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港には出港時刻ぎりぎりに着いた。
窓口で切符を買おうとしたが、船の人が「お金は後で良いから、はよ乗って!」と言われ船に飛び乗る。船と桟橋との橋(←何と言うのか分からない)も揚げられていて、本当に飛び乗った。


(写真は伊吹島に着いてから撮ったもの)

島までの所要時間は20分ほど。天気も良く波も無く穏やか。


ラロトンガからマンガイアまで船で行く
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  • 出航してラロトンガ島に沿って、アバルアの街を右手に見ながら南東に向かう。海は穏やかで、そんなに揺れない。



    操舵室(と言っても部屋は一つしかなくて、カーテンで仕切っているだけだが)。初めて見るが、基本的な動かし方は理解できるような気がする。


    ベット。2台しかないのだが、僕が使う。乗組員3人だが3人とも寝る事はありえないから、ベットは2台で良いのだが、今回は乗客(僕)が加わったので、一人ベットで寝れなくなってしまう。申し訳ないが遠慮なく使わせてもらう。




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  • 出航してラロトンガ島に沿って、アバルアの街を右手に見ながら南東に向かう。海は穏やかで、そんなに揺れない。



    操舵室(と言っても部屋は一つしかなくて、カーテンで仕切っているだけだが)。初めて見るが、基本的な動かし方は理解できるような気がする。


    ベット。2台しかないのだが、僕が使う。乗組員3人だが3人とも寝る事はありえないから、ベットは2台で良いのだが、今回は乗客(僕)が加わったので、一人ベットで寝れなくなってしまう。申し訳ないが遠慮なく使わせてもらう。



    乗組員の3人。
    キャプテン(船長)は真ん中のサングラスをしているシーボ。右目がつぶれている。精悍な感じだが、サングラスを外すと人懐こい感じになる。









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  • 宿をチェックインする際にオーナーからこれからの予定を聞かれた。
    「マンガイア島に行こうかと考えている」と答えると「それは良いね!」と言ってくれたのだが、「船で行きたいんだ」と言うと「それは無理だ、飛行機しかないよ」との事。

    笑顔なホテルのオーナー

    しかし15年前にmanbがマンガイアに滞在していた時には、船で旅人がやって来たと聞いている。マンガイア島には住民が数百人住んでいるのだから生活物資を運ぶ航路が有るはずだ。
    とりあえず 港に行ってみない事には話は始らない。港は街の東端にある宿から2kmほど。 大きな荷物は宿に預かってもらい、宿をチェックアウトし、歩いて向かった。

    --*---*---* ---
    港は小さかった。アバルア港は街の中心か西へ500mも離れていない、空港への道の途中に有る。一国を代表する国際港なのだが、人口が数千人しか居ないのだから仕方が無い。船会社と思われるのはこの一社しか見つからない。この会社に入ってハローと声をかけた。

    船会社の事務所


    受付の女性に「マンガイア島に行きたいんだけど」と尋ねると「今日の13時に出航よ」との事。あまりにもあっさりと言うので「毎日出てるんですか。もっと少ないかと思ってました」と笑って言うと「荷物が集まり次第出航で、だいたい10日に1本くらい」と答えられて驚く。
    値段は125クックドルと決まっていた。因みにクック南部の島(アイタツキなど)へは125ドル、北部の島々へは175ドル。北部の島々への距離は1000km以上あるので数日かかる。
    中西「13時に出て何時に到着するの?」
    受付「翌朝ね。マンガイアには半日滞在してまた戻ってきて、ラロトンガにまたその翌朝に着くよ。マンガイアで荷物の積み替えしている間はマンガイアをまわれるわよ?」


    ラロトンガからマンガイア (海しか見えない場合は、地図左上の[ -] を押して縮尺を広げてください)

    船で往復というその誘いは少しきつそうに思えたので遠慮して、復路は飛行機で戻ろうと思い、航空券を買うために空港に行く事にした。宿まで荷物を取りにまず戻る。出航時刻の13時までは2時間強しかない。

    ホテルのオーナーがホテルの前で子供と遊んでいた。マンガイアまでの船があって125ドルだった事を伝えると「おぉ、それは安いね。君はラッキーだ」と言ってくれた。そうか、これでもクックの高い物価からしたら安いのだろう。
    --*---*---* ---*

    宿から空港までキャリーケースを引っ張って焼く30分歩いた。暑い...

