田園地帯にあるハラルショップ/茨城県坂東市
坂東市の「パキスタン人の多い集落」へ
この日は5人で、茨城から千葉方面に点在する外国人コミュニティや外国料理店を車で巡ることにした。最初に向かったのは、茨城県坂東市。坂東市の矢作地区には、パキスタン人が多く暮らしているという。パキスタン料理店やハラルショップがあり、イスラム教の礼拝所マスジッドもある。しかし、いわゆる「外国人街」を想像して行くと、少し様子が違う。外国語の看板が並んでいるわけでもなく、そもそも近くに鉄道駅すらない。田畑や住宅、中古車関係の事業所などが点在する、ごく普通の関東平野の風景。その中にパキスタン人たちの店や仕事場、礼拝所がぽつぽつと存在しているらしい。どんなところなのか。まずは車で矢作地区を回ってみることにした。
橋を渡ると、少しずつ景色が変わってくる
日曜日の朝9時。最初に向かったのは「メズバーン」というレストラン。まだ開店時間前なのは分かっていたが、とりあえず場所だけでも見ておこうと思った。橋を渡って左折する。すると、道路沿いの中古車屋なのか板金屋なのか、たくさんの車が置かれた場所で、何人かの男性が話している。服装を見て、すぐに南アジア系の人たちだと分かった。サルワール・カミーズ。パキスタンやアフガニスタンなどで日常的に着られている、丈の長いシャツとゆったりしたズボンの民族衣装だ。東京でサルワール・カミーズ姿の人を見かけること自体は、それほど珍しくなくなった。しかし、ここは茨城県坂東市の田園地帯。日本の地方を車で走っているはずなのに、突然パキスタンの日常着を着た人たちが現れる。「ああ、本当にここにコミュニティがあるんだ」レストランへ着く前から、そんなことを実感する。
パキスタン+アフガニスタン料理「メズバーン」
やがて「メズバーン」に到着。まだ開店前なので食事はできない。それでも店の前では店員さんが掃除をしていた。店へ入るわけでもないのに写真を撮っている、どう考えても不審な日本人。ところが店員さんは、こちらを見ると明るく挨拶してくれた。看板を見ると、パキスタン料理だけではなく、アフガニスタン料理も掲げている。日本にもパキスタン料理店はかなり増えたが、「アフガニスタン料理」を掲げる店はまだそれほど多くない。パキスタン北西部からアフガニスタン東部にかけては民族や食文化も連続しているので、この二つを一緒に扱うのは、現地の感覚ではそれほど不思議ではないのかもしれない。今回は開店前。写真だけ撮らせてもらい、次へ向かう。。
メズバーン
〒306-0625 茨城県坂東市莚打965-28
MezBan Restaurant(食べログ)
数百メートル先に、今度はハラルショップ
メズバーンから数百メートル。今度はハラルショップが現れる。「ジャパン ハラールマート&レストラン」。レストランの方はまだ営業していなかったが、ハラルマートには入ることができた。中へ入る。バスマティライス、スパイス、豆、飲料、菓子などが並んでいる。こうした商品自体は、東京の新大久保や上野周辺のハラルショップでも見慣れたものになってきた。しかし、場所が違う。東京の繁華街ではなく、坂東市の農村部でこれだけの商品が普通に売られている。それだけ買いに来る人が周囲に暮らしているということだ。観光客向けの「外国食品店」ではなく、この地域で暮らす人たちの日常のスーパーなのだろう。
パキスタン産マンゴー、一箱5,500円
その中で目についたのが、パキスタン産のマンゴー。一箱5500円。日本でマンゴーというと宮崎や沖縄、外国産ならフィリピンやタイなどを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、パキスタンも世界有数のマンゴー生産国。南アジアではマンゴーは単なる「南国の果物」ではなく、夏を代表する特別な食べ物でもある。日本で暮らすパキスタン人にとっては、故郷の夏そのものを思い出す味なのかもしれない。一箱買ってみたいところだが、今日はまだドライブが始まったばかり。車の中にマンゴー一箱を積んで一日走り回るわけにもいかない。今回は見るだけ。
なぜか鹿肉まで売っている
そして、さらに気になったもの。
鹿肉。
ハラルショップで鹿肉を見るとは思わなかった。「パキスタンでは鹿をよく食べるのだろうか?」と思ったのだが、必ずしも「パキスタン料理だから鹿肉を置いている」とは限らない。日本で暮らすムスリムにとって重要なのは、肉の種類だけではなく、イスラムの戒律に沿って食べられるかどうか。日本で手に入る食材を、地域の需要に合わせて扱っている可能性もある。こういう「なぜこれがここに?」という商品を見つけるのが、外国人向けスーパー巡りの面白いところだ。
インド菓子? パキスタン菓子?
