昼食に中華料理屋に入った。この店の売りは北京ダックのようで一羽60元。その他にもアヒルのメニューがあり、手ごろな価格だが、北京ダックはこの前食べたばかり。狗肉(犬肉)なんてのが有ったので注文する。
狗肉石鍋 15元
冷麺 3元
水餃 5元
哈尓濱ビール(ビン) 6元
オーダーする際に僕が中国語を話さないのことに気付かれる。 朝鮮人かと聞かれ日本人だと答えると、店員がわなわな集まってきた。
目立ちたくなかったのだが...こうなったら仕方ない。写真などを撮って話題を集めてみた。
僕の注文した料理は韓国人が食べるものだそうだ。そう言われてみればそうだ。
ところで店員は「朝鮮人」と言わずに「韓国人(ハングーレン)」と言った。 こんな所にまで韓国人は進出しているのだろうか(吉林省には朝鮮系の住民は多いが、黒河はそうでもない)、
犬の肉は初めて食べた。もつ鍋のようだ。
この時点で客は自分のほかに2組。ロシア人男2人組と、中国人3人組。ロシア人のテーブルには料理がたくさん並んでいる。不思議そうに僕を見たので、自分は日本人だと話すとタバコを勧めてきた。料理も勧められたが、もう腹一杯と僕のテーブルを指差すとロシア人も笑っていた。向こうも料理の分量が分らず大量に注文してしまったらしい。テーブルの上には家鴨も一羽居た。ありがたく一口だけ頂く。
中国で何を買うのかと尋ねたのだが、この二人は親子で、買出しではなく観光できたらしい。「指差しロシア語会話」がまた役立つ。英語も多少話すので何の仕事をしているのか尋ねたら何と、父親はヘリコプターの操縦士、子供(28歳)の方は建築士(ビルのエンジニアと言った)。それも1990年まで、シベリアのほぼ東端、アラスカにも近いアナディールという町に住んでいたと言う。ヘリコプターは軍隊ではなく、民間のものだと言う。エリートなんだろうか。珍しい人と知り合えた。
この2人も特にする事が無いようで、1時間以上話をした。ウォッカ狂いで無かったので良かった(今までの経験では、食事中に仲良くなって、酒を勧めあうと最後は滅茶苦茶になる可能性が高い).
翌朝の便でハルピンをでてしまうのでハルピン滞在時間は数時間しかない。
帝政ロシア時代の建物が立ち並ぶキタイスカヤ(中央大街=китаиская=ロシア語で「中国人の街」の意)を散策。この通りに限らずハルピンには歴史の有る建物が多い。そのほとんどは西洋風建築だ。
夜8時で人通りもそんなに多くない。もう閉まっている店も多い。
ロシア料理のレストラン「華梅西餐庁」で食事。開業1925年という老舗だそうだ。
ただ、味は期待してタクシーで行った割には...
中国人の味覚にあわせられているのかもしれない。
中国の高級レストランにはどこでも居る「いらっしゃいませガール」が僕が持つガイドブックを気になったらしく、筆談で応じる。明日ロシアに行くということを伝える。この店には日本人は一日あたり3〜4人は来るとの事。僕には多いのか少ないのか分からない。店は3階建てで石造り、重厚な感じ。
通りの向かいにはハルピンの中でも由緒有るホテル「モデルンホテル」。「MODERN HOTEL」だがモダンホテルではない。(写真)
*「いらっしゃいませガール」;
店の入口に立ち、客が通ると「歓迎光臨(いらっしゃいませ)」と言う女の子。
注文を取ったり料理を運ぶウエイトレスではない。
挨拶をするのだけが仕事。大きい店には数人が立ち並んでいることも多い。
給料は一体いくらなんだろうか...
