隣の席の人の最近のブログ記事

【6月2日 CI684便(中華航空)  ハノイ(ベトナム)~台北(台湾)】

僕が席に来たときは既に2人は席に着いていた。自分の席は窓側のA席。BC席の二人に一度通路に出てもらって、席に着く。その時は会釈しただけだった。アメリカ人観光客といった感じの老夫婦(又は親子?)。

スチュワーデスに機内食の飲み物のオーダーを聞かれた際に僕は「Chinese Tea」と答えた。英語で聞かれたということは僕は「台湾人ではない」ことをスチュワーデスが思ったということだ。中華航空ということも有り乗客のほとんどは、ベトナムから帰国する台湾人の観光客とビジネスマンだ。他の東洋人系の乗客には中国語で話しかけている。

スチュワーデスに「今はお茶は用意してない。食事を配り終えてから持ってくるので今は
ジュースかビールではダメか?(英語)」と言われ、「じゃあオレンジジュースを」と答えた僕に、隣のおばさんが「あら?英語が分かるの?」と話しかけてきた。「いや残念ながら。日本人です」と応える。

そこから話をするようになった。いや、隣の二人は黙っているのは耐えられんといった感じで。僕にも分かるよう分かりやすい英語で話しかけてくれる。1ヶ月のベトナム旅行から帰国するところであること、ベトナム人は親切で、食事はいつも美味しかったことを。

ベトナムに1ヶ月も?と僕はその期間の長さに驚いたのだが、2人は僕が驚いたのは「白人である2人がベトナムに馴染んでいた」ことに驚いていると映ったらしい。
今の話に誇張は無く、本当にアジアが好きなことを説明してくれる。「ほら、料理の本も買ったのよ。帰国後も家でもつくりたいから」。僕は仏教徒とかと聞かれ「えぇまぁそうですがクリスマスも祝いますよ(笑)」と応えると、「あぁそうよね。知ってますよ。私達も仏教徒ですから」と言われる。え?本当なのか、笑うところなんだろうか。

ベトナムでの旅の話、アジアの料理の話などをしていると、台北への2時間の短いフライトはあっと言う間。結論は「アメリカの自宅でアジアの料理を作るのは難易度高い、ロスにでも食べに行ったほうが良い」ということになったのだが...
(僕のつたない英語力に二人とも合わしてくれていたので楽だった)


名刺を出され「アメリカに来たら、サンディエゴに来なさい。一年中暑くも寒くもない良いところだから。」とおきまりのセリフ。名刺に書かれている会社名は聞いたことの無い会社。肩書きは[PHYSICAL CHEMIST]。物理化学者?何の会社なのか尋ねた僕に「ロケッツの会社だと」人のよさそうな恰幅の良い男の人が答えた。「ロケッツ?」 「そうだよ。ロケッツ。あぁエアクラフトもやってるけどね。ロケッツだよ。ズドドドーン(とロケットの打ち上げの真似)」。


台北で別れる時に、両手を合わせてグッバイと言う二人を見て、慌てて手を合わせてお辞儀をして挨拶する僕。面白い人と出会ったのかもしれない。からかわれてたのだろうか?

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帰国後ネットでみたら、まさしく「航空機・ロケットの設計、製造」の会社。...プロジェクトリストには[B2 MODEL]なんてものも有り、載っている画像はまさしくステルス型。ホリエモンも羨む民間宇宙船計画やってたり。いろんな会社が有るんだな。

【5月28日 JO075便(JALWAYS) コナ発 ホノルル経由 成田行】

機内に入ると日本だった。ハワイがいくら日本っぽいと言っても、日本とは違う。
スチュワーデスがタイ人とは言え、やはり日本の航空会社は日本の雰囲気が有る。

飛び立ってすぐに右手に、前日行った真珠湾。海を渡ってカウアイ島、ニイハウ島も。雲少なくはっきり見える。隣の席からイヤホンの使い方を聞かれる。50くらいのおばさん。「お一人ですか?」と聞くと「え、こんなおばさんでごめんなさいね。若い女の子の方が楽しんじゃないの?お一人でハワイに?」と笑われる。いや、特にそういうつもりで声をかけたのではないのですが。

 

