どう文章に表したらよいだろう。

先週、中島は結婚式を挙げた。彼らしい式だった(←と表現するのが一番似合っている)。
中学、高校、それぞれの大学、大学院、病院の人が集まっての式で、それぞれの立場の人がスピーチをするのだが、それぞれの立場を表していて興味深かった。
研究室での彼の様子を見たことは自分は無い。だが、「あぁ、彼ならそうだろう」と思えるようなエピソードばかりだった。小学校からの幼馴染のスピーチと歌が、一番印象に残った。

さて、彼のこれからの夢は何だろうか。


中山元大臣が「彼は蒲生郡安土町で産まれ、蒲生郡というのは蒲生氏の元領地で」と紹介したが、あれは中島の立場を知っての事だったんだろうか。アドリブのようだったが。
中学時に塾が同じだった知人と会ったが、あまりにも変わっていてお互いに分からなかった。中学も高校も異なるのに、こんなところで知人数人の近況を知るとは。
去年有馬記念予想したメンバーで集まって飲む。有馬記念の事は全く記憶から無くなっていたのだが、レース直前に堤君から連絡有り、急遽予想すると複勝でだが的中した。あまり考え込まないほうが良いのかもしれない。 

集まった3人(俺様、佐谷)が経営者であり、毎年年末に会うのだったら翌年の目標を立てて、一年後に達成したかどうか検証しようということで話がまとまる。なんて前向きな集まりなんだ。

目標は具体的なもので、努力しないと実現できないもので、かつ数値目標でなくてはならない、ということで自分は「2ヶ月間の旅に出かけられるように、事業を行う」とする。 
3人ともそれぞれに似合った目標を立てたのだが、そう言えば彼らはこれまでも同様の事をして、事業と言うよりも人生を楽しんできた(もちろん事業も飛躍的に拡大している)。見習わなくては。 

さて、上記目標を達成するにはどうすれば良いか。2ヶ月の旅を考えればその資金を出す(つまりその分の事業利益を出す)のは当然だが、僕がやっている仕事をすべて他人に任せなくてはなら無い。「中西だけに出来て、他に誰も出来ないなんて仕事が有るわけが無い」とはいつも俺様に言われることだがまさしくその通りで、どんな仕事も他人に任せ、どんどん新しい事を行っていかなくては成長は無い。2人ともそれを実現しているだけに説得力が有る。 

今の自分の仕事を他人に任す=新しい人を雇用しなければならない=人件費が増える=人件費を上回る利益と売上を増やさなくてはならない=現事業拡大or新規事業開始 となる。 

この件をネット上に記すこと(他人に読まれること)で、自分の励みにする。言い逃れが出来ないように。失敗はするかもしれない。でも「何もしなかった」場合は批難されるだろう。 

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