知人の紹介の最近のブログ記事

ちはるちゃんの四十九日が過ぎた。
ニュースで突然の事件を知ってからの数日間、葬儀や偲ぶ会で彼女のこれまでの生き方を知ることが出来た。今回の事件は「残念」としか言いようが無い。

彼女が看護士ということは知っていたが、休みが取りやすいということくらいしか、それ以上のことはこれまで自分は気にしていなかった。

大学では国際関係学部だったこと、途上国のことなどに興味が有り、具体的にその事(支援など)と関われる仕事として看護士という職業を選んだこと。
大学を出た後に看護学校に入った後、がんセンターで働き始めたこと。
がんセンターでも組合の委員として活動していたこと。
休みが取れるたびに海外、発展途上国ばかりを行っていたこと。

そのような国への旅の方が、現地の人と触れ合う機会が多くて"面白い"からだろう。
今回の事件はそれが仇となったのが、本当に残念でならない。

葬儀ではこれまでの彼女の旅の写真の一部が展示されていた。
エジプト、ペルー、今回のミャンマーのものが多い。今回の旅の写真も多く有る。
雄大な夕陽、僧侶、笑顔の子供。

現地の人達と一緒に笑顔で写っていた彼女の写真を見て、彼女の笑顔が、日本のイメージアップに貢献しているのを改めて感じた。国際交流には物的な支援だけが重要なのではない。彼女のような旅人が増えてこそ、その国と日本との交流が深まる。


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彼女と最初に会ったのは4年前の秋。ビックサイトでの旅行博の日の夜だった。"面白い旅人と食事するから"とsunnyさんに誘われて渋谷の火鍋屋でおくだかおりさんと出会った時だ。少し遅れてかおりさんの友達である、ちはるちゃんはやって来た。その時にどんな話をしたかは思い出せない。まさかこの歳で亡くなるとは思わなかった。渋谷駅まで歩いて帰った淡い記憶。

その後はかおりさんの講演会の時などで会った。いつも彼女は"なぜか"受付をしていた。旅人を惹きつける何とも言えないオーラを持つかおりさんと、どこか不思議な雰囲気のちはるちゃん。誰からも親しみやすい雰囲気の二人。
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今回の事件を自分が知ったのは9月29日の夜22時ごろ、ネットで偶然見かけたニュースだった。
「ミャンマーで観光の邦人女性殺害 バイクタクシーの運転手逮捕」
彼女がミャンマーに行っていることは知らなかったが、ミャンマーへの単独旅行者で静岡県の30歳女性...。共通の知人に電話をする。誰もが驚くが、彼女の実家の電話番号・住所は誰も知らず確かめる術が無い。

23時過ぎ、かおりさんからのメールで事実だと知る。成田に帰国するちはるちゃんと東京で待ち合わせをしていた事、昔何かの機会で彼女の実家の電話番号を聞いていた事で、実家に電話をすることが出来、外務省からその日(29日)の朝に本人確認の電話が有ったことが分かった。

その日はネットでニュースの続報を探すことしか、自分には出来なかった。

翌日、彼女の家族と電話で話した。旅行会社/航空会社/保険に入っているかどうかすらまだ分かっていないという状況を知り、タイ航空などに確認の電話をする。自分の行動で、彼女が日本に帰国する時間を少しでも早めることに協力できたのならば嬉しい。

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10月5日、葬儀の前に実家に伺った。納棺されたばかりの、棺に横たわる彼女と会った。かおりさんが「中西君が来たよ」と声をかけるが、ちはるちゃんは反応は無く、苦しそうな顔で、自分は何も言うことが出来なかった。寿命を全うした安らかな死ではない。首を絞められ突然自分の身に降りかかった死。無念さを隠すことが出来ない顔だった。

葬儀は非常に多くの人が参列していて、誰からも好かれていた彼女のこれまでの生き方が分かるものだった。
これまでに彼女の撮った旅の写真。ミスチルの歌。水タバコなどの遺品。
幼馴染の男の子、ちはるさん、弟の3人の弔辞。

皆が泣き、彼女が多くの人から親しまれていたのが分かった。見知らぬ人から「この会場から人がこんなにあふれる式は滅多に無いのよ」という話を聞いた。

荼毘に付した後、初七日の法要まで、厚かましくも参加させてもらった。初七日の法要を葬儀と一緒に行ったのは便宜上の理由ではない。事件の日からちょうど7日経っていた事を知る。ただパガンからさらに奥地の村から首都ヤンゴンまで数百kmの陸路、そして飛行機をバンコクで乗継いで静岡まで、初七日に間に合ったことは良とすべきなのか。彼女を迎えに現地まで行くかどうかの問いに「行ってもよいし、行きたくないわけではない。ただ少しでも早く日本に連れて帰れるほうが良い。自分が行くことで帰国が遅くなるようなら行かない」と言った家族の心中を考えた。


火葬場で待っている間、そして厚かましくも参加した通夜振る舞いの席で、彼女の高校や大学時代の同級生、親族の方などから色々な話を聞いた。もちろんみんな初対面なのだがお酒も入ったこともあり、色々な話をした。初対面ゆえに逆に彼女の交友の広さを知り、その人達の話し振りから彼女が親しまれていたことを実感した。また、その人達~普段接している人達を見る事で、その人の人格も知ることが出来る。

今回の件で思う事はまだまだ多くあるが、今の気持ちを忘れないように、感情を加えないで、起こった出来事だけをここに記す。
佐谷恭 [株式会社旅と平和] の新規事業の説明を行うとのことでパクチーハウスに。集まったのは発起時の株主Tなど数人のみ、やはり月曜日の18時というのは一般企業のサラリーマンは難しいのだろう。繁盛店のこの店で座席の空きが有るのは月曜くらいなのだろうが。 

資料をさっと読んだだけで、事業の採算性など精査したわけではないが、彼ならうまくやるだろうと思う。様々な問題が起こるだろうが、乗り越えていけるだろう。金融機関や他の出資者も恐らく、彼の将来性とこの2年間の実績を視て資金を出すのだ。 

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渡邉さん [株式会社サムスル] 、初対面だが、ブログかどこかで文章を読んだことも有るからか、"普段着"だからだろうか親しみやすい雰囲気。よくある創業経営者の"アクの強さ"(?)を感じさせないのだが、これまでの経験に基づく"自信"が、短い会話の中に現れていた。同年代で何が違うのだろうか。参考にしたい。 
まずは朝ラン...から真似すべきなのかもしれないが、まぁこれは置いておこう。あ、これが駄目なのか。 

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トフィーの店に移動して、"今年の目標"(1月に佐谷とTとの3人でたてた)について話をする。 
だかなえられそうに無い。忙しさは言い訳なのだろう。忙しい人ほどどんどん先に進んでいく。あと今年も半年、前へ進まなくては。 
シンガポールで会って以来のSちゃんもすっかり日本に馴染んでいて、時が経つ早さに驚いた。もう1年近く経つのかー。幼稚園は楽しいそうだ。 

Tとも意見が一致した事だが、何か小さな事がきっかけで人間大きく変わることが有る。波に乗ると言うか。自分の周囲でも何人か心当たりが有る。数ヶ月程度の期間で大きな事を成し遂げる人。だがこの成功と言うのは、まぐれや偶然で手にするものではない。その波が来たとき、いかにしてどれだけの行動力を出せるかは、それまでの人生にかかっている。波が来たと感じた時に、自信を持って行動できるように今、自分は-


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