スーパーがそのままヒンドゥー寺院に

スリランカ仏教の次は、ヒンドゥー教へ
つくば市のスリランカ寺院を出て、次に向かったのは下妻市。関東鉄道常総線の宗道駅近くにヒンドゥー教の寺院がある。Shri Ram Mandir(シュリ・ラム・マンディール)。実はここへ来るのは初めてではなく、以前このあたりをエスニックドライブした時にも訪れている。その時はかなり印象に残った。
というのも、この寺院。もともとは――スーパーマーケットだった。書いていて自分でも意味が分からなくなる。でも、本当にそうなのだから仕方がない。
近所のスーパーが、ある日ヒンドゥー寺院になる
建物はどう見ても、地方にある昔ながらのスーパーマーケット。大きな平屋の店舗。その前には駐車場。日本の地方を車で走っていると、こういう建物はいくらでも見かける。
ところが入口にはヒンドゥー教の神々。内部には祭壇が設けられ、神像が並んでいる。元スーパーの建物を、そのままヒンドゥー寺院として使っているのだ。調べてみると、ここは以前「ギダストアー」という地元のスーパーマーケットだったという。その建物を在日インド人が取得し、ヒンドゥー寺院、そして日本で暮らすインド人たちが集まる場所として利用するようになったらしい。
海外にある壮麗なヒンドゥー寺院を想像して来ると、まったく違う。しかし僕には、むしろこちらの方が面白い。日本で暮らす人たちが、自分たちに必要な宗教施設をどうやってつくるのか。その答えの一つが、「閉店したスーパーを寺にする」だったわけだ。

前回来た時は、ここが一番面白かった
前回このあたりを巡った時には、この場所が一番印象に残ったように思う。だから今回も同行者に見せようと思い、再訪した。ところが誰もいない。前回来た時とは違い、人の気配がほとんどない。中へ入ってみても、がらんとしている。せっかくもう一度来たのに。
巨大仏のあるスリランカ寺院では、たまたま特別な仏事の初日に遭遇し、日本語を話すスリランカ人に案内してもらい、僧侶に白い糸まで巻いてもらった。それに対してこちらは、完全に静まり返っている。
本当に伽藍堂だ。……「がらんどう」の語源は仏教寺院の「伽藍」なので、ヒンドゥー寺院に使うのは違うのかもしれないが。とにかく拍子抜け。

それでも、建物そのものが面白い
しかし、誰もいないから見るものがないかというと、そうでもない。むしろ静かな状態で改めて見ると、この建物の不思議さがよく分かる。ここは、最初から宗教施設として建てられた場所ではない。スーパーだった建物に祭壇をつくり、神々を祀り、人々が祈る場所へ変えている。ヒンドゥー教には数多くの神々がいる。この寺の名前にある「Ram(ラーム)」は、ヒンドゥー教で信仰されるラーマ神のこと。「Mandir(マンディール)」は寺院を意味する。つまり「Shri Ram Mandir」は、ラーマ神を祀る寺院ということになる。外側は日本のスーパー。内側はインドの神々が祀られた空間。その組み合わせが何とも面白い。

日本に移ってくるのは、人だけではない
今日だけでも、イスラム教のマスジッド、スリランカ仏教寺院、そしてヒンドゥー寺院を訪れた。三つとも宗教は違う。建物もまったく違うが共通していることがある。どれも、もともと日本にあった建物や土地を利用しながら、日本で暮らす外国人たちが自分たちの祈る場所をつくっていることだ。
坂東市のマスジッドは、ハラルショップとレストランの横にある小さな一室だった。
つくば市のスリランカ寺院は、日本の古民家を購入して寺にした。
そして下妻市のヒンドゥー寺院は、スーパーマーケットだった。
どれも、海外の宗教建築をそのまま日本に持ってきたわけではない。日本にすでにあるものを使いながら、少しずつ自分たちの場所に変えている。
住宅地の中にある「インド」
そして、この寺院の周囲がまたいい。インド人街が広がっているわけではない。インド料理店やハラルショップがずらりと並んでいるわけでもない。宗道駅近くの、ごく普通の日本の住宅地だ。日本人の家があり、道路があり、近所の人たちが普通に暮らしている。その中に突然、元スーパーのヒンドゥー寺院がある。
ところで、近所の人たちは、どう思ったのだろう。昨日まで買い物に行っていたスーパーが閉店する。しばらくして何か工事が始まる。そして気がついたら、そこにインドの神々が祀られている。「近所のスーパーが、いきなりヒンドゥー寺院になった」かなりシュールな出来事だと思う。もちろん最初は驚いた人もいただろう。でも時間が経てば、それも町の日常になっていくのだろうか。
いかにもインドらしい寺院を見たいなら、インドへ行けばいい。面白いのはむしろ、「日本に来たインドの宗教が、日本の町の中でどんな姿になっているのか」ということ。その意味では、この元スーパーのヒンドゥー寺院はかなり面白い。この日は誰もおらず、ほんの短い滞在になった。それでも、周囲の普通の日本の住宅地と、その真ん中にある元スーパーのヒンドゥー寺院との組み合わせを見ただけで、再訪した意味はあったと思う。
