10何でも食べるの最近のブログ記事

滋賀の名物コンニャクは、赤い(exite newsコネタ)


滋賀県というより、近江八幡周辺限定です。 
近江八幡のスーパーと言えば平和堂orマイカルサティ。ダイエーは撤退した。全国チェーンであるサティですら近江八幡店で売っているコンニャクはほとんどが赤いものです。

赤いのは食紅を使っているからで、普通のこんにゃくとの違いは本当に色が違うだけ。味も食感も変わりません。 
【追記修正】
食紅ではなく、酸化鉄を入れるそうです。酸化鉄バージョンは食感がやや異なる。また、鉄分が摂れるというメリットは有る。

数年前、一時期全国のデニーズで「赤こんにゃく」を使った料理(確か肉じゃがだっけ?)が使用されて話題になりました。 

知らない人が見たら「グロい」と思うのか...それは新鮮な発見だ。 
自分が他府県に出て一人暮らしを始めた際に、「灰色のコンニャク」がスーパーに並んでいるのを見たときには「グロい」と思ってしまったのだが...

日本人観光客が熱狂する「意外な」商品
(中央日報2009年9月2日)

まさしくこの記事中写真の売り場でお土産を買った。ロッテマートのソウル駅店2階食料品売り場。

ワッフルは買わなかったが(知らなかった)。定番の海苔、コチジャン。レトルトパックのサムゲタンは帰国後すぐ食べきった。ゆず茶も家に常備している(これは買わなくても自分でも作れるが)。

韓国は食事が安くて美味しいのが良い。

景福宮を観光した後、徒歩で「チェジュ料理(済州島の料理)」の店に向かう。ソウル中心の官庁街ではあるが小さな路地に、その店は有った。
アシアナ航空で働くSさんの元同僚が経営する店だという。韓国人の男性と結婚し、ソウルに移住し夫婦で開いた料理店。テーブル席の他に、上がり框の有る10人くらいが入れる座敷。日本でいうところの「定食も食べれる居酒屋」だ。家の近くにこんな店があれば重宝するだろう。それぞれの座席(畳の部屋を貸切、田舎の宴会スタイルだ)に着いた時に、店の人が言った。

「最初のスープですが、『味噌のスープ』が良いですか?『ウニのスープ』が良いですか?」
...

聞くまでもない。全員が即座に『ウニのスープ!雲丹、ウニ!』と答えたのであった。

韓国に来て2日目。日本の味「味噌汁」が恋しくなったのではないかという親切な配慮なのであろうか。それとも韓国では味噌と雲丹が同等の価値を持つのであろうか。又は味噌スープの具は豪華絢爛なのであろうか。いや、しかし皆の心は互いに確認するまでも無い。ウニを食べたい!のであった。

味は当然満足のいくものだった。ウニとわかめのスープ。
メインが来るまでにテーブル一杯に並べられたキムチなどの惣菜。
30cm鍋にぎっしりと入った太刀魚の辛煮。

昼間からマッコリを飲み、満腹になった一団は満足して店を出た。
満足の理由は味だけではない。値段にも有るのだが、正確な金額は忘れた。チェジュ島の料理と名乗るからには、蛸や新鮮な魚介類のフェ(韓国風刺身)も出すのであろう。日本人なら誰でも喜ぶだろう。韓国で居酒屋を開拓するのも楽しい。
午前の便で鹿児島空港。さらにバスで1時間、昼過ぎに川内駅到着。
2ヶ月ぶりに自転車と再会...鍵を間違えて持ってきたことに気付く。
柱にくくり付けてあるので自転車を動かすことができず、自転車屋に来てもらう。切断+出張費1000円。ついでに店まで行き、2ヶ月間のサビを落とし、空気を入れてもらい出発。

駅前にふらっと入った食堂で昼食。
刺身盛り合わせと、鯛の塩焼き1匹、貝汁の定食で750円。
海に近い田舎は良い。


自転車道が整備されており快適。田圃の中や、松林をぐんぐん進む自転車道を走っている時、この自転車道もしや廃線跡では、と気付く。ジャイアンの家のような小さな雑貨屋で「しろくま」を買った時に聞いてみると予想通り「南薩鉄道」の跡だという。

