麗江の市街地で自転車を借り、田んぼの中の一本道を走っていたら前方に集落が見えてきた。ナシ族の家屋風の瓦屋根、塀で囲まれた大きな建物群。何だと思い近づいてみて、入口の下にあった礎石を見るとなんと[BANYAN TREE]と書いてあるではないか。こんな所に??バンヤンツリーって中国にも進出していたのか。それも看板がない。街で買った地図にも載っていない。たしかに一般中国人には無縁な施設だろう。お金を持っていても成金には面白くなさそう。

門番に「ちょっと休んでも良い?」と聞くと、日本人が自転車で来たのかと笑わってゲートを通してくれた。すぐにスタッフが3人も飛んでくれ、カフェまで案内してくれる。暖炉も僕のためだけにマキをくべてくれる。冬は寒いのだろう。こういうリゾートはビーチしか行ったことが無いけど、タイの北部などもきっとこんな雰囲気なのだろう。

一番安い78元(1000円)の中国茶。雲南の何とか茶と説明してくれたけど忘れた。おいしい...なんでこんなに味が違うの??ゆっくりと絵葉書を書いて休む。

帰国後サイトで探した。公式サイトはあっさりしているが、こんな感じ。1泊500ドル(51000円くらい)だが結構混んでいるという。僕が行ったときは数組の欧米人や香港人っぽい人が散歩してただけだが。

1時間ほど休んでいる時にちょうど夕立が来た。もう動きたくなくなったが、そうも行かない。お金持ちになったら長期休暇をとってまた来よう。

世界遺産の街の麗江も、旧市街地から出た新市街地には「飯店」「賓館」(ホテル)がたくさん有るが、やはり旧市街地、古城地域内の「客桟」(民宿/旅館)に泊まるのが良い。
1.2泊目は川沿いの宿、3泊目は古城中心地の四合院づくりの宿に泊まる。どちらも一部屋で80元。

世界遺産の建物とはいえ、建物内部は改造されており、きれいなシャワー、トイレ付、でベット。火事になると大変なのでストーブは禁止されているとのことで、電気毛布。不便は感じられない。中国の安っぽいビルのホテルに泊まるよりもこっちの方が明らかに良い。なぜわざわざこんな小さな宿に泊まるのかと中国人は思うのかもしれないが。日本でも30年前はこういう感覚を持った人が多かった。

夕食はこんな時間でも営業しているカフェのようなところで。納西巴巴(ナシ族のパンケーキ)6元、大理ビール5元、麗江炒飯5元。観光地価格、ちょっと値段高めか。麗江炒飯の特徴分からず。普通のチャーハン。

京都駅には思ったよりも早く20時には着いた。新幹線もまだ有るので、高速バスではなく新幹線で帰ることにした。20時5分発ののぞみは窓側、通路側とも満席だったので、20時15分発ののぞみの指定席を取った。

席についてからはウトウトとしていたが、21時過ぎにアナウンスで目を覚ます。「先ほど小田原駅付近で、下り列車が人との接触の衝撃により停車しております。現在、上下線で運転を見合わせており、この列車もまもなく停車いたします」変わった表現を使うなぁと思った。

列車は掛川駅の追い越し線で停車。隣にはこだまが止まっている。

21時半、車内放送「現在、警察の現場検証が続いており、運行再開にはかなりの時間を要すると思われます」。社内は静か。

kyoからちょうど携帯に着信が有ったので電話する。

22時16分。メール受信。事故は20時47分と知る。人と接触したのはのぞみということは小田原を通過する列車。つまり人をはねてもすぐには止まれないから、車体はかなりすすんでるはず(2kmすすんだとその後知る)。現場検証に時間がかかりそう...

22時18分車内放送。「先程の放送を訂正します。警察の現場検証は22時11分に始まりました。現場検証は1時間程度、そして安全確認にお時間をいただくことになると思われます」。隣のおじさん二人組が「じゃあ東京着くの11時過ぎるなぁ」と言っている。23時なんて今すぐ動いても無理だろ...みんな気づいてないのか?