人気の職業というわけではないらしい。(天津在住/T大王談)
ハルピンでは駅前に有る龍門賓館に宿泊。
ここは1945年まで(満州国時代は)満州鉄道(満鉄)直営の「ヤマトホテル」だった。
ヤマトホテルは日本の傀儡国家、満州国のコロニアルホテル。
大連、新京(長春)、奉天、ハルピンに有った。
日本人の支配者層、外国人が主に滞在したホテルだ。
龍門賓館の貴賓楼の部分は当時のままの建物で、
そこに出来れば泊まりたかったのだが前知識が無く、
「一番安い部屋で良い」と言ってしまったばかりに新館の部屋になった。
定価580元を390元で。180元のトイレ無部屋も有るが中国人民用とのこと。
13階の客室からはハルピン駅の構内が見下ろせて見晴らしは良かった
(このハルピン駅では18年、伊藤博文が暗殺されている)。
ホテルのサービスはまぁ良い。高級感というほどではないのだが。
フロントですら僕程度の英語力(=最低限)しかないのだが、親切だ。
黒河への航空券を頼んだらちゃんと買っておいてくれた(手数料無料、結局チップも払わず)。
貴賓楼の部分は"さすが"だ。もともとこのホテルは満鉄が建てたのではなく、帝政ロシア時代に建てられたもの。 列強が清を事実上の植民地にしていた時代、威勢を示すために建てただけあって立派だ。年号がはめられた入口。ドアマンに、木の回転ドアを押してもらい中に入る。
フロントの前のロビー。
暖炉(今は使われていない)の前のソファーに座ってみる。
絨毯の引かれた廊下、すりへった手すりの階段、大きなシャンデリアの食堂(何室か有る)。問題は現在の中国人の美意識がちょっと...ということだが。変な装飾や看板をわざわざ付け足したりしている。
古いというだけでない。政治家、財閥、軍人など著名人が泊まったことというのも歴史好きには堪らないのだが、ここハルピンのヤマトホテルならではの事件が有っただろうことに思いを馳せると楽しい。
ハルピンは満州の北部、外国人が多く住んでいた都市。
日本と国民党、ロシア、アメリカなどの列強諸国、それぞれの勢力の間を彷徨う軍閥との地下交渉が行われた町だ。秘密の保てる、日本の国家権力に守られたこのホテルで、記録には残っていない様々な事件、交渉が起こったであろうことは容易に推測される。
ハルピンにも現在は外資系のホテルが進出している。
そっちの方がここよりもずっと高級で、実際サービスも洗練されているのだが、
せっかくハルピンに来たのだったら、最初の夜にはこの龍門賓館がおすすめ。
天津では「ASTOR HOTEL(利順徳大飯店)」に泊まる。帰りの飛行機の時刻まで余裕が有ったので、ホテルで自転車を借りて北京の胡同をサイクリング。
写真1/鼓楼
運転手もさぞかし大喜び!...と思ったのだが、そんな感じにも見えない。乗る前に値段交渉すると500元(7500円)と言ってきたので、もっと安くならないかと言ったところ、じゃあメーターで行こうと運転手自ら言い出す。あれ?メーターの方が高くなるってことだろうか?
メーターをまわすと売上記録が残り納税しなくちゃいけなくなるので、運転手は嫌うことが多い...はず。乗客にとってはメーターの明朗会計の方がありがたい場合が多いけど。発展途上国などメーターが普及していない国では値段交渉がいつも面倒で、今回も覚悟はしていたのだが。
1時間ほど走った高速道路のジャンクションのような所でいきなり止まる。そこには冀(河北省)ナンバーのタクシーが1台止まっている。どうやら今まで乗ってきたタクシーは北京ナンバーで、天津まで行くのが面倒なようだ。時間は深夜1時。天津で客を拾うことは出来ないし、また北京に戻るのも大変、この辺で勘弁してってことか。
この時点までのタクシー代(メーターの96元と高速代10元)を払い、タクシーを乗り換える。
これまでのタクシーは初乗り10元、1kmにつき1.6元。新しいタクシーは初乗り5元、1kmにつき1.2元と安い。北京とその隣の河北省だけでこんなに物価が違う。安い車に乗り換えられてこっちにとってもラッキーだ。
京津塘高速にのり2時間、やっと天津に到着。最初は運転手の運転の荒さ、車間距離の短さに驚いていたのだが、到着した頃には慣れてしまった。日本の10倍くらいの確率で交通事故が起こるような気がする。統計見てないけど。
料金は360元(5500円)。まぁ予定通り。運転手は途中みかんを何個かくれたり、タバコを勧めたり(僕は吸わない)。途中ガススタンドでは仲間の運転手(?)に「日本人乗せてるんだぞ」と自慢したり...





