【金丸土屋】現存の中仙道旅籠/芦田宿

古民家を改装した宿は多いが、ここは江戸時代の旅籠がその建物のまま今も現役で宿泊業を営む数少ない宿。中仙道に面した昔ながらの堂々とした造り。JR駅がある岩村田宿から旧中仙道を5時間歩き泊まりに行った。気分は完全に江戸時代の旅人だ。

18時とは思えぬ静けさ。この日の客は自分一人。
灯りが点いている玄関、右の部屋は食事に使うのだろう。この日は客が自分一人だったので、食事は奥の囲炉裏の隣の部屋でいただいた。

到着したのは18時過ぎ。街道には街灯も無く既に薄暗いのだが、客を待つ玄関の灯りで、目指す旅籠宿はすぐに分かった。 宿泊予約は前日に電話で済ませた。今回の宿はどこの旅行会社、予約サイトにも掲載していないだけでなく、ウエブサイトすら無い。常連客だけで成り立つ訳ではなく、街道を行き交う人が飛び込みで泊まるわけではない。そもそも車は国道のバイパスを走り、旧街道の通行量はゼロ。この日も客は自分一人だった。宿守の60代のご主人が出迎えてくれた。

食事の間に有った大黒天
神棚も江戸時代からのものなのか簡素

部屋は1階の一番奥の8畳間に。客間は1階は8畳間が6室。2階は12畳が2間。
この部屋に200年以上多くの旅人が泊まっていたのだ。

泊まった部屋。この日は今季一番の寒さという事で、炬燵と石油ファンヒーターが用意されていた。
隣の部屋。客は自分以外に居ないので入らせてもらう。元より鍵など無い。

トイレ、風呂、あと洗濯室(水回り)の部屋は別棟に新しくされている。風呂は現代のもので、家庭用のユニットバス。

夕食はいたって普通なのだが、これも食事目当てではなく、移動の際に利用する現代の旅籠宿ということで…。
ただ、ご飯は自らの田んぼで獲れたものを必要に応じで精米しているもの、味噌は向かいの味噌屋(ここも江戸時代から続く老舗)で作られたもの。

玄関には「如意」の文字。客の意の如く仕えるのが信条といった話を聴く。
旅籠は(宿泊目的で行く所ではなく)通り過ぎる人が宿泊する場。宣伝もしないのはそれと関係しているのか。「お客さんはどこでお知りになった?」と尋ねられたので、ネットで古い建物を探していて…といった感じで答えた。

囲炉裏の間の天井は3階まで吹き抜け。建築から200年以上経っても、立派な柱はゆがんでいない。

朝食もいたって普通だが値段相応。近くに飲食店も無いし…自分一人の為に食事を用意されているのはありがたいと思わなくてはならない。食事の部屋も自分が行くまでに暖められていたし、”お昼に食べてください”と、おにぎりもいただく。

翌朝に2階の部屋を見せてもらった。2階に客を泊めることは今はほぼ無いのだろう。半物置として使用されているようだ。団体旅人が来たときだけ客室として使用されているのだろうか。

2階の窓から。街道を挟んで向かいの建物も、昔は立派な家だったのだろうが、今は廃屋になっている。
建物は昔のままだが、窓ガラス、扉、トイレ/風呂など水回りはすべて平成時代に新しくされている。
「40年ほど前に奥さんが指を怪我したのが元で破傷風で急に亡くなってしまわれて、それから後妻さんが来たんだけど、家族との折り合いが悪くてねえ。子どもは男の子3人いたけどみんな出ていってね…もう長い間誰も来ないし荒れ果ててしまって。傾き始めると早いねぇ」

【金丸土屋旅館】
長野県北佐久郡立科町大字芦田2626
TEL0267-56-1011
直接電話予約のみ。1泊2食6000円。

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