1日本の最近のブログ記事

長野県小谷村のゲストハウス。築150年の古民家。「自分の家のように使ってください」家庭的なサービスと言うより、家族友達のように接するスタッフ。チェックイン・アウトの時間は自由。みんなで料理を作り、囲炉裏端でみんなで食事。食後も地酒を飲みながら過ごす。飲みたいものを飲む(後で自己申告でお金を入れる)。トイレ・水周りなどはリフォームされている。
この日のスタッフは1人、客は3人(多い日で15人くらい、夏の方が多いらしい。冬も楽しいのに)。宿泊代は4900円(2食の食材費・冬季暖房費込)。贅沢な時間。

一日目昼間は小谷温泉へ日帰り入浴。復路バスに乗り遅れて(温泉に掲示してあった時刻表が去年のものだった)、雪の舞う中を2時間かけて歩いて宿に帰ることになったが、それ以外の時間は宿で過ごす。

小谷村・白馬村は昨年11月の長野県北部地震 (2014年)で大きな被害を受けた(震度6弱)。過疎地でもともと人口が少ないからか注目度が低いが、激甚災害も適用された地震だ。今も崩壊した建物が残っている。観光が盛んな地域だから、旅に行く事で支援するのも良い(深く考えなくて良いが)。





Khaosan Tokyo Origamiオープニングイベント&内覧会に行って来た。
Khaosan Worldや,カプセル個室のKhaosan Ninjaほど奇をてらっていない。
ラウンジからはライトアップされた浅草寺、丸の内のビル群まで見渡せ外人は喜びそう。

外国人旅行者(特にヨーロッパ・韓国・台湾・タイ人)の増加で、日本各地で新しいゲストハウスが出来ている。 東京・京都・大阪では法人組織にしているゲストハウスが、地方でも古民家を改造したり、空き部屋を利用した家族経営のものが新しく次々とオープンしている。カオサンは前者だ。
代表の小澤さん、ゲストハウス評論家の向井さんから興味深い話を色々と聞けた。ここには書けないが。

日本滞在8ヶ月目のドイツ人、1ヶ月目のスゥェーデン人と話す。
日本の知識・視点が少しずれていて面白い。

-ニメが好きなのではありません。日本の文化が好きなのです。
-え、ジブリですか?トトロが一番好きです」
スウェーデン人は普段何を飲みますか)
-梅酒です。
(いやそんなこと無いでしょ、例えばビールは?)
-ビールはアサヒビールです。
(いや、それはあなただけでしょ)


お祝いに来ていた浅草で活躍(?)している不思議な人達を観れて興味深かった。

Khaosan Origami (予約サイトagoda)
夕方に急遽思い立って伊東温泉に。
前々から聞いていたK's House Ito Onsen ケイズハウス伊東温泉
寂れた温泉街にいきなり現れる立派な建物。
ドミトリーで1泊2950円(それも楽天ポイント)だが、大浴場だけでなく個人用浴室もある(大浴場NGという外国人は結構居る、無料)。
この日のゲストは欧米人数人、台湾人のカップルと家族連れ、中華系とアジア系の男女単独何人か、そして異色(?)の高齢経営者のグループ。こんな所が有ったのかと感心している。確かに他の温泉ホテルが平日の客寄せに苦心している中で健闘している。
世間の皆さんが働いている日に休むのって良いね...と書きたいところだが、翌日は午前中に帰った。小田急電鉄の株主優待券を使って(笑)。限りなくお金を使わないで贅沢な気分。
最近不眠気味だったがこの日はぐっすり眠れた。




薩摩硫黄島の宿泊施設は民宿しかない。三島村の公式サイトに掲載されていた民宿は5軒。民宿名と電話番号しか情報は無いので、比較のしようが無い。価格もどこもほぼ同じ金額(1泊2食6000円)のようだ。
お勧めの宿でも有るだろうかとネットで検索するが、あまり参考となる記事が見当たらない。適当に電話をして最初に繋がった「民宿カジュマル」に泊まる事にした。
予約をしたのは宿泊する前日。金曜日の午後。島には店などが無いだろうから、食材の仕入れなどを考えるとギリギリだったかもしれない(三島村のサイトにも、必ず事前に予約するように書いてあった)。



