5年前の旅行記をネットで読んでくれた人よりメールを貰った。最初のメールは去年末。
車でのユーラシア横断を予定しており、手続きなどに関して詳細を知りたいと。
ドイツ人と結婚し、ドイツに移住するのだが、車で行くのだという。
(男性とも女性ともとれる名前だったので)最初は性別も分からなかったのだが、数通メールのやり取りをするだけで、親近感を持てるのだから不思議なものだ。同じことに興味を持った人だから?
待合せ場所に遅れて着いた僕を、向こうが先に気付いた。僕のことはサイトを見ているので、顔も知られているのだろう。温和そうな白人男性と、明るく人懐こそうな日本人女性。
少し前に僕はブログにカ「サファリ(アフリカ料理)」に行った事を書いたのだが、なんと彼女もサファリのワンダさんの知り合いで、さらにサファリで週末夜にレゲエライブを開いているらしい。どこでどうつながるか分からないもんだ。
(p.s.)サファリのワンダさんとは、僕も以前にイエメン人宅でのパーティで会ってたのをwakabunから言われて思い出した。世界は狭いもんだ
あのロシアでの日々を思い出そうと、ロシア料理「スンガリー」に。
落ち着いて食事が出来る良い店。この日も平日だが席は埋まっていた。
まずは相手のこれまでの話を。富士山で彼と知り合い結婚することにしたこと、古着屋を経営していたが、店の権利を売って、彼の故郷(ライプチヒ)に移住すること、車は既に買っていて、装備も着々と準備していることなど。
車のキャリアに設置できるテント、この日も道具屋街で南部鉄のやかんを買ったとか。
あぁなんか楽しそうで良いなぁ。僕の時はもっとあわただしく、そこまで楽しんでなかったような。
料理道具と言えばカセットコンロに、100円ショップで買ったカセットガスだったし...(結局ほとんど料理はせず、お湯を沸かしてレトルトばっかりだった)
GPS端末もわずか5年で価格が大幅に安くなっている。現在の価格なら手が出せる。
実行計画が具体的なものになっているので話が早い。質問も的確、具体的なものが多い。僕の旅行の時も不安要素は、「運転技術、車両知識が未熟」「犯罪遭遇リスク」などいろいろと有ったのだが、大変だったのは「前例が無く、情報が無い」ことだった(特にロシアでの各種paper worksたくさん) 。
なのでせっかく会っているので、こちらも具体的な普通の人にはしないような話を。「伏木港での乙仲、実際に荷積を行う業者の連絡先」「市街地から離れているウラジオストク税関までの行き方」「どうやってカルネ(通関手帳)を持たずに、車を免税扱いにするか」など。
どれも説明すると簡単なものなのだが、これを得るのにどれだけ苦労したか。ウラジオの港に着いた僕がどれだけ路頭に迷ったか...
ドイツ人の彼も人間味の有る人で助かった。言葉が通じなかったらどうしようかと思ったが、杞憂だった。店に入った時にまず内装を見て「ロシアの伝統的なスタイルだ」と彼が店を誉めた時に、彼が自分に気を使ってくれているように感じた。
彼が「ロシア語は5年習っていたが、ほとんど覚えてないなぁ」と言った時に自分は「日本人の英語のようなものだ」と笑った。
「ロシアでは英語が全く通じなくて大変でした。"ホテル"も通じないんですよ。ホテルの前でホテルはどこかと道行く人に尋ねたり(笑)」 「え?ロシア語ではホテルを何と言うんですか?」 「ガスチーニツァ」 「あぁそうそう、ガスチィーニツァだ、そうだ、思い出した」
ライプチヒは旧東ドイツにあることを暫くしてから思い出した。彼の子供の頃はまだロシアが東ドイツを支配していたことに気付いた。ベルリンの壁崩壊まで、学校ではロシア語が必修だったのだ。彼らの、ロシアに対する何とも複雑な思いに気付かなかった。あの時の僕は15歳だった。塾から帰ってきて、ニュースステーションで見た映像を覚えている。
店を出て、今日は良かったと言ってくれた彼に「今食べたのは"ロシア料理"だけど、ロシアではこんなものは食べられないよ」と言うと「もちろん知っている」と笑って言ってくれた。
二人の旅が成功しますように。
車でのユーラシア横断を予定しており、手続きなどに関して詳細を知りたいと。
ドイツ人と結婚し、ドイツに移住するのだが、車で行くのだという。
(男性とも女性ともとれる名前だったので)最初は性別も分からなかったのだが、数通メールのやり取りをするだけで、親近感を持てるのだから不思議なものだ。同じことに興味を持った人だから?