車内販売の食べ物が無くなる(するめとかまぼこは有った)。

23時。ジュースを買いに行く。トイレが行列になってた。

23時40分頃(時間見るの忘れた)、安全確認がすんだという車内放送が有って数分後に動き出した。隣に止まっている先に到着していたこだまよりも早く動き出す。

小田原駅を徐行しながら通過。上りホームに新幹線が止まっており、前の席のグループの人達も隣の人も「あの新幹線だ」と話しているが実際は違うだろう。小田原駅で接触してから先に進んでいるわけだから、事故車両は今頃は三島あたりに有るはず(小田原の次の熱海駅は山裾で敷地が狭いので退避ホームが無いはずなので)。

 

新横浜到着24時半、3分の一程度の人が降りる。

品川到着前に車内放送。「現在、東京・品川とも在来線の営業はすべて終了しております。お客様が朝までお休みいただけるように休憩車両を東京駅に用意しております。どうぞお使いください」。車内に笑い声があちこちで起きる。恩着せがましい話し方だから??もう笑うしかない状況だから?

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東京駅で列車が詰まっており、品川駅から東京駅まで20分程度時間がかかる。25時過ぎ東京駅到着。

(写真1)到着後のホーム。疲れて彷徨う乗客。

 


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(写真2)払戻窓口の行列。東京駅から帰る人はここで特急料金分のみ払戻してもらう。東京駅乗換の指定券を持っていた人達の替わりの列車の手配など。

 


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(写真3)駅のあちこちで、駅員などと相談・交渉している。収拾つかないので在来線との乗換え改札を閉鎖して乗客を新幹線エリアにまとめる。応援のJR職員がかなり来ているようだ。


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遅延印を切符に押してもらい、改札を一度出てみる。

(写真4)タクシーはすごい行列。少なくとも1時間待ちと。タクシーの応援呼んでいるが時刻が時刻だけにどうなるか分からないようだ。交番の警官も眺めている。近くのホテルはすべて満室だろう。

 

 

 


20070710013219番線の休憩用新幹線。ニュースなどで言われるいわゆる「列車ホテル」。好きな席で休んで良い...のだからグリーン席に行けばよかった。普通席に荷物を置き席を確保しておいてから気付いたのだが遅かった。

(写真) グリーン席の様子。2時を過ぎてもまだまだ新幹線が到着してくる。列車ホテルは2編成(16番線と19番線)用意するとのことだったが、結局4編成(64両)になる。


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4時半、周りの人が動いているので目覚める。

(写真) 在来線の乗継改札で払戻印を押してもらう。最終目的地の駅で、特急料金分の払戻を受けるため。

 

 


5時1分発、成田空港行の快速で千葉へ。

千葉駅改札で5240円の返金を受ける。定価で購入したのではない回数券だったが、払戻を受けることは出来た。まぁそうしないと客は怒るよな...

高速バスにしたら良かった。いや、貴重な体験が出来てよかった。


この夜、東京駅で泊まった人は2620人。「列車ホテル」は名古屋駅と新大阪駅にも用意され、被害者は3万人とのこと。ってことは日本人の4000人に一人はこの時間に東海道新幹線に乗ってることになる...すごい。


自殺をしたのはJR東海の社員とのこと。

運転再開を待っている間、みな(自分も含めて)はいつ動くかということを考えていた。マスコミの報道なども。その人がここで死ぬまでの人生について考え、思いをめぐらす人は少ない。鉄道自殺は注目度は高いが、その死について哀れみを受けることは少ない。どうせ死ぬなら他の方法で...いや、だから鉄道自殺なのか。

ハルピンでは駅前に有る龍門賓館に宿泊。ここは1945年まで(満州国時代は)満州鉄道(満鉄)直営の「ヤマトホテル」だった。ヤマトホテルは日本の傀儡国家、満州国のコロニアルホテル。当時、日本資本で大連、新京(長春)、奉天、ハルピンに建てられた。日本人の支配者層、外国人が主に滞在したホテルだ。

龍門賓館の貴賓楼の部分は当時のままの建物。そこに出来れば泊まりたかったのだが前知識が無く、「一番安い部屋で良い」と言ってしまったばかりに新館の部屋になった。定価580元を390元で。180元のトイレ無部屋も有るが中国人民用とのこと。13階の客室からはハルピン駅の構内が見下ろせて見晴らしは良かった(このハルピン駅では18年、伊藤博文が暗殺されている)。

ホテルのサービスはまぁ良い。高級感というほどではないのだが。フロントですら僕程度の英語力(=最低限)しかないのだが、親切だ。黒河への航空券を頼んだらちゃんと買っておいてくれた(手数料無料、結局チップも払わず)。

貴賓楼の部分は"さすが"だ。もともとこのホテルは満鉄が建てたのではなく、帝政ロシア時代に建てられたもの。 列強が清を事実上の植民地にしていた時代、威勢を示すために建てただけあって立派だ。年号がはめられた入口。ドアマンに、木の回転ドアを押してもらい中に入る。
フロントの前のロビー。