島に着いて船を下りて、荷降ろしの様子の写真を撮り、さて宿はどこだろうかと考えながら集落へ歩こうとした途端、ワゴン車がすぐ傍に止まって運転席のおばさんが声をかけた。「兄ちゃん、昨日電話した人?」
「あ、そうです。カジュマルさんですか?」
確かにこの船でやってきた男一人の観光客というのは自分だけかもしれない。車で宿まで送ってもらう。と言っても人口120人の小さな集落、港から1分ほどで民宿カジュマル荘に到着したのだった。 


部屋数は6部屋ほど。詰め込めば結構泊まれそうな大きさ。一番奥の部屋に。
テレビとエアコンだけの8畳間だった。(いや、テレビとエアコンがあれば十分だが)。
この日の客は自分だけ。夕食は7時にと伝えて、荷物を部屋に置いて島内探検散策に出かける事にした。


宿を出たところで野生のクジャクと遭遇。この後にも何回か見かけたが、普通の道路をクジャクが野放図に歩いている。かなりシュールだ。



島内を6時間歩きまわって(本当に歩いていた)、疲れ果てて夕方7時に宿に戻る。食事が座敷の部屋に用意されていた。

おばさんが港の堤防で釣ってきたところというイシグロの刺身と揚げもの、カサゴの焼いたもの、これも昼間に山から採ってきたという大名竹を焼いたものと煮たもの。久しぶりに歩いたのと昼に食事をしなかったのでお腹を減らしていたのだが、これをおかずにご飯、味噌汁などで十分満足できた。サラダの野菜や調味料を除いて、すべて島でとれる食材。



「この竹の子はえぐみが無いですね、焼いただけなのに普通に食べられる」と言ったら、おばさんは「そりゃ当然だよ、この竹の子は島の特産で。大名竹は竹の子の王様だよ」と言う。船の中で隣の竹島の竹林の一口オーナーを募集するポスターを見たのだが、この硫黄島でも取れるという。昼間に俊寛堂の近くでもたくさん竹の子が生えているのを見た。その時は「細い竹の子だ」と思い気にとめなかったのだが、ここの竹はそういうものらしい。"大名竹の竹の子"はかなりの高級品とのこと。シーズンになると東京へ運ばれて料亭向に売られているという(話半分に聞いたが本当だった)。生産量が限られるから流通しないのではなく、良さが分かる人に高値で売られているという事は、本当に品質が良いのだろう。



夜はエアコンをつけた。クジャクの鳴き声だけが響いている(これまでクジャクの鳴き声なんて知らなかった)。夜半に急に大雨になった。南国の夜は、昼間の疲れのおかげで気持ちよく眠れた。



朝食のときに、壁にかけてあるサインに気付いた。「へー、桂三枝さんがこんな離島まで(そしてこの民宿にまで)来たんだ(先月の"私の履歴書"が桂三枝だったので気になったので)」と言うと、「そうよ、結構有名人が来るのよ」とのこと。そう思って壁に有る写真を見るとホンジャマカの石塚だ(これは別に驚かない)。色あせた写真は椎名誠とこのおばさんが宿の前で一緒に写っているもの。こういう人はこういう所が好きだろうなぁと思ったら、石原慎太郎も作家の頃に硫黄島まで来ていたと言う。

これが伊豆や北陸の温泉とかなら全く驚かない。でも鹿児島の離島までわざわざ来ているのだ。夕方に港でのおばあさんやNHKの人との立ち話でも話したが、この島には"プロ"や"マニア"の人達を惹きつけるものが有るのかもしれない。



廊下にはマンガ。壁には他のゲストハウスの宣伝や地図など。別府や那覇などにゲストハウスが有るのは知っていたが奄美や与論にも有るのか。


中山道奈良井宿にあるの民宿「しまだ」。1泊2食で7500円。(一人でも宿泊可能)


奈良井宿の観光に要する時間はせいぜい数時間なので、奈良井宿を訪れる人は日帰りがほとんどだ。JRで気軽に来れる中京圏からの観光客で昼間は賑わうが、日が暮れると急に静かになる。江戸時代から変わらぬ雰囲気を味わうには夜がぴったりだと思い、宿場町内で泊まる事にした。