菓子も並んでいる。グラブジャムン。小麦粉や乳製品などから作った生地を丸めて揚げ、甘いシロップに浸した南アジアの菓子だ。かなり甘い。インド料理店でも見かけるので、自分の中では「インドのお菓子」という印象が強かった。でも当然、国境を越えたら突然食文化が変わるわけではない。インドとパキスタンは1947年まで英領インドとして一つの地域だった。今は別の国でも、食文化には共通するものが多い。だから「これはインド菓子」「これはパキスタン菓子」と日本人がきれいに分けようとすること自体、あまり意味がないのかもしれない。今回は、このグラブジャムンだけ購入。これなら車の中で食べられる。
最近はエスニックショップならどこででも見かけるが、バスマティライス。
会計をして店員さんと少し話す。とても愛想がいい。写真を一緒に撮らせてもらうことになった。こちらのスマートフォンで一枚。すると今度は、「こっちでも」という感じで、店員さんのスマートフォンでも撮影。こちらが外国人の店を面白がって訪ねているのだが、向こうからすれば、日曜の朝からハラルショップを訪ねてきて写真を撮っている日本人の方が珍しいのかもしれない。こういうちょっとしたやり取りがあると、店の商品を見ただけで帰るより、その場所の印象がずっと強く残る。
なぜ坂東市にパキスタン人がいるのか
この周辺を走っていて目につくのが、中古車や自動車部品に関係する事業所。日本に暮らすパキスタン人には、中古車の輸出や自動車関連ビジネスに携わる人が少なくない。広い土地が必要な中古車ヤードは、東京の中心部にはつくれない。そこで首都圏外縁部の、土地に余裕があり幹線道路へのアクセスも良い地域に事業者が集まる。仕事をする人が増えれば、家族や知人も暮らすようになる。人が暮らせば、ハラル食品を売る店が必要になる。レストランもできる。そして礼拝する場所も必要になる。一軒の中古車屋、一軒のレストラン、一軒のハラルショップを別々に見ていると分からない。しかし車で地域を回ってみると、それらが少しずつつながって見えてくる
「パキスタン人街」らしくないパキスタン人街
新大久保や西葛西のように、駅を降りれば外国料理店や外国語の看板がずらりと並ぶわけではない。坂東市矢作では、それぞれが離れている。日本の住宅がある。畑がある。中古車ヤードがある。その間にパキスタン料理店があり、ハラルショップがある。だから一見しただけでは、「外国人街」には見えない。しかし車を停めて、一軒一軒訪ねてみる。そこで働く人を見る。店の商品を見る。そうすると、日本の田園地帯の中に、確かにパキスタン人たちの生活圏が存在していることが見えてくる。観光客向けにつくられた異国ではない。
仕事をする人が集まり、暮らす人が増え、その生活に必要だから自然にできた「異国」。僕が面白いと思うのは、こういう場所だ。そしてハラルショップを出てみると、この店の裏手には、さらにそのコミュニティを象徴するような場所があった。
マスジッド――イスラム教の礼拝所である。(つづく
ジャパン ハラールマート&レストラン
茨城県坂東市矢作2649-1
10時~22時 (金土曜は23時まで)