その後は走るのが楽しくなるが、出発が遅かったため1日目の走行距離60kmほど。天気は曇りがちで暑くは無く、自転車にはありがたかった。


吹上温泉にて泊。何年も昔にドライブに吹上浜に来た時は、海に近いバンガローだったが、今回は山間の温泉宿。元は湯治する人が多かったようで、宿では食事をだしていないということで、素泊まり。3800円で新築の6畳間が2部屋。贅沢。清潔で問題無し。

西郷隆盛も維新後にここに来て、4ヶ月滞在したという。なんてのどかな時代だ。現代の大臣が冬の間ずっと温泉で仕事したら、思いっきり非難されるだろう・・・


近くのスーパーで買って来た食材で夕食。鶏は刺身やたたきが一般的のようでいろんな部位が売っている。面白くて買いすぎた。鶏の刺身、きびなごの刺身、さつまあげを肴に、焼酎。
温泉の後に酒で、疲れていることも有り早く眠る。

旧市街地の中心部、川の畔という良い立地にチベタンの店が有った。主に欧米人パッカーの溜まり場のようになっていた。チベット料理は...うーん、やはり日本人には微妙な味。腕が悪いのではなくこういう味なのだ。時期が時期だけにどうかと思ったが、店は非常に良い雰囲気だった。

ここ(麗江)からチベット自治区まではあと数百kmの山道。ここではとりあえず弾圧はされていないようだが、差別はあるんだろうなぁ。

新市街地には「飯店」「賓館」(ホテル)がたくさん有るが、古城内の「客桟」(民宿/旅館)に泊まる。
1.2泊目は川沿いの宿、3泊目は古城中心地の四合院づくりの宿に泊まる。どちらも一部屋で80元。

世界遺産の建物とはいえ、建物内部は改造されており、きれいなシャワー、トイレ付、でベット。火事になると大変なのでストーブは禁止されているとのことで、電気毛布。不便は感じられない。中国の安っぽいビルのホテルに泊まるよりもこっちの方が明らかに良い。なぜわざわざこんな小さな宿に泊まるのかと中国人は思うのかもしれないが。日本でも30年前はこういう感覚を持った人が多かった。

夕食はこんな時間でも営業しているカフェのようなところで。納西巴巴(ナシ族のパンケーキ)6元、大理ビール5元、麗江炒飯5元。観光地価格、ちょっと値段高めか。麗江炒飯の特徴分からず。普通のチャーハン。

夕方広州空港到着。どこに行けば良いのか分からず、とりあえずバスで広州駅へ。
 
†小平が「豊かになるのは良いことだ」と発言して以来、1980-90年代、中国全土から広東省へやって来た出稼ぎ労働者であふれかえった広州駅前の大広場は現在、バスターミナルに整備されていた。駅前には里帰りするのか、今出てきたばかりなのか、人はたくさん居るのだが、写真で見たことの有る往時の風景は無い。身なりもそんなに貧しい人はほとんど居ない。
 
駅前の宿の客引きに、どっか安い所を聞く。僕の予算を伝えたら3kmほど離れた三元里あたりまで行かないと難しいと答えられた。バックパック旅行者が泊まるようなドミトリーは見つからなかった。紹介を受けてホテルへ。1室180元。バストイレ、エアコン付きのビジネスホテル。もし二人だったら一人当たり1000円なので、日本と比べれば安いのだが...
 
ホテルの人達は珍しがって割りと親切。雨もひどいので観光には行かず。
食事はホテル前の屋台村(?)で。
大きな牡蠣やイカ、よく分からない大きな貝、中国どこでも見かけるが南部では珍しい羊肉串、などを焼いてもらう。
ビールとあわせて60元ほど。かなり食べた。
隣の人は皿一杯のタニシ炒めを食べていた。

昼食に中華料理屋に入った。この店の売りは北京ダックのようで一羽60元。その他にもアヒルのメニューがあり、手ごろな価格だが、北京ダックはこの前食べたばかり。狗肉(犬肉)なんてのが有ったので注文する。