東京から奈良井へ向かう車内でiphoneを使って宿を探す。宿泊当日の電話予約、一人でも泊まれる宿という条件で見つけたのが「しまだ」だった。

奈良井宿の宿場町は、駅からでも、国道20号線からも徒歩数分のところに有る。東京・名古屋からJRでも、車でも、高速バスでも意外と簡単に行くことが出来る。中山道の宿場町というと妻籠や馬篭が有名だが、奈良井宿も江戸時代の街並みをそのまま残しており、なかなか良い街だと思う。現在も旧市街地に住民が暮らしているというのも良い。

宿に入ったのは18時。ちょうど夕食ができたということですぐ出してもらう。鮎の塩焼き、馬刺し、牛すき焼き、山菜数種など十分な量。江戸時代に建てられた母屋の座敷でゆっくりと食事をする。


夕食後に宿場町を歩く。非常に静か。ただ、建物内に人が居る気配は有る。江戸時代、山を越えて暗くなってから宿場町に入った旅人は行灯の灯を見て一息ついたことだろう。

夜はかなり深い眠りについた。朝は早く目覚めて外にでた。観光客がまだ来ていない宿場町を独り占めすることが出来た。
天井の明り取り窓を見上げて。
奈良井には華美な建物は無いが、立派な木を使用したしっかりとした建物が多い。
周囲には杉の木はふんだんに有るが、江戸時代は天領、現在も国有林が多く、"特産品"である杉は大切に育てられている。
 -久米島の民宿「糸数」。

久米島には港近くと、イーフビーチ周辺に多くの民宿が有る。"はての浜"に近いイーフビーチ近くに泊まる人が多いが、朝の船で帰ることも有り、港近くの具志川村の民宿に泊まることにした。交通の便がよいからホテル・民宿数件有るが紹介ページで異彩を放っていたのがここ「糸数」だ

1泊2食で3500円、この値段なのに食事は充実していて、気に入られたら(?)ビールや泡盛が飲み放題。運が良ければイセエビまで出るという。これは非常に(気に入られるかどうか)気になったので泊まってみた。

10月の平日ということも有り、宿泊客は自分ひとり。かと思ったら長期滞在と言うより住み着いている人が居ると言う。この人は食事無しの素泊まりで、姿を見かけることは無かった。

一日前までは大阪から来た修学旅行の高校生が泊まっていたと言う。もちろんここだけで収容できる人数ではなく、島中のホテル・民宿に別れて泊まる。滞在中は観光だけでなく、島の一般家庭で一日過ごすのだが、これが都会の高校生に大人気との事。最初は嫌がっていた高校生も帰りには名残惜しくなり泣く子も居るという人気プログラムのようだ。

夕食は19時から。自分と宿のオーナーとおばあの3人で食卓を囲む。非常にリラックスした雰囲気。食事は作りたて、写真では家庭料理っぽいということしか伝わらないが、美味しいものだった。イセエビは出なかったが、泡盛は飲み放題だった(笑)。

夕食



朝食


翌朝は船が出る時間に港まで車で送ってもらった。歩くと10分くらいはかかるので助かる。港では大阪に帰る修学旅行の高校生で一杯だったのだが、彼の顔をみてみんなが手を振っていた。久米島での3日間が楽しかったのだろう。素朴なふれあいの有る離島での暮らしを味わうのならばこの民宿は良いと思う。久米島は"離島"というには大きいのだが。(この宿は"リゾート"でもないし...)

京都駅には予定より早く20時には着いた。新幹線もまだ有るので、高速バスではなく新幹線で帰ることにした。20時5分発のぞみは満席だったので、20時15分発ののぞみの指定席を取った。

席についてからはウトウトとしていたが、21時過ぎにアナウンスで目を覚ます。「先ほど小田原駅付近で、下り列車が人との接触の衝撃により停車しております。現在、上下線で運転を見合わせており、この列車もまもなく停車いたします」変わった表現を使うなぁと思った。

掛川駅の追い越し線で停車。隣にはこだまが止まっている。

21時半、車内放送「現在、警察の現場検証が続いており、運行再開にはかなりの時間を要すると思われます」。社内は静か。

kyoからちょうど携帯に着信が有ったので電話する。

22時16分。メール受信。事故は20時47分と知る。人と接触したのはのぞみということは小田原を通過する列車。人をはねてもすぐには止まれないから、車体はかなり進んでいるはず(2kmすすんだとその後知る)。現場検証に時間がかかりそう...