待合せ場所に遅れて着いた僕を、向こうが先に気付いた。僕のことはサイトを見ているので、顔も知られているのだろう。温和そうな白人男性と、明るく人懐こそうな日本人女性。
少し前に僕はブログにカ「サファリ(アフリカ料理)」に行った事を書いたのだが、なんと彼女もサファリのワンダさんの知り合いで、さらにサファリで週末夜にレゲエライブを開いているらしい。どこでどうつながるか分からないもんだ。
(p.s.)サファリのワンダさんとは、僕も以前にイエメン人宅でのパーティで会ってたのをwakabunから言われて思い出した。世界は狭いもんだ
あのロシアでの日々を思い出そうと、ロシア料理「スンガリー」に。
落ち着いて食事が出来る良い店。この日も平日だが席は埋まっていた。
まずは相手のこれまでの話を。富士山で彼と知り合い結婚することにしたこと、古着屋を経営していたが、店の権利を売って、彼の故郷(ライプチヒ)に移住すること、車は既に買っていて、装備も着々と準備していることなど。
車のキャリアに設置できるテント、この日も道具屋街で南部鉄のやかんを買ったとか。
あぁなんか楽しそうで良いなぁ。僕の時はもっとあわただしく、そこまで楽しんでなかったような。
料理道具と言えばカセットコンロに、100円ショップで買ったカセットガスだったし...(結局ほとんど料理はせず、お湯を沸かしてレトルトばっかりだった)
GPS端末もわずか5年で価格が大幅に安くなっている。現在の価格なら手が出せる。
実行計画が具体的なものになっているので話が早い。質問も的確、具体的なものが多い。僕の旅行の時も不安要素は、「運転技術、車両知識が未熟」「犯罪遭遇リスク」などいろいろと有ったのだが、大変だったのは「前例が無く、情報が無い」ことだった(特にロシアでの各種paper worksたくさん) 。
なのでせっかく会っているので、こちらも具体的な普通の人にはしないような話を。「伏木港での乙仲、実際に荷積を行う業者の連絡先」「市街地から離れているウラジオストク税関までの行き方」「どうやってカルネ(通関手帳)を持たずに、車を免税扱いにするか」など。
どれも説明すると簡単なものなのだが、これを得るのにどれだけ苦労したか。ウラジオの港に着いた僕がどれだけ路頭に迷ったか...
ドイツ人の彼も人間味の有る人で助かった。言葉が通じなかったらどうしようかと思ったが、杞憂だった。店に入った時にまず内装を見て「ロシアの伝統的なスタイルだ」と彼が店を誉めた時に、彼が自分に気を使ってくれているように感じた。
彼が「ロシア語は5年習っていたが、ほとんど覚えてないなぁ」と言った時に自分は「日本人の英語のようなものだ」と笑った。
「ロシアでは英語が全く通じなくて大変でした。"ホテル"も通じないんですよ。ホテルの前でホテルはどこかと道行く人に尋ねたり(笑)」 「え?ロシア語ではホテルを何と言うんですか?」 「ガスチーニツァ」 「あぁそうそう、ガスチィーニツァだ、そうだ、思い出した」
ライプチヒは旧東ドイツにあることを暫くしてから思い出した。彼の子供の頃はまだロシアが東ドイツを支配していたことに気付いた。ベルリンの壁崩壊まで、学校ではロシア語が必修だったのだ。彼らの、ロシアに対する何とも複雑な思いに気付かなかった。あの時の僕は15歳だった。塾から帰ってきて、ニュースステーションで見た映像を覚えている。
店を出て、今日は良かったと言ってくれた彼に「今食べたのは"ロシア料理"だけど、ロシアではこんなものは食べられないよ」と言うと「もちろん知っている」と笑って言ってくれた。
二人の旅が成功しますように。