    ラロトンガ航空の窓口

    空港に発券カウンターが有るのは、ニュージーランド航空とラロトンガ航空のだけだった。ラロトンガ航空のカウンターは明るい感じのお姉さん二人。windowsの画面には友達からのメールが映っていたが、仕事はテキパキしている。(そのメールには「友達がタヒチから来るんだけど航空券が900ドルって言われたの、高いと思わない?間違って無いか調べて欲しい」と行った事が英語の平文で書かれてた)

    K「明後日のマンガイアからラロトンガまで1枚ください」
    窓「ラロトンガからでなく、マンガイアから?マンガイアまでのチケットは?」
    K「そうです。これから船でマンガイアに行くんです」
    窓「へえ。230ドルよ。11時発で空いてるわよ」
    K「じゃあ明日の便はどうですか?」
    窓「明日は満席になってるわ。明後日も残り2席だけ」
    K「あ、じゃあ買います。」

    --*---*---* ---*

    空港から港へ向かってまた走っていると、後ろから走ってきた車からクック人のおばさんが声をかけてきた。「どこに行くの?」と聞かれたので「港まで」と答えたら、車に乗せてくれた。ヒッチハイク成功? 時計の針は12時50分。「13時発の船に乗るんです」と言うと、おばさんは「私に感謝しなさい、私は神ね」と笑って言った。

    --*---*---* ---*
    船会社の事務所でチケットを買う。いや、「チケット」は無かった。領収証だけだった。

    K 「船はどれですか?あのコンテナ船でこの領収書を見せたらよいんですか?」
    窓 「あら、マンガイアへはこの手前の船よ」
    K 「え、あの 小さくて 白い船ですか?」
    窓 「そうよ、あの速くてクリーンな船よ。明日の朝には着くわよ」


    この船で行くのか...


    後ろにあった貨物船。これで行くのかと思ってた

    船は岸壁にロープで繋がれている。岸壁から50cmから1メートルくらいのところに船はある。「これどうやって乗るの?」とタバコを吸っている船員(?)に尋ねると「どう、って。これくらいなら飛べるだろ?」と平然と答えてくれた。
    バックパックを下ろしてジャンプして飛び乗り、その後にバックパックを投げてもらう。
    いや、大丈夫...なんだが、慣れてないことをするのは怖いというか...





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  • 硫黄島が見えてきた。噴煙が上がっている。平安時代に"鬼界ヶ島"と呼ばれたのも分かるような気がする風景。昔話に出る鬼が島はこんな感じだろうか(鬼界ヶ島は現在の喜界島の事ではという説もある)。


    硫黄島の周囲の海底は複雑な地形をしている。 硫黄岳自体も活火山だが、周囲には他にも火山が多くある。カルデラが海底に有るのだ。喜界カルデラ」については詳しいページで調べるとして、硫黄島に向かう船「みしま」の船上から景色を楽しむ。

    近づくと海の色が明らかに異なる部分が有るのが分かる。この水色の部分の水はアルミニウムが含まれているとの事。


    港に入ると明らかに色が違う。堤防の部分ではっきりと分かれている。もちろんこの赤茶色は硫黄が混じっているからだ。


    湾内は完全に赤茶色。写真は接岸作業中、船から撃ち投げられたロープを結び付けているところ。
    島の人に聞いたところ、堤防が出来るまでは砂浜も有ったらしい。その頃は海がめも産卵に来ていたとのこと。堤防が出来てからは水が回流しなくなり、湾内から出る硫黄が溜まっていてこの色になったとの事。このあたりは掘ればどこでも温泉は出ていて、湾内には局地的に水温が高い場所もあるらしい。

    後方に見える山は稲村岳。3000年前に爆発した死火山、現在は緑に覆われている。
    硫黄島には店がほとんど無い。雑貨屋が3軒有るとの事だが、よそ者には分かりにくい(笑)。この店にもジュースや調味料などが売られていた。店員は...居ない。
    夕食を民宿でとっている時にこの事を話した。「店が分かりにくいですよね」と言ったら、おばさんは笑って言った。「うちも雑貨屋をやってたんだけどね」。全く気付かなかった...
    最近は生協が普及したので、島内でモノの売買をする事はほとんど無いと言う。欲しいものが有れば鹿児島の店に電話かFAXで注文すると、次の船で運ばれてくると言う。「鹿児島の店に値段では太刀打ちできないよ」との事。当然だ。

    物流はどうなっているのか不思議だ。千葉の郵便局には、「小笠原諸島(父島・母島)へ荷物を送る場合は船の運航日を考慮して差し出してください」といったポスターが張ってある。硫黄島はどうなっているのか。

    鹿児島港で荷物を積む
    手続き中の佐川職員



    荷物を降ろす島民


    手荷物は直接自分で下ろす

    週に3回の"行事"?
    島には郵便局は有るが、ゆうぱっく、ヤマト運輸、佐川などの配達は無いという。荷物は船から降ろされるので、港まで受取に行く。

    住所も書かないで良いのかと不思議に思ったが「鹿児島県硫黄島・○○様」で届くとの事。全員の顔を知っているから問題ないという。本当だろうか。

    では例えばヤマト運輸で本州から硫黄島宛に荷物を発送したらどうなるのかと思ったが、これも同じ事で、ヤマト運輸の仕事は鹿児島港で村営フェリーに荷物を預けるまでで、受取人は硫黄島の港で自分で船から受取るようだ。


    船から荷物を降ろすのは手作業だ。船は村営だから、乗組員は村の公務員だ(このおばさんの息子さんも船で働いているという)が、荷役は島民の持ち回りだという。"ボランティア"というよりも、"自分の事は自分で"といった感じだ。