暖炉(今は使われていない)の前のソファーに座ってみる。


絨毯の引かれた廊下、すりへった手すりの階段、大きなシャンデリアの食堂(何室か有る)。問題は現在の中国人の美意識がちょっと...ということだが。変な装飾や看板をわざわざ付け足したりしている。

古いというだけでない。政治家、財閥、軍人など著名人が泊まったことというのも歴史好きには堪らないのだが、ここハルピンのヤマトホテルならではの事件が有っただろうことに思いを馳せると楽しい。
ハルピンは満州の北部、外国人が多く住んでいた都市。日本と国民党、ロシア、アメリカなどの列強諸国、それぞれの勢力の間を彷徨う軍閥との地下交渉が行われた町だ。秘密の保てる、日本の国家権力に守られたこのホテルで、記録には残っていない様々な事件、交渉が起こったであろうことは容易に推測される。

ハルピンにも現在は外資系のホテルが進出している。そっちの方がここよりもずっと高級で、実際サービスも洗練されているのだが、せっかくハルピンに来たのだったら、最初の夜にはこの龍門賓館がおすすめ。

0603040801天津では「ASTOR HOTEL(利順徳大飯店)」に泊まる。
たった一泊。それも深夜2時にチェックイン、9時にチェックアウトだが。

開業1863年の租界時代の趣を残すクラシックホテル。
部屋はいたって普通なのだが、旧館の廊下やレストランを覗くとさすがと思わせる雰囲気。文革時代をどう乗り切ったのかは分からないが古い家具なども保存してあるみたい。
 
0603040800部屋にホテルの歴史を記した写真集がおいて有った。
滞在客にはフーバー米大統領や中国の歴史上人物がゴロゴロ。
張学良孫文なんて名前を見ると歴史好きにはたまらないだろう。
清が滅び満州国が出来るまでの間、日本租界にいた溥儀が天津でパーティをする映画「ラストエンペラー」のシーンを思い出す。
 
ホテルの周りは各国が造った石造りの建物が、現在も使われている。もっと観光資源として活用したら、魑魅魍魎が跋扈した20世紀前半の激動の時代を再現した場所として人気が出ると思う(現状は...う〜んって感じ)。 
 
記念に卓上カレンダーを持って帰ろうとしたら、チェックアウトの際に10元とられた。
もっとゆっくり滞在した方が良いところ。天津自体は観光都市ではないが。
060305sihe02北京では「四合貧館」に泊まる。
ネットで見つけた。
王府井から歩いて15分くらい。
便利なところのわりには静か。
 
 
 
 
060305sihe01
 
故宮を皇居、王府井を銀座の繁華街とすれば、ここは浅草の旅館といったところか。
古い四合院を改装した感じの良いホテル。
中庭も良い感じ。
 
 
 
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受付も感じが良い。
ちょっとぎこちない英語、フレンドリーな対応。
 
値段がもうちょっと安かったらなぁ。
一部屋(二人)で450元(7000円)。
0601160640ソウル3泊目は大元旅館(テゥォンリョグゥァン)。95年に2回と98年に泊まって以来だ。ソウル一、韓国一の中心地にありながら格安のパッカー宿だ。値段も変わっていなかった。ドミ15000W、個室20000W。

シーズンオフで泊まっていたのはほとんどが長期、いや住み着いている人で10人くらいか。8割くらいは日本人だ。今回は個室に泊まる。旅行者は強く希望を言わない限り、自動的に個室を割り当てられるようになっていた。個室と言っても2畳だけだが。冬に泊まるのは初めて。オンドルで暖かかった。

0601152330宿泊客は
●滞在2週間目でスケート場でバイト中20代男性(ソウルで3日続けてスケート場に行ったら向こうからバイトしないかと言われたらしい)。
●半年滞在、焼肉屋裏方バイト20代男性(言葉出来ないが韓国人の中で一人で働く)
●会社辞めて1年間語学留学30代男性(泊まってない。遊びに来てた)
●ロンドン大出て今春就職予定だが独立志望20代男性。
●悠々自適50代男性。年金貰える様になったら海外移住計画
●もう一人60代自営男性。楽しく旅行中

0601152331

みんな個性があって面白い。久しぶりに日本人宿に来たかいが有る。こういう所に来たら時間がいつの間にか過ぎる。特に意識しなくても世界中の情報が集まる。何かおもろいアイデアはこういう所で産まれるのだ。

ところで再開発されるから取り壊されるという話、いつなんでしょう?何年も前から耳にするけど。今回もまことしやかに今年の春に壊されると言う話が出ていて面白かった

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