22時18分車内放送。「先程の放送を訂正します。警察の現場検証は22時11分に始まりました。現場検証は1時間程度、そして安全確認にお時間をいただくことになると思われます」。隣のおじさん二人組が「じゃあ東京着くの11時過ぎるなぁ」と言っている。23時なんて今すぐ動いても無理だろ...みんな気づいてないのか?

車内販売の食べ物が無くなる(するめとかまぼこは有った)。

23時。ジュースを買いに行く。トイレが行列になってた。

23時40分頃(時間見るの忘れた)、安全確認がすんだという車内放送が有って数分後に動き出した。隣に止まっている先に到着していたこだまよりも早く動き出す。

小田原駅を徐行しながら通過。上りホームに新幹線が止まっており、前の席のグループの人達も隣の人も「あの新幹線だ」と話しているが実際は違うだろう。小田原駅で接触してから先に進んでいるわけだから、事故車両は今頃は三島あたりに有るはず(小田原の次の熱海駅は山裾で敷地が狭いので退避ホームが無いはずなので)。

新横浜到着24時半、3分の一程度の人が降りる。

品川到着前に車内放送。「現在、東京・品川とも在来線の営業はすべて終了しております。お客様が朝までお休みいただけるように休憩車両を東京駅に用意しております。どうぞお使いください」。車内に笑い声があちこちで起きる。恩着せがましい話し方だから??もう笑うしかない状況だから?

200707100111 東京駅で列車が詰まっており、品川駅から東京駅まで20分程度時間がかかる。25時過ぎ東京駅到着。

(写真1)到着後のホーム。疲れて彷徨う乗客。
200707100114 (写真2)払戻窓口の行列。
東京駅から帰る人はここで特急料金分のみ払戻してもらう。東京駅乗換の指定券を持っていた人達の替わりの列車の手配など。
200707100115 (写真3)駅のあちこちで、駅員などと相談・交渉している。収拾つかないので在来線との乗換え改札を閉鎖して乗客を新幹線エリアにまとめる。応援のJR職員がかなり来ているようだ。
200707100118 遅延印を切符に押してもらい、改札を一度出てみる。

(写真4)タクシーはすごい行列。少なくとも1時間待ちと。タクシーの応援呼んでいるが時刻が時刻だけにどうなるか分からないようだ。交番の警官も眺めている。近くのホテルはすべて満室だろう。
200707100132 19番線の休憩用新幹線。ニュースなどで言われるいわゆる「列車ホテル」。好きな席で休んで良い...のだからグリーン席に行けばよかった。普通席に荷物を置き席を確保しておいてから気付いたのだが遅かった。

(写真)グリーン席の様子。
2時を過ぎてもまだまだ新幹線が到着してくる。列車ホテルは2編成(16番線と19番線)用意するとのことだったが、結局4編成(64両)になる。

200707100431 4時半、周りの人が動いているので目覚める。
(写真) 在来線の乗継改札で払戻印を押してもらう。最終目的地の駅で、特急料金の払戻を受けるため。
5時1分発、成田空港行の快速で千葉へ。
千葉駅改札で5240円の返金を受ける。定価で購入したのではない回数券だったが、払戻を受けることは出来た。まぁそうしないと客は怒るよな...
高速バスにしたら良かった。
いや、貴重な体験が出来てよかった。


この夜、東京駅で泊まった人は2620人。「列車ホテル」は名古屋駅と新大阪駅にも用意され、被害者は3万人とのこと。ってことは日本人の4000人に一人はこの時間に東海道新幹線に乗ってることになる...すごい。

自殺をしたのはJR東海の社員とのこと。
運転再開を待っている間、みな(自分も含めて)はいつ動くかということを考えていた。マスコミの報道なども。その人がここで死ぬまでの人生について考え、思いをめぐらす人は少ない。鉄道自殺は注目度は高いが、その死について哀れみを受けることは少ない。どうせ死ぬなら他の方法で...いや、だから鉄道自殺なのか。

カテゴリ