    それにしてもどんな小さなものも通信販売で買わなければいけないし、それが届くのも数日後という生活はなかなか大変だろうと思う。この民宿のおばさんは、島で生まれたが大阪で就職して住んでいたというのでその点を尋ねてみたのだが、「すぐに慣れるよ。島ではお金も使わないし、みんな結構貯金を貯めてるんじゃないかな」とのことだった。
    鹿児島に戻る船で大きな荷物が運ばれていた。
    島で育った牛だ。


    三島村(黒島・硫黄島・竹島)へは村営フェリーのこの三島丸で行く。週3便の不定期航路。書店で販売されているJTB全国時刻表には載っていない。運行ダイヤは三島村のサイトで確認する。



    船賃は2等で3500円。島民が島内から往復で買えば1割引の制度が有るが、旅行者には関係ない。船の切符は出発前に乗り場で買う。満員で乗れないと言う事はまず考えられないので、団体で無い限り普段は予約は不要 (定員は200人、この日の乗客は30人くらいか)。


    荷物を積み終わったら出航。
    通常ダイヤだと鹿児島を朝9時30分に出て、竹島に寄ってから硫黄島には13時15分着。この日は晴れていて風も強くなく、錦江湾を出てからもおだやかな航海だった。


    乗客が少ないので船内は広々としている。普通のフェリーだ。
    冬と比べたら夏は人が多いけど、イベントがある時以外は特に混みあう事も無く、いつもこんな感じらしい。大赤字だろう。以前に"としま丸"に乗った時も聞いたが、村営で国からの補助金で成り立っている(詳細は村のサイトに載っている)。



    左) 公衆電話と雑誌が少々。島にはもちろん書店は無い。
    中)学校や発電所などの荷箱。届ける荷物・書類などはここに入れる?
    右) 行政や学校からの案内が壁に貼ってある。



    村には医師が一人。病院は無い。一人の医師が3つの島を巡回している。船の中の診療所が唯一の病院だ。各島に看護婦は居るので応急処置は出来るし、硫黄島には飛行場が有るので緊急時には鹿児島へヘリコプターか飛行機で搬送は出来るのだが、病気の人はやはり不安だろう。
    (1日目・11月22日)


    鹿児島空港からバスで鹿児島中央駅へ。
    JR枕崎線に乗換え約1時間、指宿の次の山川駅でさらに路線バスに乗換。
    穏やかな天気の下、野山を走りようやく前回のたびの終着点、開聞駅に到着。山川駅から開門駅間をJRでなくバスにしたのは、接続の良い列車が無かったからだ。次の列車まで2時間。偶然バスが有って助かった。



      

    前回たどりついた時は真っ暗だった開聞駅。穏やかな天気。自転車は無事だった。空気もあまり抜けていない。サビのせいでハンドルが動きにくくなっていたが、しばらく走っているとこすれて落ちる。走行に問題は無さそうだ。
     

    出発は13時。早朝に東京を出てからもう半日も経っている。この日の目的地、鹿児島港にフェリーの時刻までにたどり着かねばならないのでよそ見をせずに進む。ルートも山川・指宿の街を経由するルートを取らず、池田湖畔を通るルートに。多少アップダウンは有るが、体力も減っていないので距離の短いルートを。(それでも約40km。休憩含めて4時間)

     

    池田湖(日本最大のウナギと恐竜イッシーで有名?)には意外と観光客多い。今年の鹿児島は篤姫効果がすごい。湖畔のドライブインに台湾人団体客数十人。イッシーの看板で記念撮影している。こんな所にまで来るのか。

    喜入の巨大石油備蓄基地(なんと日本の石油の全消費量の2週間分を備蓄してるそうだ)の近くの道の駅で遅い昼食。黒豚ラーメン。
    鹿児島湾沿いの交通量の多い国道を北上3時間、日が沈み始めた夕方5時。谷山港到着。
    貨物の為の港といった雰囲気、わかりづらい。種子島・屋久島に渡る人のほとんどは谷山港からのフェリーではなく、鹿児島からの高速船を利用するのだろう。自分も自転車でなければ高速船を使うだろう。もっとも、"自転車旅"という目的がなければここまで来たかどうか。

    港のそば(と言っても500mくらい距離が有る)の農協の直売店で弁当、さつまあげ、みかんを購入し、フェリーに乗り込む。みかんがもう安く出回っていてうれしい。

    連休だからか予想以上に乗客は居た。30人くらい。まぁ大赤字だろうけど。
    所要約3時間半。みかんを食べまくって、眠る(前の晩は一睡もしていないので)。

    種子島で降りたのは3人だけ。ほとんどの人は屋久島まで行くようだ。屋久島には朝に着くので宿代わりになるのだろう。
    夜10時。街は静まり返っていた。飲食店は数件有るが出歩いている人は居ない。谷山港で電話で予約した宿に入ると特にすることも無く。一日目終わり。


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