狗肉石鍋 15元
冷麺 3元
水餃 5元
哈尓濱ビール(ビン) 6元

オーダーする際に僕が中国語を話さないのことに気付かれる。 朝鮮人かと聞かれ日本人だと答えると、店員がわなわな集まってきた。
目立ちたくなかったのだが...こうなったら仕方ない。写真などを撮って話題を集めてみた。
僕の注文した料理は韓国人が食べるものだそうだ。そう言われてみればそうだ。
ところで店員は「朝鮮人」と言わずに「韓国人(ハングーレン)」と言った。 こんな所にまで韓国人は進出しているのだろうか(吉林省には朝鮮系の住民は多いが、黒河はそうでもない)、

犬の肉は初めて食べた。もつ鍋のようだ。



この時点で客は自分のほかに2組。ロシア人男2人組と、中国人3人組。ロシア人のテーブルには料理がたくさん並んでいる。不思議そうに僕を見たので、自分は日本人だと話すとタバコを勧めてきた。料理も勧められたが、もう腹一杯と僕のテーブルを指差すとロシア人も笑っていた。向こうも料理の分量が分らず大量に注文してしまったらしい。テーブルの上には家鴨も一羽居た。ありがたく一口だけ頂く。

中国で何を買うのかと尋ねたのだが、この二人は親子で、買出しではなく観光できたらしい。「指差しロシア語会話」がまた役立つ。英語も多少話すので何の仕事をしているのか尋ねたら何と、父親はヘリコプターの操縦士、子供(28歳)の方は建築士(ビルのエンジニアと言った)。それも1990年まで、シベリアのほぼ東端、アラスカにも近いアナディールという町に住んでいたと言う。ヘリコプターは軍隊ではなく、民間のものだと言う。エリートなんだろうか。珍しい人と知り合えた。

この2人も特にする事が無いようで、1時間以上話をした。ウォッカ狂いで無かったので良かった(今までの経験では、食事中に仲良くなって、酒を勧めあうと最後は滅茶苦茶になる可能性が高い).

翌朝の便でハルピンをでてしまうのでハルピン滞在時間は数時間しかない。
帝政ロシア時代の建物が立ち並ぶキタイスカヤ(中央大街=китаиская=ロシア語で「中国人の街」の意)を散策。この通りに限らずハルピンには歴史の有る建物が多い。そのほとんどは西洋風建築だ。

夜8時で人通りもそんなに多くない。もう閉まっている店も多い。
ロシア料理のレストラン「華梅西餐庁」で食事。開業1925年という老舗だそうだ。
ただ、味は期待してタクシーで行った割には...
中国人の味覚にあわせられているのかもしれない。

中国の高級レストランにはどこでも居る「いらっしゃいませガール」が僕が持つガイドブックを気になったらしく、筆談で応じる。明日ロシアに行くということを伝える。この店には日本人は一日あたり3〜4人は来るとの事。僕には多いのか少ないのか分からない。店は3階建てで石造り、重厚な感じ。



通りの向かいにはハルピンの中でも由緒有るホテル「モデルンホテル」。「MODERN HOTEL」だがモダンホテルではない。(写真)

*「いらっしゃいませガール」;
店の入口に立ち、客が通ると「歓迎光臨(いらっしゃいませ)」と言う女の子。
注文を取ったり料理を運ぶウエイトレスではない。
挨拶をするのだけが仕事。大きい店には数人が立ち並んでいることも多い。
給料は一体いくらなんだろうか...
人気の職業というわけではないらしい。(天津在住/T大王談)

0603041930北京拷鴨「全聚徳」。

王府井を散歩中に店舗を見つけたので入る(ここは本店ではない)。

北京ダックを1羽と、家鴨の(がらの)スープ、蒸した肉に卵黄をはさんだもの、副菜少々と炒飯を頼む。
 
北京ダックはテーブルの前で切り分けてくれる。まぁ美味いのだが、期待が大きすぎたのか...北京ダック以外はあえてここで頼むほどでもない。炒飯は...キュウリの入った油ごはんって感じ。
 
店の入口にはこの店に世界中から来た大物(政治家が多い)
の写真が並んでいるんだけど...貧乏者向け料理を出されたのか知らん。

カテゴリ