今回は知人の結婚式にハワイに来たのだと答えると、おばさんの一人娘も結婚してハワイに住んでいると言う。子供が生まれたのでしばらくハワイで付き添っていたとのこと。結婚相手はニカラグア人だという。へぇそれは珍しいと頷く。
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夫のニカラグア人は、ドイツ移民の父とニカラグア人の母との間でニカラグアで生まれ、アメリカのソルトレイクシティに家族で移民し、成人し今はハワイで働いていると言う。そのハワイで二人は知り合い、家を購入して、今年二人目の子供が生まれた。おばさんも今は日本より娘の居るハワイで暮らす時間の方が長くなってきたが、日本での用事も有り年2・3回ハワイと日本を往復していると話してくれた。
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さすがアメリカ、mixtureされた文化を驚く。夫の父もドイツ人というけど、ドイツ人とスペイン人のハーフだという。どういう経緯でドイツからニカラグアに来たのだろう...おばさんも「そうなのよ」と話を進める。2年前その夫の母方の祖母(つまりニカラグア人だ)の誕生日パーティにみんなでニカラグアに行ったという。その時は親族だけで100人以上集まり、何が何だか分からず面白かったと言う。東洋人は自分達だけで歓迎されたという。

 

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自分は今回ハワイに初めて行った。そこはアメリカ。住民の何割かは東洋系。人種別にすると一番多いのは白人ではなく日系人だと言う。どんなことも「アメリカでは」とひとくくり出来ないのを実感できた。いや、それが「アメリカ」なのかもしれないが。

一人で飛行機に乗り座席に着いた時、まず隣の人に会釈する(or挨拶する)と、その人と話をすることになるような気がする。最初に無関心を装うと到着まで一言も会話をしないことになると思う。
互いに一人であるのが必要条件で有り、十分条件でもあるようにも思える。やはり、どちらかに連れが居ると、隣の人に話しかけることは無い。また、国内線では隣の見知らぬ人と話すことも無いのだが、国際線では往々にして有る。海外旅行はやはり非日常の空間なのだろうか。
隣に座る人は自分では選択できないのだが、一人旅の客の横には一人旅の者が配席されることが多い。国籍も性別も年代も全く選べない。こんな究極の出会いの場はなかなか無いと思う。

2年前イギリスからの帰路、大きな黒人2人に挟まれ苦しかったのを思い出す(満席で変われなかった)。日本に車を仕入れに行くというカメルーンの中古車商、ガーナからの留学生という珍しい組み合わせだったので。


今回のイエメンへの往路(3月30日)、名古屋〜ドバイで隣に座っていたのは、名古屋の70くらいの男性。飛行機が楽しみで仕方が無いといった感じで、向こうから話しかけてきてくれた。
モロッコに行くツアーに一人で参加していること、退職するまで主に東欧からクラシック、バレエなどのイベントを日本への招聘する仕事していたこと、共産主義が崩壊するまでのロシアや東ドイツでの旅のことを聞く。太平洋戦争中に軍需工場で動員されたこと、空襲での避難の仕方など。幅広く話をする。
僕が会社員でなく何か事業をしてるだろうと、何も言わないのに見抜いたので驚く。



復路(4月3日)では、クウェート駐留の韓国空軍の地上職員。クウェートの基地には単身赴任で、3週間の休暇でソウルの自宅に戻る途中。

ドバイ/名古屋経由でソウルに行くのもドバイ-ソウル直行も料金が同じだったので、日本観光も出来る名古屋便を採ったそうな。話をしたくて仕方が無いといった感じで、英語力も僕と同じくらい(=高校入学程度)と言うことも有り気兼ね無く話せる。
クウェート(アメリカ空軍/韓国空軍/日本の航空自衛隊の共同基地)での生活についていろいろ珍しい話を聞く。相手も15年ぶりの日本滞在(1泊だけだが)が楽しみのようで日本について聞いてくる。少し長いフライト(9時間)も飽きることが無くてよかった。
今回の韓国人とはまた会うことになる。

追記.と言うか、(5月1日)まさしく安倍首相が行ったあのアリ・アルサレム空軍基地


一人で海外に行くと、日常では知り合わない人と会話をすることになるので面白い。

広州からシンガポールへ向かう中国南方航空。
座席はほぼ埋まっている。

指差し会話−インドネシア」を読んでいたら、通路をはさんだ席に座っているおじいさんが声をかけてきた。シンガポールの入国カードを取り出して何か言っている。どうやら英語が出来ないので、僕に書いてもらいたいらしい。感覚ですぐに分かった。パスポートを出してもらい、おじいさんともう一人おばあさんの二人分を代筆する。

