近江八幡の最近のブログ記事

篠田の花火。そうか今日だったか。たまたま通って気付いた。近隣の人にしか知られていないかもしれないが、独特で珍しいものだと思う。
夜に飲みに行く約束をしてしまったために今回も見れず。

土曜日、近江八幡駅から実家に自転車で帰る途中で太鼓の音が聞こえたので、(途中に有る)中村の神社に行ってみたら、ちょうど祭が終わるところだった。 太鼓祭りは4月の15日頃だったはずで、何の祭りかと思い、実家に帰ってから親に尋ねる。太鼓祭の前に各地域でその地域だけの祭りが有るのだろうと言う。
実家から自転車でも10分もかからない、それも最寄駅への途中に有る地域なのに、この祭りの存在を自分は知らなかった。東京や千葉での都会(と言うか新しい住宅地)での無機質な生活と比較して、古くからの文化の深さに改めて驚く。

地域によって祭りや風習が異なのは当然だが、都会に住む人にそれを説明するのは難しい。誰でも「違いが有る事」は知っているのだろうが、その実際、表面的なことしか知らないはずだ。

自分の住む近江八幡でも、地域によって風習は違う
実家は江戸時代に成立した商業地域(繁華街と言う意味ではない) に有るのだが、その周囲の室町時代以前から有る農集落とは祭は違うし、田んぼを持たない住宅地と、農集落(現在はほぼ全戸が兼業農家だが)では生活スタイルは違うだろう。市の北部や琵琶湖そばの集落はもっと古い平安時代からの古い習慣もあるだろう。駅近くの昭和に出来た住宅地は、京阪神のベットタウンで都会と変わらない生活スタイルだ。

以前に母親方の葬儀に出た際に、その集落(そこは江戸時代の新田開墾に伴い成立した農集落)の者が皆、正信念仏偈を唱和した事に驚いたが、逆にそこに住む者にとっては当然の事で驚く事ではない。それぞれの地域の違いは各々自覚してはいるのだろうが、積極的に外部に喧伝する人は少ない。観光資源にもなると思うのだが...そのような考えは邪知なのだろうか。 
一部の有名な祭りだけが、その特殊性云々ではなく、格好良い&踊りやすいという理由で全国的に有名になっているのを見て、なんだかもったいないなぁと思うのだ。

本来、祭りはその住民が何らかの目的を持って行った儀式なのだから、派手でないもの・他地域の人が参加しないものは、外部の者が知ることは無いということは分かるのだが。

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