パスポートは二人ともインドネシアのもの。国籍はインドネシアで住所はPalembang。おじいさんの誕生日は1932年。で、おじいさんの生まれた場所を見て、ちょっと驚いた。[Republic of China]。中華民国だ。人民共和国でなく。中華民国と言っても、今の台湾で生まれたという訳ではないだろう。
 
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話はずれるが、日本のパスポートに出生地を書く欄は無い。
[Place of Birth]が現在の国籍と違う人というのは、世界には結構いるのだろう。
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おばあさんの方はインドネシアになっているから、インドネシアにやってきたおじいさんが、現地の人と結婚したということだろう。どうやらインドネシア華人(華僑ではない)が、中国へ里帰りして再びインドネシアに帰宅(どっちが本当の家だ?)する途中らしい。
 
おじいさんがインドネシアになぜ、いつ移住したかは分からない。
僕が中国語かインドネシア語が出来れば話をしたかもしれないのだが。
 
日中戦争前だろうか、日本統治時代か。又は国共内戦の際か。
政治的な理由だろうか。経済的なものか。はたまた物心付く前に家族に連れられてかもしれない。
すごく興味を惹かれる。おじいさんの話を聞けば、小説1冊くらい軽く書けるだろう。
 
シンガポールでの滞在場所、滞在期間を書かなくてはいけないので、頑張ってインドネシア語の会話集を見ながら話しかけたのだが、残念ながら通じない...のだが、前に座っていたビジネスマンっぽい人が助けてくれた。僕が英語で説明するまでもなく、状況を理解したと言うか、暇な機内。向こうも気になっていたと見えるこの人は、中国語でおじいさんに話しかけた。たぶん広東語ではなく、北京語?で。おじいさんはほぼ理解している...し、おじいさんの座席のポケットに入っている新聞は漢字で書かれている...
 
おじいさんは今でもインドネシア語より中国語の方が得意なのだろうか。
おばあさんとの間は何語で話してるんだろう。普通はインドネシア語だと思うが。
現地に同化してないのかなあ。たまにインドネシアで華僑との暴動のニュースを聞くのだが。
 
ビジネスマンにあなたはシンガポーリアンかと尋ねたら、マレーシアと一言だけつぶやくように答えてくれた。
 
成田から広州の便は、日本への旅行の帰路っぽい中国人団体客ばかりだったのだが、広州〜シンガポールの便は、なんだか色々な人が混じっている。退屈な4時間もそう思ったら楽しくなった。
 
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飛行機を降りてシンガポールの入国審査に向かう時、おばあさんに、自分は日本人でこれからジャカルタに行くのだと覚えたばかりのインドネシア語で話しかけてみた。
おばあさんは特に驚きもせず笑って言った。
僕のことをインドネシア人の学生と思っていたそうだ。
0604231743日曜日の夕方、新宿思いで横丁。
 
焼き鳥とビール。渋い。渋すぎる。
客の入りが良いという理由で適当に入った店。客の半分が欧米人。
客が客を呼んでいるようだ。
 
隣に座っていた一人で飲んでいた外国人に声をかけた(こっちは二人だ)。
ロンドン生まれでNYにすんでいるという。
メンマが美味い、なんだこれはといった会話。
日本酒はHOTに限るという不思議な、いや面白い人だった。
一般的なアメリカ人のイメージ、馬鹿騒ぎをするといった人ではなく。長居してるけど店の親父は怒ってないかってことを心配していた。
 
車でロンドンまで行ったという話をしたら、僕の仕事は何かと尋ねられた。
彼は自分は「James bluntのmanagementをしてる」と言った。ごめん、知らないんだよ...You're Beautiful〜って歌を口ずさんでくれても...
 
今、ネットで調べて知った。全米ナンバーワン・ヒットを記録したって言われても知らんもんは知らん。聞いたら分かるのかな...
 
どこでどんな人と出会うかは誰も分からない。
いや、だから面白い。
 
関係ないけど、マネージャーって仕事も面白いな。
自分ではなく、誰かを成功させるというのも。
 

このJames blunt の経歴に興味を持った。イギリスのシンガー&ライター。ブリストル大卒、陸軍大尉。コソボでの平和維持部隊を指揮...?なんだこれは?
日本ツアーの最後に今週金曜のミュージックステーションに出演するという。見てみよう...と思ったんだが、今週末はバリに旅行予定だった。残念。
 
 
なんか誤解うんでそうなんで、追記。
本人とは会ってません、マネージャーと飲んだだけです。

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